「有利!」

ノックどころかドアを蹴破らん勢いで飛び込んできたに、ベッドに寝転んでまどろんで

いたおれは文字通り飛び起きた。

「な、ななななに、なんだ!?なにがあった!闇討ち?焼き討ち!?」

どんな夢を見ていたのかと突っ込まれそうなことを口走ってしまったけど、はそんな

そぶりも見せずに突進してきておれの胸倉を掴んだ。

「なにがあったの!?ずぶ濡れで帰ってきたってお母さんが!!だれかに何かされたの?

有利に酷いことする奴がいるなんて許せない!!どこのだれ!?いじめなんてするような

人間は上段回し蹴りで鼻骨へし折ってやるんだから!!」

「おおおお落ち着け!!! ! いいいいイジメなんかじゃ、ねねねねーよ!!」

胸倉掴んでぐらぐらと揺さぶられて、何度も舌を噛む危機に晒されながらおれは片割れを

宥めようと必死に反論する。

「犯人を庇いだてなんてしても有利のためにならないわーーー!!!」

「してねーーーーー!!!」

普段は冷静で落ち着きのある渋谷の欠点は、双子の兄であるおれのこととなるとまるで

ブレーキが利かなくなるということにある。

つまり、極度のブラコン。(ただしおれ限定。悪いな、勝利!)

ちなみにおれも極度のシスコンだったりするので、あんまりとやかく言えた義理ではない。




001.珍しい出来事(2)




「え?つまり、カツアゲに遭っていた村田くんを助けて、・・・・有利だけが酷い目にあったの?」

有利だけ、を強調するに危険な香りを感じて慌てて付け足した。

「や、村田は警察呼びに行ってくれてたんだよ。確かにおれはともかく村田に一人一殺を

期待するのも無茶ってもんだろ?あいつの判断は的確だって」

「…………納得いかない」

弓道と居合いを嗜む超武闘派の妹は、おれのフォローにむくれながら小さく愚痴を零した

だけで、村田に呪いの言葉を吐くことはなかった。

村田健はしばらく渋谷に会わないように気をつけたほうがいいかもしれない。

なぜか自分のベッドの上で畏まって妹と膝を突き合わせて正座して状況を説明するという

奇妙な場面に、軽い頭痛を覚える。

あっちでもこっちでも、有利はユーリ。渋谷有利原宿不利の有利にも、眞魔国魔王ユーリ

にも、過保護な親衛隊がいるのだと思うと、なんだが笑える。

そこら辺にでも転がっていそうな子供なんだけど。

どこまでに説明したものかと悩みながら、とにかく村田を助けて某有名メーカーの便器に

顔を押し付けられたところまでは話した。時代遅れの不良たちの名を上げなかったのは、

彼らの身を案じたからではない。多分。

お袋にかなり省略した眞魔国の話をしたら、まったく取り合ってもらえなかった。まあ、

真っ当な反応といえよう。だが、家族には信じて欲しかったかもしれない。

なら絶対におれの言葉を頭から否定したりはしないという確信はあるけど、だからこそ

もしもさっきと同じような反応が返ってきたら、きっとショックで立ち直れない。

ここは黙っているのが一番かも、と思ったところでが首を傾げた。

「…………ねえ、ホントにそれだけだったの?」

「なななな、なにが!?」

思い切り不審にどもってしまった。

はそちらには突っ込みを入れず、そっとおれの頬に手を伸ばす。

「なんかね、有利の顔がいつもと違うなあって、思うんだけど」

「気のせい!気のせいだってば!!」

正座を崩して後退りながら、顔の前で両手を振って否定する。

は二、三度瞬きしてから、おれの頬を触っていたまま、空中で止めていた手を静かに

降ろす。

「そう…………」

俯いて、はそれ以上の追及もせずにベッドからそっと足を下ろす。

「ごめんね、有利。疲れて寝てたんでしょう?もう、出てくね」

おれは慌てての肩をわしりと掴む。

これが本当に落ち込んでいるのかそれとも演技なのか、わからないわけではない。

今回のこれは、演技だ。

伊達に十五年も腹の中から一緒だったわけではない。母親の腹の中の日数もカウント

すればとっくに十六年だ。

も当然、演技とバレているとわかっている。

予定調和と笑いたければ笑え。

例え嘘でも、可愛いに落ち込まれたら、知らぬ存ぜぬなど通せるはずがない。

なにしろ、がおれ馬鹿なら、おれは馬鹿なのだ。

「言うよ、言うから!」

悲鳴のように叫んだおれに、はにんまりと笑ってベッドに戻った。




「…………それはまた、凄い体験」

ベッドの上で膝を突き合わせたまま、は茫洋と呟いた。

信じてくれたのか、お袋のようにまるで信じていないか、その一言だけではわからない。

お袋のときはもう、あったことを総て一気に話しきってしまおうとして概略にもならない

説明だったから、にはわりと丁寧に説明した。

人物紹介は省略したけど。

便器に顔を押し付けられて、スタツアって着いた先はロシア村風の異世界で、そこで住人の

皆さんに石を投げつけられ(ここでの眉がぴくりと跳ね上がった)、アメフトマッチョな男に

助けられてその上、蓄積言語なるものを引き出してもらったはいいが、ウィンブルドンの

センターコートが似合いそうな爽やか好青年が割って入って、実は彼こそが味方で、

連れて行かれた先で超絶美形の男に今日から魔王だと告げられて、馬に揺られてケツを

痛めながらようやく居城とやらについたはいいが、前王の息子大小と険悪になって、国土の

一部が焼き討ちにあって、爽やか好青年と前王の息子大きい方が事態の収拾に向かって、

上手く収まったはいいが、前王の息子大きい方が人間と戦争だとか言うから、永世平和を

唱えて思わず魔王に就任して、その戴冠式でまたもやスタツアってこちらに帰ってきた、

と。

一気に説明しながらも、おれの冷静な部分が前王の息子小さい方との事故婚約や決闘騒ぎ、

ついでに焼き討ちの現場に自分で向かった事を省略させた。

石を投げられただけでも怒りの様子を見せただ。練習用のものとはいえ、剣を向けられた

などと知れば、ましてや戦場の(彼らには小競り合い程度かもしれないけど、おれには十分

戦場だった)只中に自ら飛び込んだなどと知れば、雷が落ちるだけでは済まない。

そんな危険な場所なのに、なぜ自分を連れて行かなかったのか、と。

生まれる前からの相方なのだ。行けるものなら、一緒にいてくれたらどんなに心強かった

ことか。

なにせは、普段は平和主義だがことおれが絡めば喧嘩上等、重い木刀を片手で振り回す

猛者だ。その姿は頼もしく、昔おれを殴った相手は三日三晩、木刀持ったに追い回される

夢を見てうなされたほどだという。

でも、あんな体験を可愛い妹にさせたいとも思えない。

だから、これでよかったと思う。

と、が溜息をついた。それも深々と。

思わずおれは肩を震わせた。

ダメか。

あれほどヤバげなシーンは省略したが、お怒りか。それとも、嘘をついたと嘆かれるのか。

びくびくするおれの首に細い腕が絡む。

チョークスリーパーを掛けられるのかと身構えたけど、やってきたのは首を絞められる苦しさ

ではなく、柔らかな抱擁だった。

さん!?」

思わず声が裏返る。

「馬鹿ユーリ」

少し、声が震えている。

?」

「馬鹿ユーリ。魔王に就任するだなんて言って………帰れなくなったら、どうするつもり

だったのよ」

「え、えーと………」

あっさりと、信じられてしまったことに戸惑いを覚えつつ、ともかくの頭に宥めるように

手を置いてみた。

「で、でもさ…こうして帰ってきてるわけだし、結果オーライってことじゃな………」

「…………馬鹿っ!!!」

耳元で怒鳴りつけられて、一瞬気が遠くなる。

びりびりと震えるが、どうやら鼓膜は破れずに済んだらしい。痛いのは耳ではなく頭だ。

「〜〜〜〜〜〜い……痛ぇ…………なにも」

怒鳴らなくても、という言葉は口の中に消えた。

おれから身体を離したの目には、うっすらと涙が。

!?えっと、あ〜〜っと」

わたわたと慌てふためくおれの前で、は滲んだ涙を手の甲で乱暴に拭う。

「帰ってこれなくなったらどうするつもりだったのよぉ……………」

「え、いや、その………」

「有利が優しいのは知ってるよ。有利が直情的だっていうのも。でも、だからいつも言って

るじゃない!腹が立っても、五つ数を数えてから口を開けって」

「その……わ、」

悪かったとは言えなかった。

の言うとおり、魔王に就任したせいで帰って来られなくなったとしたら、どれほど後悔

したかわからない。いきなりあちらに呼び出されて、挙句に一生家族に、に会えません

だなんて。

けど、後悔するとわかっていても、あの場に戻れば、おれは何度でも同じ選択を繰り返す

だろうこともわかっている。

焼け出された人々、おれを庇って重傷を負った少年。爽やかな笑顔で、ユーリと呼んだ

名付け親の声。

もう、誰も悲しませたくない。

そのために、少しでも自分にできることがあるのなら。

「…………気を、つけるよ」

その場の勢いでものを言うことだけは。

魔王に就任した事を、謝ることはできないけれど。

言外の思いに気付いているらしく、は目を伏せて軽く溜息をついた。

仕方がないと諦めたような、溜息。

「それがゆーちゃんだもんね」

顔を上げたは、力ないけれど確かに微笑んでいた。




「けどさ、簡単に信じてくれたよな、

「え?だって、有利がなにか体験したのは、顔を見ればわかったし。夢オチくらいで、こんな

精悍な顔つきにならないと思うから」

そっとおれの頬を撫でながら微笑む双子の妹に、図らずも顔が赤くなる。

なんで実の妹相手に赤面せにゃならんのだと思わずシャツを握ると、布越しにライオンズ

ブルーの石に触れた。

「それなあに?」

おれが首から提げていたライオンズブルーの石を外すと、は小首を傾げる。アクセサリー

とまでは言えない簡素な作りのものだけど、おれがこんなものを持っていなかったことを

は知っているはずだ。

「これは………絆、かな」

「絆?」

「臣下からものをもらうのは、そのものの忠誠を受け取ることになるんだって。……おれ

の一番の味方からの、贈り物」

「ふうん………」

膝を抱えて、嬉しそうなにおれの頬も緩む。

「なんでお前が嬉しそうなの?」

「だって有利が嬉しそうなんだもん」

その人のことが好きなんだね、と呟くような確認の質問に、おれは自信を持って大きく頷く。

だって、大切な名付け親からの贈り物だ。大切な野球仲間だ。一番の味方なんだ。

「それにさ、これ見てたら、あっちのことが夢じゃないんだって確認できたし」

が軽く首を傾げる。

「それだけ?じゃあ、あれは有利の趣味…………」

「は?あれってなに?」

「お母さんがね、泣いてたよ有利。ちょっとセクシー下着は早すぎると思うんだけど」

セクシー下着。

黒い、セクシー。

ヒモパンセクシー。

「あれもあっちの一般的な品――――!!おれの趣味じゃねえ!!!!」

日暮れの部屋におれの絶叫が響き渡った。






全体的に有利とはこんな関係で。お互いにかなりの過保護ですね。


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