ロイエンタールは、旅の道連れたちには一言も告げずに、二人連れの剣士のうち、オレンジ色の髪の男の横に立った。
「おい、ビッテンフェルト」
「んー?俺の名前を呼ぶのは誰……」
酒の入ったグラスを片手に半ば酔った声で振り返った男は、ロイエンタールを上から下まで見て、突然大声で笑いながら立ち上がった。
「ロイエンタールか!久しぶりだな、おいっ」
背中を強く叩かれて、ロイエンタールが顔をしかめようとおかまいなしだ。
「卿はまだ宮廷に勤めてるんだって?好事家の話を集めていたら、女好きの男の話と間違えた辺りから、半分くらい卿の名前が上がって笑ったぞ!」
「……卿も相変わらずのようだな」
こんな場所とはいえ、ろくでも無い話を大声でするビッテンフェルトに、ロイエンタールは眉間にしわを寄せる。
だがそのロイエンタールの様子に気付いているのは、連れの砂色の髪の男で、当のビッテンフェルトは少しも気にしていない。
「ほどほどにせんと、いつか背中を刺されるぞ!」
「ビ、ビッテンフェルト殿!」
ロイエンタールの眉間のしわがますます深くなって、連れの男が袖を引くがビッテンフェルトは気にも留めない。
「知り合いか?」
後からやってきたミッターマイヤーが肩に手を掛けると、ロイエンタールは手で顔を覆ったまま深い溜息をつく。
「従騎士だった時代の同期だ。もう少しで正騎士に昇格もあるという時期になって、いきなり『俺の道を見つけた』と言い出して脱隊した、同期では伝説の男でもある」
「そう誉めるな!照れるだろう!」
「誉めとらん!」
「なんというか……個性的な男だな」
ビッテンフェルトの連れの男は、乾いた笑いで明言を避けた。
「なんだミュラー、酒が進んでないぞ。ほら飲め飲め!」
「ビッテンフェルト殿!情報も手に入れたし、もう街を出るのでしょう!?そんなに飲んでは戦闘で支障が出……」
「街を出るから飲んでいるのだろう!外では思う存分飲めないからな」
「ああもう……」
ミュラーと呼ばれた男は、頭痛を覚えたように額を押さえて溜息をつく。
「今、情報が手に入ったと言ったな?確か卿らは奇妙な趣味の好事家を探していると聞いたが」
ロイエンタールの疑問に、ミュラーははっと口を閉ざしたが、ビッテンフェルトはやはりお構いなしだった。
「うむ。俺たちは今、さる貴族の攫われた娘を探していてな。その身代金がなんとその家に代々伝わる巨大な蛙の置物だというのだ。しかもその蛙は造形も悪く、その家には代々伝わる品としての意味があっても、他では美術的価値すらないという。攫われた娘は、肖像画を見たが溌剌とした可愛らしい娘だった。どう考えても、交換する品が不釣合いだろう!」
「ビッテンフェルト殿!」
「……卿に守秘義務というものは存在せんのか」
ロイエンタールは額を押さえたが、ビッテンフェルトは笑うだけだ。
「卿が同じトレジャーハンターならともかく、宮廷勤めの騎士に話して不都合な話でもあるまい」
「トレジャーハンター!?傭兵ではないのか!?」
明らかに冒険家の仕事ではない話にミッターマイヤーが驚くと、ミュラーは遠い目をして溜息をついた。
「ビッテンフェルト殿は人が良いので、困っている人を見ると放って置けないのです……」
どうやらまったく専門外の仕事をしたのは、一度や二度の話ではないらしい。
「卿、いっそ傭兵に転向してしまえ」
ロイエンタールが呆れたように呟いた後ろに、オーベルシュタインが足音も立てずに現れる。
「その話、詳しく聞きたいものだが」
「む……なんだ、卿もロイエンタールの知り合いか?」
黒猫を片手に現れたオーベルシュタインに、ビッテンフェルトは酒気の混じった息を吐きながら首を振る。
「いかんいかん。いくらロイエンタールの知り合いでも、これ以上の詳しい話はできん」
それくらいの分別は残っているビッテンフェルトの様子を見て、ミュラーはほっと息をつく。
「卿らが探している犯人が、我々の探している者と同一人物の可能性がある」
「なんだと?」
それに反応したのはビッテンフェルトではなく、ロイエンタールだった。
「おい、オーベルシュタイン。我々が探しているのは好事家などではないぞ」
「この猫は」
オーベルシュタインは連れていた黒猫の首を掴んでロイエンタールの眼前に突きつける。
「おい」
「主の言うことを理解し、忠実である珍しい習性を持つ猫として一部では話題に昇ったこともあるのだ」
「本当か?」
ミッターマイヤーが身を乗り出して訊ねると、オーベルシュタインそれには頷くだけですぐにビッテンフェルトに向き直る。
「その話を聞かせてもらいたい。無論、それに見合う報酬は払おう」
「金の問題ではない」
ビッテンフェルトが不愉快そうに眉をひそめる。
「そこを曲げて頼む。こちらも同じように連れ去られた女性を探しているのだ」
ミッターマイヤーが頭を下げて頼み込むと、ビッテンフェルトは釣り上げていた眉を下げて酒の入ったグラスを手にした。
「うーむ……そう言われてもな……しかしそちらも誘拐事件なのか……」
ビッテンフェルトは困ったように腕を組んで唸り声を上げる。
「おい、これをどけろ」
目の前に下げられた猫を、もはや顔に押し付けられた状態になっていたロイエンタールが抗議の声を上げたが、オーベルシュタインはまるで取り合わない。
「せめて、この街を出てから行く方角だけでも教えてもらえんか。それでこちらと違えばこれ以上は問わん」
「む……それくらないなら……西だ」

ミッターマイヤーが振り返ると、押し付けられたロイエンタールの頭に居心地悪そうに足を乗せていたが小さく鳴いた。
「どうやら同じようだ。もしかすると、本当に同じ犯人を追っているかもしれない。どうだろう、これ以上は何も話さなくても良いから、我々と道が別れるまで同行させてはもらえまいか。途中で道が別れれば目的地は別にあることになる」
「犯人について何も判らないのに、目的地は判っているのですか?」
ミュラーが目を瞬いて首を傾げる。
ミッターマイヤーは説明に窮した。


1.正直に話して、同行させてもらう

2.どうあっても国家機密を話すわけにはいかない。情報を諦める。





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