ヴァン・ダー・ヴィーアという人間の土地にあるメルギブもといモルギフを探しにいくために、 赤く髪を染めて目に茶色のカラーコンタクトを入れた。 その段になって、はたとおれは傍らのコンラッドを見上げた。 「そういやさ、をどうしよう?」 眞魔国以外の国は、魔族のおれたちには危険がいっぱい、という。 は人間だけど。ああ、でも親父が地球産魔族だから、も半分は魔族なわけか。 どっちにしろ、双黒であるということはこの世界での居場所は今のところまだ眞魔国しか ないことに変わりはない。 そんなところにを連れて行くなんてもっての他だし、かといっておれとコンラッド以外とは 言葉も通じないのに置いていくのは気が引ける。 というか日常に支障を来たすこと間違いなし。 そもそも眞魔国と日本じゃあ習慣が違いすぎるし、その違いをに説明してやれるのは 実質コンラッドだけだ。おれは自分がまだ教わってる身だしね。 あ、少なくともひとつだけ教えてやれることがあったか。 ………まあ、いいか。 が人を殴るなんて、痴漢行為でもされない限りありえないもんな。 そしてプライドの高い魔族の連中はそんなことしないだろう。 あるいは俺に危害を加えた場合。 そのときは平手どころか拳か飛び蹴りが送られるから問題は無い。 003.迂闊な一言(3) 「そうですね…まさか連れていくわけにもいかないでしょう」 やっぱりコンラッドも同意見のようだ。まあ、当然か。 「う〜ん……ここはひとつコンラッドに残ってもらって……」 本当は付いてきて欲しい。代わりの護衛がつくとしても、おれがこの世界で一番信頼して いるのはこの名付け親だ。例え代わりがどんな達人だと言われても、コンラッドに勝る 安心感は得られない。それに、コンラッドなら色んなことが融通利くしね。 だけど、可愛いを言葉も習慣もまるで違うところにひとりで置いていくなんて絶対嫌だ。 これがアメリカとかイギリスとか地球上のことならまだしも(それに地球でなら勝利が根性で の元に辿りつきそうだし)、ここはおれ以外だれも気心しれた相手がいない世界。 「却下です」 悩みに悩んで、仕方なしに出した結論に、あっさりとダメ出しを喰らった。 「却下って……仮にもあんたおれの部下だろう?」 部下にダメ出しされる魔王。きっとそんな称号が似合うのはおれくらいのもんだろう。 嫌過ぎる。 「もちろん俺は陛下の臣下です。けれどダメなものはダメです。俺が同行するか、モルギフ を諦めるか。どちらかしか選択肢はありません」 「に、二択かよ。それと陛下って呼ぶな、名付け親」 「すみません、つい癖で」 いつものやり取りをしていると、おれの旅支度の間、暇そうに部屋の装飾品を見て回って いたが小首を傾げて戻ってきた。 「なに揉めてるの?」 「えーーーや〜〜〜その〜〜〜」 説明に戸惑う。 今からおれは海外に行ってくるので、はいい子でここで待ってるように。ちなみに コンラッドも置いていけないから。 そんな説明をおれからにしろと!?だれだ!そんな血も涙もないことを言う奴は! ……だれも言っていない。 仮におれが旅に出ると言ったとする。 は当然一緒に行くと言うだろう。 ダメだと説明。当然理由を聞かれるよな。 眞魔国以外は、危険がいっぱいだからだよ。 ―――いかん、脳内はもっと強固に連れて行けと言い張る。 実際、荒事になればおれよりの方がずっと頼もしいのは、木刀事件でも証明されて いる。野球しか能の無い(しかも万年ベンチウォーマーだ)おれとは違い、きちんと武器の 扱いにも慣れている。なにしろ居合いと弓道を愛する少女だ。 だけど実戦と訓練は違うし、なによりはあくまで護身のために居合いをやっているのだ。 他人を傷つけるためじゃない。 うーんと唸っていると、コンラッドが英語でなにやらに話しかけた。 しばらく小首を傾げていくつか質問していたは、急に顔色を変える。 そうして叫んだ。 日本語で。 「いやっっ!!!絶っ対っ!!いや!!!」 「うわ!お、落ち着けって。なにが嫌なんだ?」 「わたしも有利について行く!!」 ………コンラッド。 好意で説明してくれたつもりかもしれないけれど、の性格からすると真実を告げるのは とても危険なのだ。コンラッドはそれを知らない。 自分を連れていかないなら勝手に後から付いて行くとか、家に帰ったらおれの宝物である プロ野球チップスの伊東選手のブロマイドを捨てるだのとさんざんごねて脅迫するに ついにおれが折れた。 が戸惑ったのは一度だけ、護衛対象が増えればそれだけコンラッドに負担が掛かる と言い聞かせたときだ。 普段はそんなに顔に出していないが、がおれに迷惑をかけていると負い目を持って いるのを、おれは知っている。 迷惑だなんて思ったことも無いが、いくらそう言ってもの気は治まらないだろうから、 穿り返したことはないけれど。 そういうわけで、は他人に迷惑をかけることを極端に嫌う。おれにだって迷惑をかけたく はないのだろうけれど(だからそれはおれにとって迷惑ではないのだが)、人間我慢できること とできないことがあるのだ。だからおれには甘える。 迷惑どころか、それが嬉しいのだと、が心から理解してくれる日がくるのか、おれとしては 少々遠い目をして不安に思ってしまう。 に恋人でもできたら―――それこそ想像しがたい光景ではあるが―――おれはきっと 世の父親並みに取り乱すに違いない。 がおれから離れていってしまうのだ。 耐えられない。 家族には甘えるだが、その中でもおれは別格だ。母さんが知らないようなことでもおれ は知っているし、が最終的に寄りかかってくるのも母さんじゃなくておれだ。 それが可愛くて誇らしいのだが、恋人でもできてしまえばおれはお役御免になってしまう。 のためにも、他人が大事になるはいいことなのはわかっているが、が去った後 おれはきっと空しさで枕を濡らすに違いない。我ながら女々しい。 「悪い、コンラッド」 髪を染めてもらっているを横目におれが溜息混じりに謝ると、コンラッドは僅かに苦笑 しただけで苦情は述べなかった。 「俺の説明が悪かったんだから、しょうがない。むしろユーリに申し訳ないよ。大事な妹を 危険な土地へ連れて行くことになってしまって……」 「いやもう、なんつーか、はああだから。昔おれが不良に殴られたときも木刀振り回して お礼参りしたしなー」 「ユーリが殴られたのにお礼?」 コンラッドの呆けた反応に思わず笑ってしまう。 「ああ、そうか。今言った「お礼参り」っていうのは仕返しの意味。俗語だな」 「仕返し…彼女が?」 驚いたようにを見やるコンラッドに、乾いた笑いを漏らしながら頬を軽く指先で掻いた。 「見た目に騙されるなよ〜。は俺と違って居合いと弓道を愛する格闘少女だからな」 「イアイ……キュウドウ…は、アーチェリーのことでいいのかな?」 「えーと、そんな感じ。居合いは抜刀術。日本特有の剣術だな。まあ、平和呆け日本での 話だから、コンラッドたちからしたらお遊びみたいなもんだろうけど」 「へえ、は武術の鍛錬をしているのか」 「いやまあ、その通りだけど、だから平和の国日本で護身を主にしているだけだから、 誰かを本気で傷つけたことはないからな。誤解しないように」 「日本が平和なのは知っているよ。だからユーリの魂は日本にいくのが望ましいと思った わけだしね」 |
婚約に続いて旅のことまで主にコンラッドの失言だったわけですが、 もちろん主人公の性格を知らないコンラッドに非があるわけでもなく。 ようやくと、旅に出発です! |