こちらの世界において、黒髪黒目の双黒と呼ばれる色は魔族以外には不吉な色で、

他国に行くのは危険だからとコンラッドに説得されました。

けど。

有利が行くのにわたしが残るわけないでしょ!?

有利といえば、正義感が強いかわりに短気なんだからなにをしでかすかわかったものじゃ

ない。なにしろたったひとりしか使わなかったとはいえ仇名はトルコ行進曲。

こっちの世界が日本なんかみたいに平和じゃないのは、最終兵器ともいえるらしい武器を

あの有利が取りに行くというのだから十分わかるけど、だったらなおさら有利の帰りを大人

しくなんて待ってられない。

まあせめて自分の身は自分で守りましょうと、コンラッドから剣を貸してもらった。

もちろん、コンラッドの使う長剣なんてわたしに扱えるわけはないので、武器庫にあった

うちの一本。

わたしが剣を持つのに有利は渋い顔をしていたけれど、だってふたりも丸腰の方がコン

ラッドも困るってもんでしょう。

残念ながら日本刀なんてものはないから、それくらいの重さと長さの剣を一振りと短剣を

一本。

短剣は予備で一応。実戦になる可能性があるから武器を纏うわけですから、その辺りは

きちんとしておかないと。

人を傷つける勇気はないので、できれば平穏無事に過ぎてくれれば言うこと無いんだけど。

………有利だもんねえ?





004.嬉しい誤算(1)





出発時は旅に出るということと、そして荒事になってもいいようにとヒラヒラの服をお返しして

パンツルックにブーツという格好に変え、ついでに男装することにした。

少数人数の旅だし、女ということで絡まれたりするような余計な事態は避けたかったのだ。

シスコンの有利がぶーたれて文句を言うのは理解できたけど、コンラッドも目尻を下げて

困ったように微笑んだ。なんで困るのさ。

グウェンダルさんが治めるヴォルテール地方の港町から三日かけてヒルドヤードという国に

移動して、そこから船を乗り換えるということだった。

旅をするにあたって、人物設定を決めることになった。

有利はめ組の居候もいいと思っていたようだけど、コンラッドが越後の縮緬問屋という響き

を気に入ってしまい、黄門様ご一行ということに。

有利は金持ちのドラ息子のミツエモン、コンラッドがその従者のカクノシン。わたしはスケ

サブロウだとコンラッドと対になってしまうので、男の格好ということもあって風車のヤヒチと

いうことに。

というかねー……わたしは有利と違って時代劇ファンでもなんでもないんだけどね。

あ、でも新さんは格好いいと思います、はい。

こちらの常識に弱い有利と加えて言葉も覚束ないわたしは、引っ込み思案のお坊ちゃん

兄弟という設定で、コンラッドの陰に隠れるようにして船に乗った。

本当は有利の従者ということにしたかったのだけど、少数人数旅行で金持ちのお坊ちゃん

が言葉を喋れない従者をわざわざ選んでは連れ歩かないだろうというとことで、弟。

そしてヒルドヤードに着くまでの三日間、コンラッドに言葉を教えてもらった。

いくら引っ込み思案でも、片言すら怪しいのでは問題だ。いっそ口が利けないことにして

しまえばよかったのかもしれないけれど、ここがジレンマで、わたしは実はまったく言葉が

わからないわけではなかったのだ。

この世界の言葉はどこかドイツ語と似ていて、集中して一対一で話せば言葉そのものは

半分ほどわかる。ただ話せない。なにしろ、似ているだけで別言語なのだから。

文法はドイツ語と一緒だし、単語も同じものもある。でも、まったく違う単語も当然あるから、

元々ドイツ語習得中のわたしでは有利のようにネイティブヒアリングはまだできない。

そこで、どうせヴァン・ダー・ヴィーアに着くまでは暇を持て余すのだからと、コンラッド先生

による簡単言語レクチャーが開かれたのだ。

ちなみに、日本語と眞魔国語を意識して使い分けているわけではない有利では講師になら

ない。

聞き取りはそれほど問題ではなかった。二日もすれば普通速度で話されても一対一なら

理解できるようになったし、それにつれてなんとかそれらしく話せるようにもなってきた。

英語や中国語を習得した経緯を思えば、いくらドイツ語に似ているからといって首を傾げる

ばかりだけど、話せるに越したことはないので前向きに考えることにした。

問題は、読み書き。文字は全然違う。

蓄積言語があるはずの有利も書くのには苦労しているという。変なの。

この疑問にコンラッドはアメリカ人のような動作で肩を竦めてわからないと首を振るだけ

だったけど、後日のヴォルフラムくん曰くは、引き出された蓄積言語は会話のものだけで、

文字にまでは至らなかったのではないかということらしい。

とにかく、恐らく硬質で男らしい文字なのだろうコンラッドのものを手本にこれは有利も

参加して勉強した。

やっぱり有利は早々にリタイヤしかけて、わたしが引っ張って勉強したのだけど。




「それにしても驚いたな」

今日の勉強を終えて道具を片付けていると、コンラッドが感心したように呟いた。

「なにが?」

ちなみに有利は授業が終わると同時に勉強イヤダと呟いてベッドに潜り込んでしまった。

の習熟度だよ。いくら似た言語を知っているからって、そんなに簡単に話せるように

なるものかな」

「それはわたしも不思議。英語も中国語もこんなにあっさり話せなかったもの。コンラッドは

英語をどこで習ったの?こっちにある言語?」

「それをいうと俺の場合は反則なんだけどね。NASAの宇宙開発技術は凄いって話」

「は?NASA?」

なんでアメリカの宇宙開発局が関係するのやらと素っ頓狂な声を上げると、コンラッドは

笑って軽く説明してくれた。

「ふーん、対宇宙人用教材ね。NASAもそんな便利なものがあるのなら一般販売すれば

いいのに。少なくとも日本人は喜んで買う人多いと思うなあ」

感心して頷いていると、道具を片付け終えたコンラッドがベッドの有利を揺する。

「ユーリ、寝るならコンタクトを外してくれ。目を傷つける」

「んー」

どうやらもう半分眠っていたらしい。寝惚けた声でベッドから起き上がった有利は軽く顎を

挙げてコンラッドに任せた。自分で目に指を近づけるのは怖いらしく、有利はコンタクトを

入れるのも外すのもコンラッドにしてもらっている。

コンタクトを外してもらうと、有利は糸の切れたマリオネットのようにベッドに再び沈んだ。

次に起きてくるのは夕食の時間だろう。

それにしても。

携帯ケースにコンタクトを直すコンラッドに、思わず笑ってしまった。

コンラッドが不思議そうに小首を傾げる。

「どうかした?」

「えー?だってコンラッドって保父さんみたい。有利もすごく甘えてるし」

教材を片付けたテーブルにコンラッドが戻ってきたので、水を注いだコップを差し出した。

「ああ、ありがとう。そうだな、今まで側にいることができなかったぶん、甘やかしたいの

かもしれないな」

「生き別れた親子みたいなこと言うのね」

「そりゃ、まあ名付け親だからね、これでも」

「え?」

今、なんて言った?




ゆーちゃんとちゃんを産んだのは、もうすぐ茹だるような暑さがやってくるという時期よ。

町の中で産まれる〜って困っているときにね、格好いいフェンシング選手の人がタクシーに

相乗りさせてくれたの。

ママを励まして「夏を乗り越えて強い子に育つから、七月産まれの子供は歓迎されるんですよ。

俺の国では、七月のことをユーリというんです」ってね、爽やかな笑顔で言ってくれたの。

そのとき、ママの前ではキラキラ〜ってお星様が舞ったわ。この名前しかないって。

強い子というならそれは男の子だって、ゆーちゃんに付けたの。




「って、相乗りの名付け親!?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

「聞いてない!!えーコンラッドが有利の名付け親!?」

ああ、お母さんが言ってたことすっごいよくわかる。

だってコンラッドってば滅茶苦茶カッコよくて爽やかに微笑むんですもの。15年経った今でも

お母さんがファンでいるはずだ。

「採用されちゃうとは思わなかったけどね」

魔王ってだけじゃなくて、有利はこんな風にもコンラッドと繋がっているんだ。

「いいなあ………」

「なにが?」

口に出ているとは思わなかったから、びっくりしてコンラッドを見返した。

「え?う、ううん別に……」

慌てて誤魔化しながら、思わず自分でも首を捻った。

いいなあって……え?ほんとになにが??







えー…いつまでも会話できないと困るので。
ここから普通に会話に参加できます。
なんでこんな簡単に会話できたのか、不思議ですね(わざとらしい)



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