早くアンネローゼの元へ行きたいと騒ぐを押さえ込みながら街に出た一行は、大通りに出てぐるりと辺り一帯を見渡した。 「さて、ではまずどこから行くか……」 「情報の収集なら酒場が一般的だろう」 ミッターマイヤーとロイエンタールが話し合う中、は城門の方向へ向けて足を動かそうとしていた。襟首を掴まれていて、一歩も進めはしないのだが。 「ええい、鬱陶しい。少しの間待てと言っているだけだろう!」 ロイエンタールに掴まれていた襟を強く引かれて、が小さく呻き声を上げる。 「ぐぇっ」 「おい、ロイエンタール!それはやりすぎだろう」 「では卿が預かれ」 突き飛ばすような勢いで投げられた細身の身体を受け止めて、ミッターマイヤーはその安否を訊ねる前に身体の軽さに驚いた。 「随分軽いな」 「その姿はいわば仮のものであって、真のものではない。重量は元の重さのままだ」 既に酒場に向かって歩き出していたオーベルシュタインが振り返りもせずに説明して、支えてくれたミッターマイヤーの腕にもたれたまま、が不平を漏らす。 「重量って……人を物みたいに」 「人ではなく猫だろう」 「猫だって物じゃないよ!」 は唸るようにロイエンタールを威嚇して、ぷりぷりと怒りながらも城門の方向ではなく、オーベルシュタインの行く方向へ歩き出した。 「……猫だな」 「ああ、猫だ」 皇帝とは違い、が猫から少女の姿へ変わる瞬間を目撃していなかった二人は、の威嚇する姿に本性を見た思いで呟いた。 酒場に到着すると、扉に手を掛けたオーベルシュタインは気がついたようにローブの中に手を入れながら振り返る。 「どうした」 「いや、このような場所に入る前にしなければならないことを思い出した」 そう言って、杖と取り出すと素早くに突きつけて短い呪文を唱える。 「卿は何を……!」 乱暴に見えるその行為をミッターマイヤーが咎める前に、見る見るうちにが縮んで、少女の姿が消えた。 代わりに、地面に細身の黒猫が一匹ぽつんと立っていた。 「ほう……」 ロイエンタールは興味深げに呟き顎を撫で、ミッターマイヤーがしゃがみ込んで猫を抱き上げる。 「紫の瞳……これがか?」 猫が小さく鳴いて、小さな足でミッターマイヤーの頬に触れる。 「子供連れで酒場に入るのは厄介だ」 オーベルシュタインはそれだけ言うと、さっさと店に入ってしまった。 残されたロイエンタールとミッターマイヤーが顔を見合わせて、それから溜息をついてミッターマイヤーは腕の中の猫に話し掛ける。 「それにしても、何をするか宣言くらいしてもよかろうに。なあ?」 まるで同意するかのように、が一声鳴いた。 ミッターマイヤーたちが後から店内に入ると、オーベルシュタインは既にカウンターに向かって店主の男に話し掛けていた。 水煙草の煙や酒の匂いの充満する店内に、ミッターマイヤーの肩に移動していた黒猫は前足で頬を軽く叩いて顔を摺り寄せる。 「ああ、煙たいのか」 子供だろうと猫だろうと、あまりよい環境ではないだろうと、ミッターマイヤーは肩から猫を下ろして腕に抱いてやった。こうすれば少しは煙を吸わなくても済むだろう。 「おや、お客さん。店内に動物の持ち込みは勘弁してくれないか」 近づいてきたロイエンタールとミッターマイヤーに気付いて顔を上げた店主は、咎めるというほどでもない、気軽な調子で注意を促す。 「いや、すまない。しかし」 「フェルナー。あれは私の連れだ」 「や、そうでしたか。それは失礼。どうぞ」 「知り合いか?」 ロイエンタールが軽く眉を上げると、店主は笑ってオーベルシュタインの隣の空席を勧めた。 「これでも以前は宮廷にいたんですよ、ロイエンタール騎士長殿。俺の推薦者だった貴族が不祥事で没落してしまって、出世が望めなくなったから辞めたんです」 「ほう、そうか。それは失礼した」 オーベルシュタインの隣から、きっちり一つ空けた椅子に腰掛けたロイエンタールに、ミッターマイヤーは肩を竦めて腕の中のに小声で話し掛けた。 「なんて大人気ないんだろうな、ロイエンタールの奴は」 が同意するように小さく鳴く。 「世間話は後にしてもらおう。それでフェルナー、今店内に情報屋あるいは情報を欲している者はいるか。卿が知っているような不穏な話でも構わん」 「馴染みの情報屋は今はいないですねえ。俺の持ってる情報は先日閣下に報告した以上のものはありませんし……情報を集めていると言えば、あそこのテーブルについている五人組の男たちが、最近急に金回りが良くなった貴族や商人がいないかと探してましたね」 フェルナーが視線だけで示した方を見ると、魔術士のローブを着た黒髪の男と、騎士崩れらしい甲冑を身に纏った男、ミッターマイヤーと同じく拳法着を着た褐色の髪の男は恐らく武闘僧だろう。その隣には弓を傍らに置いたアーチャーと思われる男、その奥に亜麻色の髪の少年がいる。 「それから、こっちの二人組が少々奇特な趣味を持つ貴族を密かに探しているようで」 やはりフェルナーが視線だけで示した先に、カウンターの端で酒を飲むオレンジ色の髪の男と、その乱暴な飲み方をたしなめている砂色の髪の男がいる。どうやら二人とも剣士のようだ。 「……あれは……」 ロイエンタールが、僅かに眉を寄せた。 さて。 1.テーブルにいる五人組に声を掛けてみる。 2.カウンターの二人組に声を掛けてみる。 |