「ああ、酷い目にあった」 例の忌まわしいヒモパンのヒモを結んでいると、上では濡れた髪を名付け親が拭いてくれ ている。 「彼らも陛下の臣下ですよ。危害を加えるつもりはなかったのでしょうけれど」 「危害を加える加えないじゃなくてさー、おれはオカマさんに迫られて喜ぶ趣味はねーっ ての。ってか、陛下って呼ぶな名付け親。さっき言ったばっかだぞ」 「すいません、つい癖で」 まだ会って合計数日しか経ってないのに、慣れた会話をしながら学ラン風のズボンに足を 通した。 「彼らもユーリに会えて嬉しかったんでしょう」 「熱烈歓迎は本物のお姉さんにお願いしたいね………」 ギュンターの尊い犠牲がなければ、この名付け親はまだ風呂の入り口で意地悪く笑って いたかもしれない。本当に一番の味方なんだろうか。 思わず双子の妹に自慢げに話したことに、冗談交じりで自信を失くす。 「ある意味じゃ、おれの絶対的味方って相棒だけ―――」 かもしれない。 という声は、浴場からの凄まじい悲鳴にかき消された。 それこそ、その声は。 「!?」 母親の腹の中からの相棒の声じゃなかったか。 002.運命的偶然(2) 驚いて顔を上げると、この世界のおれの守護者の動きはそれ以上に早かった。 おれの腕を掴んで自分の後ろに隠しながら、浴場の戸を開ける。 悲鳴に一応のことを考えて庇ってくれたのはわかるが、この場合ははっきり言って迷惑だ。 だってあんたの長身の後ろからだと中が見えないんだって。 「ちょ……コンラッドどいてくれっ!」 「まだです、ユーリ。安全が確認されてから」 「だってあの声……………!!」 「いやっ!!寄らないでっ!!!」 ガラス戸を隔てず聞いた声は、今度こそ間違いない。 「ちょっと、お嬢さん落ち着いて………」 「わ〜〜〜ギュンター閣下!!」 「なにもしないから……」 「しっかりしてくださ〜い、って近づけぬ!!」 例の発作で恐慌を起こしたの声以外、漫才でもしているのかっていうほど呑気だ。 おれは苛つきながらコンラッドの背中を押した。 「の声なんだ!が来てる!!おれの妹だっ!!!!」 「が?」 驚いて脇に避けてくれた長身と壁の隙間を縫って浴場に駆け込む。 オカマさんたちの人の石垣の向こうに、長い髪を湯に散らばせて何故かうつ伏せで湯船に 浮かぶギュンターと。 「!!!」 怯えて蹲って悲鳴を上げているがいた。 「どいてくれっ!っ!!」 おろしてもらったばかりのズボンが濡れるのも構わずに、オカマさんたちを押しのけて に近づく。 「は!?陛下!!」 おれの声に反応してギュンターが勢いよくの近くで起き上がったりするもんだから、 はますます怯えて悲鳴を上げた。 「ギュンター!!どいてろっ!!、おれだよ、有利だよ!!」 ようやくおれの声が届いたのか、ひっきりなしに上がっていた悲鳴が止まった。 どいてろと言われたギュンターが傍らでショックを受けているけどそれは無視して、ざぶざぶと 湯を膝で掻き分けながらに近づく。 「ゆーちゃん…………?」 怯えて両手で耳を塞いだ態勢のまま、がそっと顔を上げた。 思わず顔が情けないまでにくずれてしまったのが自分でもわかった。 可哀想に、は男に怯えてすっかりボロボロだ。 いつもは桜色の頬も、お湯に浸かっていたというのに血の気が引いて真っ青だし、小さな 唇も紫色に変色してしまっている。 だからっての可愛さが損なわれるとまでは言わないが、おれの自慢の妹の一番可愛い ときからは見る影もない。 ここの連中の審美眼ときたら、キラキラ王子よりもおれをウツクシイなんて言っちゃう位に 可笑しいけど、同じ黒髪黒目で美しいと言われるのがなら、一も二もなく賛同している。 くりくりとした大き目の濡れた瞳に、桜色の頬。小ぶりで可愛らしい唇、少しだけ低いが形は すっと通った小さな鼻。総てがバランスよく配置されていて、それを補強するのがサラサラの 腰まで届く黒い髪だ。 ウィーン少年合唱団OBかというような某閣下みたいに派手な容姿じゃないけど、ほど 可愛い女の子をおれは滅多に見たことない。例え兄馬鹿と言われようとも。 だからこそ、は苦労もしている。 「、大丈夫、おれがいるから」 両手を広げて近づくと、は萎えて力が入らないのだろう膝を笑わせながら、それでもおれの 腕に飛び込んできた。 「ゆーちゃん!ゆーちゃんっ!!!」 涙こそ流していないが、これは泣いていないのではなくて泣けないのだ。 恐慌を起こすほど怯えた後のは、泣けるほどの気力がない。 こうなると、親父も勝利も手が出せない。女親である母さんか、おれじゃないと近づくことさえ できない。 もっとも、最近じゃ滅多になかったんだけど。 いきなりオカマ風呂に落されたんたじゃあなー。 「あ、あの、陛下?」 ギュンターはとてもおずおずと遠慮がちに声をかけたけど、一旦怯えた原因である以上、 は過敏に反応する。 おれの腕の中でびくんと大きく震えた小さな身体に、ギュンターを睨みつけて黙らせると の肩を抱いてコンラッドの所に戻ろうとした。 が。 「…………素っ裸じゃん……」 おれと同じく入浴中に吹っ飛ばされたんだろう。いくらあっちにいるのがオカマとおれの 名付け親とはいえ、他の男にの裸を見られるなんて冗談じゃない。中学に上がってから は勝利だって親父だって見たことないのに! ちなみに、相方であるおれは別。なぜならときどき一緒に風呂に入るから。 へへーん、羨ましかろう勝利!! などと言い合いしたりするのだが、おれたち兄弟は断じて変態ではない。少なくともおれは あのプチ変態とは違う。妹の寵を争っているだけだ。 なにか上に着せてやろうにも、残念ながらおれもまだズボンしかはいていない。 直ぐ側のギュンターの上着を追いはぎしてもいいけど、今のはおれ以外の男の上着なんて 嫌がるだろう。 「コンラッド!おれの上着投げて!あとおっきめタオルと!!」 おれがから離れることも、コンラッドをこっちに近づけさせることも出来ないから、そう叫んだ。 |
超のつくほどシスコンの陛下になってしまいました(苦笑) ギュ、ギュンターの受難が続く…。 |