「それにしたって、コンラッドも酷いわ。あんなすごい深刻な顔して訪ねて来るなんて」
ヨザックの傍で椅子に座って憤慨するに、傍らに立っていたコンラッドは名指しで責められて軽く頭を掻く。
「それについてはすまない。俺は単にが怖かったんだ」
「怖いって!」
失礼なと眉を寄せたに、寝台で寝転ぶヨザックが喉を鳴らして笑った。
「そーだよなあ、は怖い。オレはまさにそれを実感したばかりだから判るぜ」
「だろう?前に黙って旅に出たときも、帰ってきたら殴られた。今度のことはそれどころではなかったから、もっと怒っているかと思ったんだが……」
腕を組んで壁にもたれたコンラッドは、溜息をついて首を振った。
「ところがは、俺が帰国したことよりヨザのことしか頭になかったらしい。怒るどころかヨザのことしか聞きもしない。寂しかったなあ」
「そ、それは……っ」
真っ赤になって絶句するに、ヨザックと机について仕事に掛かっていたギーゼラが同時に吹き出す。
「それは仕方ないですね」
「まあ、惚れた男の安否の前には、目の前に現れた幼馴染みへの説教なんてあとだ、あと」
「じ、自分で自信満々に惚れた男とか言わないでよ!結婚するって、一方的に決めちゃうし……」
「嫌なら断ってもいいんだぞ?」
にやにやと笑うヨザックに、真っ赤になったは唇を噛み締めてコンラッドを振り仰いだ。
「それに、妙に周りを気にして、顔を隠して、声を落とせとか!」
話を強引に戻した。
コンラッドはそんなに笑いながら、それについてはと手を振る。
「俺は、今はまだ立場が立場だからな。街に降りるのは極力避けているんだ。大声で俺の名前なんて呼んだら、が注目されて困るだろう?」
は頭を掻き毟り、声にならない怒りをどうにかしようと身悶えて、それを見て三人が笑っているところに、医務室の扉が開いた。
「なんだよ、なんか賑やかだね。いや、いいことだけどさ。ヨザックは落ち着いたの?」
ひょっこりと顔を覗かせた少年に、振り返ったは絶句した。
黒い髪と黒い瞳。
「陛下」
コンラッドは壁から身体を起こすと、部屋に入ってきた少年の後ろに自然に回って、まるでそこが定位置だというように従う。
双黒の少年。陛下。
どこかで見た覚えのあるような美貌の少年は、その高貴な容姿とは裏腹に、人懐こい笑みを乗せてを見る。
「あ、確かコンラッドの友達のお姉さん。そっか、ヨザックとも幼馴染みだって言ってたっけ。おれと一緒で、ヨザックのお見舞いに来たの?」
コンラッドの友達のお姉さん。そんな呼び方を、つい最近聞いた。
グウェンダルに呼び出された先で、部屋に入ってきた少女。
彼女に飴をあげたとき、コンラッドが連れていた少年の髪と瞳の色を変えると……。
「ま……魔王陛下!?」
驚いて椅子から飛びのくように立ち上がると、古傷のある右足の膝が折れるようにして床についた。そのまま平伏しようとしたら、慌てたように少年に、魔王陛下に止められる。
「い、いいって!そういうのはいいからさ!ヨザックのお見舞いに来て、なんでおれに頭下げる必要があんの!」
中途半端に中腰のまま立っていいものかと迷うに、魔王は困惑したようにヨザックを見た。
「あんたと違って、あんたの幼馴染みの人は真面目だよね。おれに困ってるよ。気楽にしていいって言ってあげて」
「だーってさ。、陛下はそういうのはお困りになる方だから立てばいいさ」
魔王陛下を相手に気楽に口を利くヨザックに、は信じがたいものを見るような目を向けたが、当の本人は肩をすくめるだけだ。
そうして、の手首を掴むと自分のほうへと引き寄せた。
「それと陛下、こいつはオレの幼馴染みじゃなくて妻なんで、そこんとこ訂正よろしくお願いしまーす」
「へー、幼馴染みじゃなくて妻………つ、つつつつ、妻ー!?つまり奥さん!?人妻!?嘘、ヨザックあんた結婚してたの!?初耳だぞーっ!?」
「いやー、結婚するって決めたの、ついさっきなんで」
「さっきなのかよ!?」
ヨザックと気安い会話を交わすこの少年が、魔王陛下。
高貴な容姿と、気さくな態度。
ヨザックとコンラッドがともに全幅の信頼を寄せている、数々の偉業を成し遂げ、国を導く方。
まるで街の少年と変わりない様子なのに、その内に秘めているもののなんと大きなことか。
呆然とするの目に、ヨザックの苦笑にも似た深い笑みが映る。
「オレもね、方針を変えることにしたんですよ。こいつを幸せにすることができるなら、どんな形でも約束を守ったことにはなるよなーって」
「うわー!男前、すっごい男前な発言!『こいつを幸せに』って、自信がなきゃ言えないよ!おれも言ってみたいー!」
「おーや、オレなんて陛下の男前ぶりには足元にも及びませんて」
ヨザックは笑いながら、小さな赤い袋を指先に摘んで掲げる。
「こういう小細工をしちゃうくらいには小物なんですよねー」
「え、なにそれ?何の小細工?それが美人妻を手に入れた秘密兵器!?」
「やだなー、はオレの魅力で落としたんですー。これは、保険だっただけで。でももう妻になったならいらないな。ってことで、これは返してもらうぞ」
の返事も聞かずに、ヨザックはその小さな袋を手にして懐に入れた。
別に異論はない。ただ、グウェンダルが呼び出した用件は、あの袋にあったのはこれで確かだ。
それが中に入っていた黒い小さな石か、赤い袋か、それともその両方かは判らないけれど。
だから保険か。
どうしても回収する必要のあるものをに渡しておくことで、この品を誰かが取りに来たときに、確実にヨザックの死を知ることができる。
そのための保険。だから、ただの幼馴染みから妻になった今は、もういらない。任務そのものは極秘でも、もしものことがあれば家族にはそのことだけは伝わる。
つまり。
「結婚しても、今までと何も変わらないってこと?」
ヨザックの任務先は、家族だろうと知ることはできない。そしてヨザックは、仕事を辞めたりしないだろう。
結婚はする。
でも年の半分以上はきっと任務で不在。
「まあ、そういうことになるか?」
あっさりと頷いたヨザックに、は拳を握り締める。
「散々心配かけて……回り道して………結果これかーっ!」
「わーっ!お姉さんがキレた!コンラッド、ギーゼラ、止めてくれー!」
「放っておきましょう」
「そうですわ、陛下。夫婦喧嘩はネグロシノヤマキシーも食いません」
「……ネグロシノヤマキシーって犬みたいな生き物なのか……?」
偉業は成すが世界には疎い魔王の素朴な疑問に答える者は、この場には誰もいなかった。








ヨザック夢完結です。この話はタロットカードの「隠者」を宛てた話。
寓意は慎重、用心、撤退、独身、誤解、憂慮、抑制など。
正位置で純愛、地道な活動、助言される、分別があるなど。
逆位置は孤独、秘密が漏れる、真実に気づかない、人の忠告を聞かないなど。

毎度のことですが、どうしても聖砂国編の終了時には夢を見ております。
でも原作が出るまでは妄想も自由ですし!こうなればいいなあという希望で一杯。
補足ですが最後のことわざ(格言?)はもちろん作り物です。原作には出てません。
ネグロシノヤマキシーって本当にどんな生き物なんでしょう?(笑)

それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!


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