「連れてきたくて連れてきたわけじゃなくてもさー、女の子連れだと危ないだろ」
もう一度告げられた忠告に、ラインハルトはぐっと言葉に詰まり、それから軽く息を吐く。
「卿の言うとおりだ。これを諌められなかった時点で俺の落ち度だな」
がフラフラと他の席へ行かないように襟首を掴んだまま、他国の一団のテーブルへ向かおうとするラインハルトにキルヒアイスが小さく戸惑った声を上げる。
「ラインハルト様」
「……いや、キルヒアイス。彼らは簡易的にとはいえ、これの身を案じる言葉を掛けてきた。深くは説明できないが、何か不穏な話を聞いたことはないかと訊ねるくらいはいいだろう」
テーブル横まで近づいてきたラインハルトたちに、武闘僧はにやりと笑みを浮かべる。
「なんだ、やる気か?」
「いや、聞きたいことがあるだけだ。少しいいだろうか」
テーブルについていたうち、四人の目が一番奥に据わっていた魔道士のローブを纏った黒髪の男に向く。
一人のんびりと酒を傾けていた男は、四人の視線を受けて顔を上げた。
「うん、別に話を聞くくらいはいいんじゃないかな。どうぞ」
「卿が指導者か。承諾してくれたことに礼を言う。聞きたいことは特に難しい話ではない。この辺りで最近、不審な話を聞いたり遭遇したりしたことはなかったか、というだけのことだ」
「質問する側にしちゃ、随分と尊大な態度だなあ」
武闘僧の男は絡むというよりはからかうな調子で言っただけだったが、ラインハルトは僅かに眉を寄せた。だがすぐに首を振って考え直す。
「いや、確かに卿の言うとおりか」
「ああ、いえ、ポプランの言うことは気にしないでいいですよ。でも我々は特には……」
「尊大だって。ラインハルトは皇子様だから、当たり前だけどね」
が気軽に軽く呟いて、後ろからキルヒアイスに口を塞がれた。だが、テーブルについていた五人にはしっかりと聞こえたようだ。
何かを言いかけていた魔道士は一旦口を閉ざし、少し考える仕草をしたが、またすぐに顔を上げる。
「帝国の皇子殿下でいらっしゃいますか」
「いや、この方は……」
キルヒアイスが違う身分を捻り出そうとしたのだが、男はにこりと微笑んで先を続けた。
「不審な話をお探しのようですが、何か事件でもありましたか」
「……いや。ただの道楽だ。酒の席に無粋な邪魔をしてすまなかったな」
ラインハルトは軽く手を挙げて背を向けたが、魔道士の男はなおも言葉を掛けてくる。
「もしかすると、事件次第では我々が追ってきた相手が関わっている可能性がありますが、いかがでしょう」
「追ってきた?」
「師匠!」
魔道士の横に座っていた少年が驚いたように腰を浮かし、他の三人の男も僅かに視線を交わし合わせていたが、黒髪の魔道士は軽く手を挙げて押さえるようにという仕草をする。
「我々は帝国の隣人である自由都市同盟の者です。実は我々にはある目的があるのですが、よろしければ情報の交換をしませんか?」
正直に出身を明かしてきた魔道士は、向かいの席をラインハルトに勧めた。
有益な情報とは限らない。だが。
「ラインハルト様!」
椅子についた皇子に従者が思わず声を上げたが、ラインハルトは振り返らなかった。
「だがこちらもいきなり全てを明かすわけにもいかない。まず卿らが追ってきたという者について話を聞いてもよいだろうか」
「随分勝手な言い分のようだが」
甲冑を着た男を見ると、胸のエンブレムが削り取られて所属が判らないようにしてあった。
騎士崩れか、あるいは任務のために騎士崩れを装っている同盟の騎士なのか。
「構わない、シェーンコップ。話を持ちかけたのは私だ。まず私のカードをめくろう」
同盟の魔道士は部下を軽く制して、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「我々が追っているのは、このトリューニヒトという男です。見かけたことはありませんか」
「トリューニヒト?確か以前、同盟の指導者だった男ではないのか。彼がこの国に?」
羊皮紙に描かれた似顔絵の男は、爽やかな笑みを浮かべている。だがラインハルトの後ろからそれを覗き見たは顔をしかめた。
「うそ臭い笑顔。貼り付けたみたい……った!」
後ろから頭を杖で小突かれた。
後頭部を押さえて振り返るが、小突いた犯人は無機質な目を他国の魔道士に向けたままだ。
注意を受けたの言動は、しかし同盟国の人間には苦笑で以って迎えられる。
「まったく、うちの市民がお嬢ちゃんくらい見る眼があればね」
武闘僧が頬杖をついてそうぼやくと、同盟の他の者も魔道士以外は深く頷いた。
「それでも市民は最後には目が覚めた。トリューニヒトは汚職が表沙汰になり背任行為を理由に指導者の地位から降ろされた」
「二年前の話だな」
隣の国の情勢くらいは知っている。ラインハルトが話を補足してそれを示すと、同盟の魔道士は深く頷いた。
「彼はその後、有罪判決を受けて私財没収の上に投獄されていたのですが、どうやら隠し財産があったらしいのです。半年前にその資金を元に脱獄して、この国に逃げ込んだ。我々は彼を捕らえて連れ帰るためにこの国に来たのです」
「……なるほど」
ラインハルトは頷きながら、この話は姉の話には関係ないだろうと考える。
しかし相手がカードを切った以上、こちらだけ何も見せないというのはラインハルトの信条に反する。
後ろで自国の魔道士は、何も言うなと合図を送ってきているのだが。


1. 正直に情報交換する

2. 関係ない話のようだと席を立って酒場を出る。





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