ああ、きっとゆーちゃんが体験したスタツアってこれだったんだ。 ホント、昔体験したアトラクションそっくり。 お父さんが将来のためなんて言いながら、何度も有利を無理やり乗せていたっけ。 有利が行くなら、当然わたしもついていく。だけどねえ。 もう!わたし、絶叫系嫌いなんだってば。 あ、あれ? でもゆーちゃんがスタツア体験したのって、確か。 002.運命的偶然(1) 急に地面にお尻がついた。 突然の硬い感触に、ぐらりと揺れて水面に倒れてしまった。 あいた、全裸で大の字ってありえない。これでももうすぐ16歳なんだけど。 幸い頭を打ち付けるほど浅くはなかったので、スタツアでぐるぐると回る視界に頭を振り ながらどうにか起き上がる。 湯船に浸かる際に結い上げていた髪が、ゴムが外れかかって散らばりかけていた。 一旦ゴムを外して、髪を上げなおしながら呆然と辺りを見回す。 広い湯船に……どっちらかというと温水プールの眺めだろうか。ジャングル風呂、みたいな。 不自然な緑や植物の蔓が見える。 洗い場はこの中央に構える生垣(?)の向こう側にあるのか、こちらからは見えない。 「ってか、ここどこ?」 いつの間にこんなゴージャスなプールにやってきたのだろう。覚えがまったくない。 覚えはないけど、裸でいることを考えるとプールではなく温泉かと思い直す。いくら記憶が なくとも、プールで素っ裸で泳ぐほど非常識な自分ではないと信じたい。 とにかく、ここに自力で来た覚えがない。 それとも、家族旅行で温泉にやってきて、湯船で居眠りでもしていたのだろうか。 そんな馬鹿なーと思いながら、もうひとつ思い浮かんだ可能性を必死で否定する。 だってゆーちゃんが呼ばれたのは魔王の魂を持つからで、つまりは生まれる前からこっち にとっては必要な人だったわけで、いくら母親の腹の中にいる期間を同じくしたからと いって、肉体的しかゆーちゃんと繋がっていないわたしが呼ばれる謂れはない。 うわ、肉体的ってなんか嫌な言い回し。 きゃっきゃっと戯れる声と暴れる水音が聞こえてきて、眉根を寄せる。 こんな公共の場で暴れるなんて、一体マナーはどうなっているのだろう。 最近の女子高生や女子大生は常識知らずが多いと言われるけど、そんなことはない。 まともな子だって多い。 声が大きいと少数意見でも多数派だと言われるように、常識がない子が目立つから多数派 に見えるだけだ。 ちゃんと注意しないから常識知らずが増えるのだ。もちろん、言ったところでわからない ような困ったチャンも存在するけど、言えばわかってくれる子だってちゃんといる。 ようは、マナーを教えなかった親が悪いのだけどそれを今ここで言っても始まらない。 相手がついうっかり友達とはしゃいで羽目を外してしまっただけの子だったりしたら、 いちいち声高に注意しなくても済むのだけれど。 タオルを持っていないことに気付いたわたしは、湯船に身体を浸したまま中央の生垣らしき所 を回り込んだ。 そして絶句する。 暴れているのは、金髪や茶髪の女性。それだけならいい。それだけなら。 染めたり脱色しすぎただけかと思えた。 だけど顔立ちは見事に堀の深い外国人のもの。おまけに輝くばかりの美人ぞろい。 「が、外国人の人なら……仕様がない…かな?」 そんなことはあるまい。外国にだって銭湯や温泉という呼び名でなくとも公共大衆浴場は 存在する。マナー違反はマナー違反だろう。むしろ、その辺りなあなあでいい加減な日本人 より、外国の方がマナーには厳しいはずだ。例えば喫煙のことだとか。 「きゃああー!―――っ!!」 という黄色い声が聞こえた。 後半は、外国語らしくてなにを言っているのかわからない。 なぜか少し声が野太いのが気になったけど、それ以上に困った方に気を取られた。 どうしよう、ドイツ語っぽいみたいだけど、英語と違ってドイツ語は片言しか話せない。 通っている居合道場のご高齢の道場主が「時代はいんたーなしょなるじゃ」と使い慣れない 横文字を使いながら、スポーツ協会推奨中の海外交流を盛んに行い、その助手紛いをさせ られたお陰でアメリカ英語と中国語はわりと話せるようになったのだけど、ドイツ語と朝鮮語 は片言操れればいいほうだ。フランス語やイタリア語に至ってはさっぱりなことを思えば、 それでもまだましとは言えるけど、きちんとした意思の疎通を図るのは少し困難だ。 声を掛けるべきか、このまま通り過ぎて風呂から上がってしまうべきか考え込んでいると、 女性に囲まれた中心にいる人物が服を着たままのことに気がついた。 しかも、本人は何事か叫びながら洗い場、ひいては脱衣所らしきドアに向けて手を伸ばして いるのに、ご婦人方が寄って集って湯船に引き込んでは抱きついている。 しかも、その人は、灰色のとても綺麗な長い髪をしているのだけど。 「お、男!?」 思わず叫んで後退りした声が聞こえてしまったのか、戯れていた女性たちがぴたりと止まる。 その隙をついて逃げ出した男も、少し離れてから様子が変だと振り返った。 全員の視線は、総てわたしに集中している。 「え、えっと、あ、あのえ〜〜と、わ、わたしがここにいると、変なのかな、やっぱり」 ここに至って、どうやって自分がここにたどり着いたのか覚えていないことを思い出した。 家族旅行で温泉に浸かっていたわけではないのか、やはり。 ではここはどこ!? 「こ、混浴とは知らなくて……えーとI don‘t know………」 動転して、ある程度使い慣れてきたはずの英語もスムーズに出てこない。 必死に言い訳をしてなんとか誤魔化そうとすると、こちらを凝視していた相手にようやく反応 があった。 「―――――――っ―――、――――?」 オレンジ色の髪の女性がなにか言ってくる。語尾が上がっているから、なにかを訊ねている のだろうけれど、生憎と聞き取れる単語がなかった。辛うじて、「もしかして」らしい接続語は 聞き取れたけど、なにが「もしかして」なのやら、しかも微妙に「もしかして」とも違う。 ドイツ語でもないのかなぁと、ますます困り果てたとき、わたしは見てしまった。 オレンジ色の髪の女性に、胸がない。 湯気の向こうで見えにくいとはいえ、あの人もこの人もあっちの人もそっちの人も、胸がない。 しかもお互いに囁き合う声は野太く、よく見ると喉仏が――――。 「ひっ……………」 声を詰めて更に後退ったわたしに、オレンジ色の髪の女性――を模した男性は、ストップとでも 言うように片手を上げて何事かを言ってくる。 ゆっくりと距離を詰めてこようとするので、同じだけ後退する。 その様子に、困ったように頭を掻いた男性の後ろで、先ほどまでオカマさんたちに囲まれて 悲鳴を上げていた灰色の髪の男性が、なにかを叫んだ。 「――――っ!!!――――、―――――――!!」 そうして、怯えるわたしに遠慮して距離を詰めることに躊躇していたオカマさんたちを飛び越して、 一気に飛びついてきた。 「い…………いやぁああああああああああああああああああああっ!!!!」 悲鳴を上げて思わず避けると、男は腹から水面にダイブした。 水面のみならず、きっと湯船の底にも腹と顔面を打ち付けていることに、疑う余地もない。 |
……ギュンター好きですよ?(こんなのばっか) |