「なぜ来る?」 執事を下がらせた後、は思いっきり迷惑そうな顔で目の前の来客を睨み付けた。 「弔問だ。お前の執事もそう伝えただろう」 「うちのじいさんとなんの関係があったっていうのよ!?」 「あったわけがなかろう」 コーヒーを口に運びながら、目の前の男はひとり涼しい顔だ。 もうひとりの訪問者が軽くたしなめてくれる。 「まあ……そう熱くなるな、ふたりとも」 ふたりと言ったのはこの青年の良心だろう。 実際に青筋を立てているのはひとりだけだ。 05.立ち入り禁止区域(1) ラインハルトとキルヒアイスとの話し合いの翌日。 婚約の件を横に避けてしまった以上、別の方法を考えなくてはと物思いに耽っていると、執事が訪問者を報せに来た。 訪問者の名前を聞いたは、露骨に顔を顰めそうになって慌てて考える素振りをして頬に手を当て小首を傾げた。 「ロイエンタール少将とミッターマイヤー少将?おじい様と交友のあった方かしら?」 あくまでわたしは知りませんという風を装って押し通す。 執事も訝しがってはいたが、弔問と称している以上は門前払いするわけにもいかない。 あの野郎何の用だ、とやはり令嬢らしくない愚痴で内心舌打ちしながら客間に向かった。 既に通されて客間で待っていたロイエンタールと目があったとき、は露骨に顔をしかめた。舌打ちを我慢したのは、すぐ側に執事がいたからだ。 そんなの様子に、ミッターマイヤーは小さく苦笑するだけだったが、ロイエンタールは露骨に冷笑を見せる。 今日は正式な弔問とあって、ふたりとも軍服。 飲み物が運ばれてくると早々に執事を下がらせて、溜息とともには黒のヴェールを剥ぎ取ってソファに投げ捨てた。 柄悪く悪態をついたに、ロイエンタールは楽しそうに笑う。 「本当に、面白い娘だ。まるで二重人格のようだな」 「あれだけボロクソに言われて、なんでまだ関わるわけ?」 どうせこいつはまともには答えまいとミッターマイヤーに目を向けると、軽く肩を竦められた。 「俺はロイエンタールについてきただけでね。こいつの真意は知らないんだ」 「別に卿を誘った覚えはないが」 「少将がいらっしゃらないのなら、早々に叩き出してるわ」 「できるなら、やってみるがいい」 鼻先で笑われて、の眉間に皺が寄る。 この短時間で、が邸では本性を覆い隠していることを、少なくともあの執事とは腹の探り合いをしているのだと、気付かれている。 それしきのことが弱みになるわけではないが、腹立たしいことに変わりはない。 「で!じいさんと知り合いでもないのに弔問に来た真意はなによ?」 さっさと追い返したくて直球勝負に出ると、目の前の男は途端に目を細めた。 「美しくないな」 「はあ?」 「その、直接的な物の尋ね方は美しくないと言っている。つまらん真似はするな」 「なんでわたしがあんた相手に、知的な会話をせにゃならんのじゃ!ざけんな!」 「ほお、この家では訪問客にそういった対応をするのか」 挑発とわかりきった挑発をしてくるとはどういうつもりだ。 はイライラと指先でテーブルの端を叩く。 それとも、挑発に怒り狂って貴族の娘としての対応をするとでも思ったのだろうか。 あるいは、嫌いな奴に馬鹿にされるのは耐えられないと、貴族らしく機知に富んだ(と貴族たちが信じいてる)話術で嫌いだと表現するとでも? 貴族として振舞っても、らしい振舞いでも、どちらにしても笑われるような気がする。 ああ、嫌だ。 心の中でそう吐き捨てて、結局は第三の道を選んだ。 「なんでもいいから早く帰れ。ですが、ミッターマイヤー少将には、わざわざ当家までお運びいただき、感謝しております。どうぞゆっくりなさってくださいね」 ロイエンタールの挑発は聞かなかったことにする。 「その態度の違いはなんだ」 「つい先日の話を忘れたの?若年性痴呆ね。まあお気の毒」 ロイエンタールが一瞬だけ言い淀む。 たちの嫌味の応酬に、ミッターマイヤーはただ苦笑するだけだ。 「それにしても、着ている服で印象が変わるものだな。今回はそれでも貴族の令嬢らしく見える」 この口の悪さでも? 嫌味かお世辞かと思ったけれど、ミッターマイヤーはそういう遠まわしな言い方はしないだろう。 ならば、素直に誉め言葉としてとっておくかとも微笑みで返す。 「これでも、一応貴族の娘としての教育は叩き込まれているものですから」 「金を下水に流すような行為だな」 「やかましい!」 茶々を入れてくる男に、態度を反転させて睨みつける。 「わざわざ喧嘩を売りに来たわけ!?この暇人!」 きっと正面から睨みつけて、ようやく男の変化に気付いた。 意外なことには目を瞬く。 どこが変わったのかと言われると、それこそ男の視線としか言いようがない。 小馬鹿にしているところは変わりないが、どこか。 「………ひょっとして」 がきょとんとして首を傾げると、男の様子がまた一段と柔らかくなった。 そう、どこかオスカー・フォン・ロイエンタールの目が、柔らかい。 あくまで前回に比べれば、という話なのだけれども、あの蔑む光が見えない。 色々と考えて自分では整合性のある流れで結論に行き着くのだが、口に出したのはその結論だけ、ということはのみならず往々にしてよくあることには違いない。 違いないが、それにしても今回は、その中でも最悪の部類に入った。 「あんた、マゾヒスト?」 ミッターマイヤーがコーヒーを噴き出した。 「ぎゃー!少将、大丈夫ですか!?」 「げほっ!……いや……っ…すま………」 がもっていたハンカチを差し出すと、ミッターマイヤーは苦しげに咳き込みながら口を覆い、ロイエンタールは避難するように少し身を引いた。 「あんたね!ちょっとは親友を心配しなさいよ!」 適当にテーブルクロスで周囲を拭くを、ロイエンタールは呆れた視線で見下ろしてくる。 「なにを言う。そもそもお前のせいだろう」 反論できない。 ミッターマイヤーの咳が止まってようやく一段落着くと、とミッターマイヤーはぐったりとしてソファに身体を沈めた。 ロイエンタールひとりだけ、涼しい顔だ。 「それにしても……」 「随分と失礼な物言いをしてくれたな」 ぐったりとしたミッターマイヤーの言葉を奪い取って、話を始めたのはひとりだけ我関せずを決め込んでいた男。 「え?ああ、マゾってやつ?あ、ごめんね。つい正直に思ったとおり言っちゃって」 がこともなげに言うと、ミッターマイヤーが咽返って咳が再燃する。 今度はコーヒーを飲んでいなかったので、もロイエンタールもちらりとだけ視線を動かして、すぐにお互いに対面した。 「だからそれが失礼だと言っているのだろう。大体、なぜそんな結論に達する」 「だって、前回よりいい顔してるんだもの」 が無事だったコーヒーを啜ると、男は面白くないとばかりに目を細めた。 「なんだ。所詮お前も同じか」 「ああ、ヤダ。またその目。なによ、さっきはちょっとマシになったと思ったのに」 「それで、俺に惚れたか?」 「…………はあ?」 はコーヒーカップを乱暴にソーサーに戻した。取り落としかけたのだから、これでも誉めてもらいたいと思いつつ、ロイエンタールに胡乱な目を向ける。 「なに自惚れてんの、あんた?わたしは『マシ』って言ったのよ『マシ』!」 「なんだ。それだけか」 「なにが『なんだ』よ。その方が面白いと思ってるくせに」 が呆れたように指摘すると、ロイエンタールは口に運ぼうとしていたカップを空中で止めた。 「ほう、よくわかったな」 「だってあんたマゾだもん」 がちゃんと大きな音がテーブルから上がった。 ミッターマイヤーがテーブルに突っ伏してしまっている。 もロイエンタールも、それにまったく頓着しない。 「またそれだ。その結論の理由を言え、理由を」 「だって前回、わたしあれだけあんたのことボロクソに貶したのよ?それでちょっとだけでも気に入るなんて、悪く言われることに快感を覚えるわけで、マゾ以外のなにものでもないじゃない」 「俺が?お前を気に入ったと?」 「少なくとも、『その他大勢の女』の括りではなくなってるね」 ミッターマイヤーがいきなり起き上がった。 と、同時にロイエンタールは大声で笑い出す。 反応激しいふたりに、は思わず仰け反った。 「面白い娘だ。お前こそそれは自惚れだ」 「あらそう?」 は挑発には乗らず、ロイエンタールを無視してミッターマイヤーに笑顔を向ける。 「ミッターマイヤー少将、コーヒーのお代わりはいかが?」 「え?いや、別に」 がロイエンタールをごく自然に無視したので、ミッターマイヤーは戸惑いながら、ちらりと親友を横目で見る。 「おい」 そして、ロイエンタールは不機嫌になる。 「だって、真実を告げただけで自惚れだなんて言われても。人間、目が一番雄弁に真実を話すものよ。オスカー・フォン・ロイエンタール」 |
ロイエンタールの強襲(違) そしてミッターマイヤーは相変わらず苦労しています。 |