「では今度は私の番だな」 「殿下」 「我々も人捜しだ。ただし、こちらは誘拐事件だが」 同盟の四人が僅かに視線を交わしたが、魔道士だけはまっすぐにラインハルトを見たままだ。 「誘拐、ですか。これは確かに不穏な話のようだ」 「名は明かせぬ。だがさる高貴な身分の者が行方不明になった。室内に荒らされた形跡はなかったが、『この者を預かった』という置手紙があったことから、自らの意思による失踪ではないと見られている。我等はその犯人を探し出し、誘拐された者を無事に保護するために動いている」 同盟の魔道士は、グラスからテーブルに伝い落ちた雫に指先をつけて、思案するような表情で水の線を引く。 しばらくして顔を上げると、ラインハルトの蒼氷色の瞳を真っ直ぐに見据えた。 「その『さる高貴な身分の者』とは、皇女殿下ですか?」 「待て!」 後ろで柄に手を掛けたキルヒアイスと、杖を構えたオーベルシュタインを制する。 同時に、同盟の魔道士も剣に手を掛けた騎士と少年と、戦闘の構えととろうとしていた武闘僧を諌めた。 突然の成り行きに息を詰めていたは、目の前の弓兵が懐から短剣を半ば出していたことに今になって気付いて、キルヒアイスの背後に後退るように移動する。 「……なぜ、姉上だと?」 「あなたが陣頭指揮を執っているからです、皇子殿下。貴族が行方不明だからといって皇子が出るはずもなく、あなたにはまだ妻も子も婚約者も存在しない。ならば、あなたが現場に出る可能性があるのは、皇帝陛下か皇女殿下でしかありません」 「ではなぜ皇帝を除外した」 「もし行方不明になったのが皇帝であった場合、あなたはますます表に出れない。万が一のことがあった場合、次の後継者はあなたなのだから」 「なるほどな」 緊迫するそれぞれの従者たちと、キルヒアイスの後ろに隠れたの前で、ラインハルトはゆったりと背もたれに身体を預けて、指を組んだ手を膝に載せた。 「それで、見抜いたことを吹聴するか?」 「まさか」 魔道士は、やはりラインハルト同様、周囲の緊張とは裏腹に笑みさえ浮かべる。 「我々にも協力させていただければ、と」 「師匠!?」 「導師!」 同盟の者が一斉に魔道士を顧みる中、キルヒアイスとオーベルシュタインは探るような視線を向けたままだ。だがラインハルトは、膝に置いた指で僅かに膝を叩いただけで、魔道士と同じように笑った。 「それで、望みは……情報だな」 「はい。そちらの事件が解決した暁には、トリューニヒトを探し出すための伝手をいただきたいのです。何しろ帝国の国土は広い。探し出すのに国家の情報網を使わせてもらえればこれに越したことはない」 ラインハルトは今度は背もたれから身体を起こしてテーブルに肘をつく。組んだ両手の上に顎を乗せ、挑発的な笑みを浮かべた。 「一見悪くない提案だが、一つ問題があるな」 「我々の実力ですか」 「そうだ。私の部下はどちらも国で有数の精強な者たちだ。国家の大事を担っているのはそちらも同じようだが、私の部下に劣るような者なら必要ない」 「言ってくれるね。何なら試すか……い!?」 「短気を起こすなポプラン」 立ち上がった武闘僧は、隣に座っていた弓兵の男に足を払われて額をテーブルに打ち付けた。 「てぇーな!コーネフ!!」 額を押さえて起き上がった同僚を見向きもせずに、弓兵はラインハルトに向き直った。 「そちらの言うとおり、我々も同盟の精鋭と自負している。これは国家の威信を掛けた行動なんでね。国の威信と言うと我々の導師はあまりいい顔をされないんだが」 弓兵が軽く顧みると、魔道士はさもありなんという様子で頷きながら肩を竦めた。 「とにかく、それだけ重要な任務だ。ヤン・ウェンリーが派遣されるほどのね」 「ヤン・ウェンリー!?」 「って、誰?」 帝国の三人が同時に声を上げると同時に胸を張った同盟側の部下達は、キルヒアイスの後ろから顔を出して首を傾げたに、一斉に力が抜ける。 「おい、いくらなんでも物を知らなさすぎだろ!?」 信じられないようなものを見る目でを指差す武闘僧に、指差されたはむっと意気込んで身を乗り出す。 「知らないものは知らないんだもん!」 「、下がって。申し訳ない。この子は事情があって、あまり世情は知らないのです。、ヤン導師は隣国同盟の守護者と呼ばれるほどの大魔道士だよ。古代語魔法を操る術に長けていて、彼が同盟国魔道士の最高位の導師になってからは、同盟は一度も他国の侵略を許したことがない、それほどの大人物だ」 を背後に押し返しつつキルヒアイスが説明すると、知らない呼ばわりされた魔道士ヤンは笑って手を振った。 「いやいや、噂話ばかりが先行しているようなものだからね。知っていても詰まらない話さ。まして、その子は人間ではないようだから、知らないのも無理はない」 ラインハルトとキルヒアイスがはっと息を飲む後ろで、オーベルシュタインは軽く目を細めた。 「魔力の流れを感じておいでのようだ」 「一応は、これでも国を代表するなどと言われている身なのでね」 ヤンが軽く肩を竦めると、ラインハルトは大きく頷いて立ち上がった。 1.かの高名なヤン・ウェンリーの協力を得られるというのなら、先の条件を飲もう。 2.それでも他国の者とは手を組めない。自分達だけで出発する。 |