「それで、皇女殿下の行方についての手掛かりは?」
酒場でこれ以上の深い話はできないと、店を出てからヤンがそう訊ねると、ラインハルトはの首根っこを掴んで目の前に連れ出す。
「これが姉上の居場所を割り出せる」
「またそんな掴み方してーっ!」
「そんなことはいいから、姉上のいる方角は」
「よくないけど、姫様がいるのはあっち!」
「西か……ブラウンシュヴァイクの領地だな」
ラインハルトが軽く顎を撫でて考えていると、同盟の武闘僧ポプランが肩を竦める。
「西って、随分曖昧だな」
「近づけばさらに絞り込める。今は私の魔力で、殿下の居場所を感知できる範囲を広げているために大まかになっているだけだ」
オーベルシュタインがやはり平坦な口調で説明して、ポプランは隣を歩く少年ユリアンにこっそりと話し掛けた。
「やなタイプだな。まだ自慢げに語れば可愛げがあるものを」
「オーベルシュタイン魔道士に可愛げが欲しいんですか?」
「あ、それは可愛くない返し方だぞ、ユリアン」
「可愛げが無いといえばその娘、ヤン導師は人間ではないと言っていましたね?」
一行の最後尾についていたシェーンコップが話に加わると、ヤンは振り返って頷いた。
「うん、違うね。人化の術だ。元の姿までは見えないけれど、小さな動物のようだね」
「さすが音に聞く大魔道士のヤン導師ですね。は皇女殿下の愛猫です」
「猫か。で、それならその飾り気も可愛げも足りん、その娘の服装は、そちらの魔道士の趣味か」
「あ、それは俺も思ったね。結構可愛い子なのに、その格好はないよなー。シンプルなのもいいけど、もうちょっと飾り気ってもんがさあ。こう、裾にレースをつけるとか、胸元に花を飾るとか、髪をリボンで結ぶとか、ちょっとしたことでものすごく可愛くなりそうなのに」
「珍しくお二人の意見が一致しましたね」
ユリアンの感心したような言葉に、ポプランは軽く鼻を鳴らす。
「俺とおっさんの意見が一致したというより、そっちの魔道士の洒落っ気のなさがそれ以上に酷いってだけのことさ」
「ポプラン」
ヤンが軽くたしなめたが、当の本人はまるで気にしておらず、ラインハルトは声を出して笑うだけだ。
「オーベルシュタインに洒落っ気がないのは是非もない事実だからな。だがそちらの二人も、これは猫だぞ?猫をごてごてと飾り立てるのも必要あるまい」
「そう言われるとなー……確かにそうなんだけどさ」
「今が人の娘の格好だからな」
ポプランとシェーンコップが苦笑を浮かべ、コーネフが軽く息を吐いた。
「やれやれ、元が女好きだとどうしようもないな」


が先導するまま、西へ西へと旅を続けている間に、ヤンはラインハルトにふと訊ねた。
「ブラウンシュヴァイク公爵といえば、かなりの大物ですね。彼ほどの地位がありながら、皇女誘拐などと危険な真似をするでしょうか」
「さあな」
ラインハルトは軽く肩を竦めてそう言ったが、ヤンの疑問のすべてを答えないつもりだったわけではない。
「ブラウンシュヴァイクは、亡くなった皇妃の代わりに自分の娘を王宮にあげたがっている」
「……ではこれはあなたを誘い出すための罠だと?」
先の先を読んで答えを出したヤンに、ラインハルトは呆れたように笑う。
「同盟の守護者は、魔術士というより策士だな。一を聞いて十を知るかのようだ」
「出すぎたことを」
「いいや、構わない。これで私も、同盟がどれほど油断ならないかを学んだ」
ラインハルトがにやりと笑みを浮かべると、ヤンは苦笑して首を傾げる。
二人のやり取りを後ろから見ていたは、隣のユリアンを見上げた。
「頭いい人だね、あなたの師匠」
「うん。素晴らしい方なんだ。自慢の師匠だよ。僕もいつかあの人のようになりたいと……せめて、師匠の助けになれるように成長したいと思ってる」
「助けだなんて!夢はでっかくってことで、師匠を追い越して見せる!!……くらいの気概でもいいんじゃない?」
「そんな!とんでもないよ!」
慌てるユリアンをが笑う。
そしてそんな二人を、さらに離れたところで四人の男が見ていた。
「いいねえ、ユリアン。青春だ」
「欲を言うなら、娘の格好に色気がないな」
「やれやれ、困った大人だな。どうせあの子は帝国の子だ。青春より演劇の世界になりそうな心配はしてやらないのやら」
同盟三人の、同行者の少年をからかうような雰囲気に、キルヒアイスは素朴な疑問を挟んだ。
は猫なんですが」
ポプランとシェーンコップとコーネフは、互いに顔を見合わせる。
「根本的な問題があったんだったな」



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