「喜べ、!」
久しぶりに会った友人は、こうのたまった。
「ハゲに、喧嘩を売ったぞ!」
それをどう喜べと?



04.その先にあるもの(1)



同じ所属の上司部下であるラインハルトとキルヒアイスが同時に休暇などということは滅多にないということで、久々の連絡は夜に外へ出て来いというものだった。
無茶を言うなよと思ったりしたのだけど、は結局眠った振りをしてメイドたちがさがった後に窓から脱走した。
令嬢らしくないとラインハルトは言うけれど、それを助長しているのは明らかにその友人たちだとしか思えない。
自分の邸なので警備も熟知している。こっそり裏門から出てきたら、物陰から赤毛の友人が現れた。
、こっち」
手招きされて二ブロック先までついていくと、地上車が一台留まっていた。
当然、中には金髪の友人がシートに身を沈めていた。
ラインハルトとふたりで後部座席に座り、キルヒアイスが運転席についた。例え自動操縦といえど、全員で後部座席というのはなにかあったときに対処が遅れる。
発進した地上車は、目的地などなくただ街を適当に流している。
そして、ラインハルトは冒頭の言葉をのたまったのだ。
キルヒアイスが運転席で溜息をついている。
「なにがどうなってんの?」
前回の話し合いから一ヶ月ほども経っていない。
「なんだ、喜ばないのか?」
「いや、あの事情がさっぱりわからないんだけど」
「別にラインハルト様は短気を起こしたわけじゃないんだよ。ただ、ブラウンシュヴァイク公の不興を買った人物を、お救いになっただけなんだ……けど」
「なるほど。そりゃ喧嘩を売ったも同然だね」
「有益な人材が、あのハゲやおかっぱのお陰で無為に失われるところを救ったんだ。誉められてもしかるべきケースだぞ」
ラインハルトの説明によると、クロプシュトック領討伐隊で、どこかの傲慢貴族が一般臣民の老婦人を暴行した挙句に、金品を略奪して殺害したという。
それを目撃したのが件の人物。
軍事技術指導として従軍していたさる士官はそれに激怒して、将校の権限でその場でその貴族を射殺したというのだが、それがブラウンシュヴァイク公の親戚だった。
おまけにその士官は、相手が公爵の親戚と聞いても揺るがずに処断を下したという。
それはたしかに有益で、みどころのある人物だ。
「その士官の友人が、俺に助けを求めてきた」
「でもそんなことすれば、その友人とやらも一緒に不興を被るんじゃないの?」
「その男に言わせると、友人は気持ちの良い男で、そんな男がひとり減るだけで世の中はもっとつまらなくなる、ということだ」
「そりゃまた気障なお言葉」
茶化すように笑いながら、自分がそう言ってもらえれば嬉しいだろうとも思う。
軽口で済ませているが、帝国の大貴族に逆らうことすら厭わないほどの友情なのだから。
「で?ということはそのふたりも当然抱き込んだんだ?」
「無論だ。キルヒアイス以外に、事を委ねることができる人物をやっと手に入れたんだ」
「うん、それはおめでとう!アンネローゼ姉様に一歩近付いたね」
が素直に祝辞を送ると、ラインハルトが奇妙な顔をした。
「俺は、お前になにか喋ったか?」
その言い方は、喋ってなくても認めている。
は迂闊な友人に苦笑する。
「だって、ハゲにもチョビ髭にも迎合しないんでしょう?なんでラインハルトがそんなに権力獲得に燃えているのかなあと考えたら、自然とアンネローゼ姉様に行き着いたの。あんた、昔から姉様のことになったら見境なかったし」
ラインハルトがさっと頬を赤らめて、運転席でキルヒアイスが小さく吹き出した。
笑っているキルヒアイスにしても、人のことは言えまいと思う。
「姉様を、取り戻すために頑張ってるんでしょ?」
「………ああ。姉上を、俺たちの元に取り戻して見せる。あんな老いぼれになど!」
「え?皇帝陛下も標的?」
が驚いて座ったまま軽く飛び上がると、ラインハルトも目を見開いて凝視してきた。
「当たり前だろう?そうでなくて、どうやって姉上を取り戻す」
まったくもってその通りだった。
アンネローゼはブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム候の妻にされたのではない。
皇帝の愛妾として召し上げられたのだ。
けれど、だからといって帝国の臣民が、当たり前のように皇室転覆を考え出せるなんて、想像もしていなかった。
「うっわー…さすがにそこまで考えてなかった…いきなりスケールがでかくなったねえ」
ラインハルトの表情が曇る。バックミラーに映ったキルヒアイスの目も、鋭く光った。
は内心で苦笑する。
自分では考えてもみなかったとはいえ、友人を裏切るほどの忠誠心など皇帝に対して持ち合わせていないのに。
「なんかショックだわ」
「………何がだい?」
気楽さを装って、警戒心を含んだキルヒアイスの質問にわざと真剣な表情で返した。
「かつての舎弟が、自分よりずっと壮大な決心してんのよ?やだな、いつの間にわたしってばこんな小物になったんだろう」
キルヒアイスが目を瞬いた。
ラインハルトは。
「だれがお前の舎弟だと!?」
「あんたよ、あんた!姉様におやつ抜かれてはビービー泣いてたくせに!わたしが施ししてやってたの、忘れたの!?」
「泣いてない!そもそも、あれはお前が原因だったんじゃないか!」
「五歳も年下の女の子つかまえて、本気で口論してたくせに」
「五歳も年上に向かって、敬意の欠片も払わなかったくせに、なんだその言い草は!大体、だれが『女の子』だ!」
運転席でキルヒアイスがハンドルに突っ伏した。
「ふたりとも……九年も経ったのに、喧嘩のレベルが変わってないよ……」


ラインハルトは気を取り直したように咳払いする。
「それで、だ。今日お前を呼んだのは他でもない」
「うん、なに?」
「言っただろう。ハゲに喧嘩を売ったと。もう取繕うこともない。俺と婚約しろ」
助けてくれようとしていることは十分理解している。自身も似たようなことを考えたりもしている。
けれど、命令されると妙に反発したくなる。
「いや」
「なんだと!?」
断られるとは微塵も思っていなかったらしく、ラインハルトはまたも激昂した。
「いやいや、落ち着け。だってさ、いくら不興を買ったといっても、正面対決までしてるわけじゃないんでしょ?不快にはさせただろうけどさ。ここで、原因を増やすというのはどうかと思うよ」
「だが!」
は片手を上げてラインハルトを制すると、運転席のキルヒアイスを見た。
「ジークは?反対しなかったの?」
と同じ考えは浮かんだ。だけど、ラインハルト様の覚悟の方を支持するね」
「なんで?」
「手遅れにしたくないから」
振り返ったキルヒアイスは、柔らかく微笑んでいるのに、どこか泣いてしまいそうな痛々しさがあった。
そっと、ラインハルトがの手を握る。
「あんな思いをするのは、一度で十分だ。俺も、キルヒアイスも」
スケールが遥かに違うとはいえ、どうやら結婚だとかいう事態はふたりにアンネローゼのときのことを連想させてしまっていたらしい。
それならいっそ、が考えていたことを提案してみるの一興かと考える。
「………一個、提案があるんだけど」
「なんだ」
「基本はラインハルトの方針と同じ。だけど、もう一歩踏み切っちゃえ、というやつ」
「なんだ、それは」
はにっこり笑って、自分の手を握るラインハルトの手を、更に上から握った。
「いっそ、ほんとに結婚しちゃわない?」







婚約で婚約を回避する方法について。
どうなるでしょうか。


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