「なんと皇女殿下が浚わ……もがが!」 ミッターマイヤーたちの任務の内容を知ったビッテンフェルトは、ロイエンタールに口を塞がれて目を白黒させた。 これ以上こんな不特定多数の出入りが激しい店で大声を上げられても困ると、慌ててビッテンフェルトを引き摺って、一行は店を出た。 「むう……それで犯人が同じかもしれんということは……仕方ない、共に行くか。話は行く道でしよう」 荷物を担ぎ直したビッテンフェルトとミュラーを加えて歩き出した一行は、城門を出るまでは沈黙したままだった。 だが途中で、ふとオーベルシュタインが気がついたように杖を取り出す。いまだロイエンタールの肩にぶら下がったままだったが目に付いたのだ。 後ろから、やはり何の宣言もなく呪文を唱えると、肩にぶら下がっていた猫がみるみるうちに少女へと姿を変えて行く。 「うん?」 猫のままでも人間になろうと体重が変わらないことが災いした。ロイエンタールが違和感に気付いたと同時に、耳元で大声が上がって首を締められた。 「ギャー!落ちる、落ちる!」 「ぐっ……この……はな、せ……っ」 突然現れた少女に、ビッテンフェルトとミュラーが目を瞬く。 「か、彼女は一体どこから!?」 だがミュラーの驚きと、ビッテンフェルトの驚きは少し違った。 「ロイエンタール!卿はとうとう少女にまで手を出すようになったのかー!!」 「違うっ!降りろ!」 「そっちが屈んでってばっ!」 「猫の癖に!飛び降りろ!」 旅の道連れたちの騒ぎを前に、ミッターマイヤーが軽い溜息をつく。 「オーベルシュタイン……だから一言くらい先に言え」 「だからこれは猫だと言っているだろう!」 「どこからどう見ても人間の娘ではないか!」 街を出てからも、を巡って少女にまで手を出した、出さないで言い合うビッテンフェルトとロイエンタールと、それに巻き込まれているはさておいて、後ろではミュラーが得ていた情報をミッターマイヤーたちに説明している。 「我々が集めた情報によると、ブラウンシュヴァイク公が怪しいのです」 「ブラウンシュヴァイク公!?大物じゃないか!」 国の二大貴族のうちの一方の名前が上がって、ミッターマイヤーは驚いて声を裏返す。 「ですから、例え宮廷の方々にでもおいそれと話を漏らすわけにはいかなかったのです。しかし皇女殿下が関わっているとなると、そうは言っていられませんから」 「ブラウンシュヴァイク公爵……?」 オーベルシュタインが軽く首を傾げて呟いたが、ミッターマイヤーもミュラーも小声のそれには気付かなかった。 「しかし……いくら奇妙な物が好きとはいえ、皇女殿下を浚ってまで欲しいのがあの猫というのは……」 「うむ……さすがに考え難いが」 ロイエンタールとともにビッテンフェルトの勘違いに大声で抗議する少女の後ろ姿を見ながら、ミッターマイヤーとミュラーは同時に首を傾げた。 「まあ、なんだ、最後まで同じ場所に行くとは限らんか……」 「ですね」 今のところは、ビッテンフェルトと道を同じくしているようだが、途中で違う方向に反応することもあるだろうと見送っていたのだが。 「ここ!ここに姫様がいるよ!」 「よし、ここだなミュラー!着いたぞ!」 ブラウンシュヴァイク公爵領の端に位置する城の前で、とビッテンフェルトが同時に同行者たちを振り返った。目的地は、最後まで同じままだった。 「まさかブラウンシュヴァイク公爵がそこまで考え無しだったとは……」 「この様子だと、そのブラウンシュヴァイク公爵と互角の権力闘争を繰り広げているリッテンハイム侯爵もたかが知れているかもしれんな……」 たかが猫一匹のために皇女を誘拐するなんて。 「いや、でもまだ判らんぞ。皇女殿下かどわかしの件は、卿らの請負った依頼とは別件かもしれん」 「た、確かにそうですね」 むしろそうでなければおかしいとばかりに頷き合う二人に、ビッテンフェルトが手を振っている。 「何をしている卿ら!突入するぞ!」 「え?いや、でも救出作戦を……」 「突撃だー!フロイライン・マリーンドルフを救出するぞー!」 「姫様を返せー!」 人の制止を聞かず、一刻も早く魔の手から人質を解放しなければという意欲に燃えたビッテンフェルトと、アンネローゼ以外は目に入っていないが正面から城に駆け込んでしまった。 「……いっそ、好きなだけ奴らに暴れさせてから行くか?」 無情なことを言ったロイエンタールに、誰も返事はしなかった。 仕方がないので一緒に突入。 |