アニシナを伴って帰ってきたグウェンダルの顔色は、これ以上ないくらいに悪かった。
青褪めるを通り越して、紙のように白い。
そうして、アニシナの言葉に執務室にいたを除く全員が同じような顔色になった。
「結論から申し上げますと、解決策はございません」
「ちょ……ちょ、ちょちょちょ………」
「どういうことだ、アニシナ」
ユーリが混乱してしまったので、俺が代わって聞くと腕の中でがびくりと震えた。
声に殺気が篭ってしまっていたらしい。
安心させるようにの背中を軽く叩きながら、アニシナを睨みつけてしまうのはどうしようもない。
「今朝も申し上げたでしょう。あれは美容液であって、毒や薬ではありません。従って、反作用もしくは相殺作用を持つ薬品など作りようがないのです」
「でもアニシナさん、朝は……っ!」
「はい、美容液の解析をすると申し上げましたが、あれはどこに問題があったのか、どれくらいの持続時間があるかなどを調べるための解析です。その結果!」
「わからないそうだ」
アニシナが足を踏み鳴らして立ち上がるのと同時に、グウェンダルが小さく先回りして付け足した。
俺たち全員は不安で、アニシナは不服そうな顔でグウェンダルに視線を転じた。
「グウェンダル。わたくしの研究成果をあなたに発表していただく義理はありませんが」
「なにが成果だ!その結果がこれではないか!を子供にしてしまうなど、本来なら反逆罪に問われても不思議ではないほどの重罪だ!おまけにいつ元に戻れるかわからないだと!?この責任をどう取るつもりだっ」
いつ元に戻れるか、わからない!?
「そこまで深刻にならなくとも、発汗や排泄などで美容液の効果が薄れれば元に戻ります。単に、それが明日なのか一年先なのか、あるいは十年かかるかわからないだけのこと」
「十年!?」
ユーリが悲鳴を上げて立ち上がり、ギュンターは泡を吹いて後ろに倒れた。ヴォルフラムも蒼白になってとユーリを見比べている。
「十年なんて!そんなの普通に成長しなおすだけじゃん!その間、どうするんだよ!」
「今、成長促進薬を開発しておりますが」
「もうお前はなにもするなっ!」
「いちいちうろたえてみっともない!御覧なさい!あなた方がそのような様子だから、殿下が怯えていらっしゃいます!」
だれのせいなんだ。
気絶しているギュンターを除いて俺たちの心はひとつだったに違いないが、確かには周りに険悪な雰囲気に怯えて俺にしがみついている。
「大丈夫だよ、。大丈夫」
宥めるように背中を撫でて優しく囁きかけると、は俺たちの不安が移ってしまったらしい様子で、俺を見上げた。
「こん……?」
が俺にぎゅっとしがみついたので、その小さな身体を抱き返しながら今にも倒れてしまいそうな顔色のユーリの肩を叩いた。
俺がうろたえれば、ユーリを不安にさせる。ユーリが不安になれば、も不安になる。
「そう悲観的になるのはやめましょう。明日や明後日には戻っている可能性もあるんですから」
「あ、ああ……そ、そうだよな。十年なんて、最悪の場合って話で」
ユーリの救いを求めるような視線を受けて、アニシナは鷹揚に頷いた。
「もちろんです。そこまで効果の持続する美容液を開発できれば、むしろ大発明です!」
大発明じゃないことを祈る。


「……参ったよな……」
の相手をするために、ユーリは頑張って今日の仕事はほとんど終えていた。
おかげで、集中することなどさすがに不可能な事態に、ここでこの日の仕事を打ち切ることができた。
ひとりだけなにが起こったのかわかっていないは、それでも元気のないユーリに心配そうな顔をする。
「ゆーちゃん?」
「なんでもないよー。お勉強は終わったから、今から遊ぼうか。なにする?」
は首を傾げて俺の膝から降りるとユーリの手を握る。
「おひるね!」
俺もユーリも驚いた。
はユーリと遊びたいから、ずっと部屋の中で大人しく待っていた。廊下を歩けば興味深そうに周囲を見回していたのに、ヴォルフラムが城内の探検に誘っても、ユーリの側を離れなかった。
なのに。
「あのね、あのね、おつかれはねるのがいいの。パパがいつもいってるの」
きっとユーリに元気がないから、ゆっくり休むのがいいと勧めているのだ。
「ゆーちゃんいっぱいがんばったもんね。いいこ、いいこ」
は精一杯背伸びして、多分ユーリの頭を撫でてあげたかったんだと思う。
手が届かないから、ユーリの手を撫でることで代用した。
俺が後ろからを抱き上げると、きょとんとして振り返り、それから笑顔で届くようになったユーリの頭を撫でる。
部屋の隅から鼻を啜る音が聞える。見なくてもギュンターがいる方向だ。
ユーリはやっと無理をしていない笑顔で、お返しにとの頭を撫でた。
「大丈夫だよ。お城を探検しよう。すっごく広いぞー」
小さくなっても、だ。
ユーリが大切で、そしてとても優しいことに代わりはない。
俺はを抱き上げたまま、目を潤ませているヴォルフラムの肩を叩いて部屋を出ようと歩き出したユーリに続く。
「悪いけど、後を頼めるかなグウェン?」
「ああ……お前は、しっかりと妹と遊んでやれ」
振り返って一応ユーリが断ると、グウェンダルは穏やかな表情で頷いた。
長期戦になるかもしれない。を不安にさせないためにも、できるだけ俺たちは平常心でいなくてはいけない。
部屋から出てもはしばらくユーリが無理をしていないか気にしていたが、ユーリがその度に笑顔で応えると安心したらしく、ばたばたと暴れて俺の腕から降りたがる。
元気が有り余っている子供だから、広い廊下に好奇心がそそられるのだろう。
遠くへ行かないようにと念押ししてから床に降ろすと、は楽しそうに廊下を駆けていく。ヴォルフラムが不安定なその走りに慌てて後を追いかけた。
その様子を愛しそうに眺めながら、ユーリは遠慮がちに口を開く。
「なあ、コンラッド」
「なんですか?」
「……があんなになっちゃったしさ……もしも…もしもの時は……遠慮せずに新しい恋人作れよ」
「それはまた……ひどいことをおっしゃいますね」
「だってさ!……もし本当に十年かかったらどうすんの?……もしもの話だよ。でも、ホントに何年もかかったら、だって……わかってくれるさ。……たぶん」
「違いますよ。俺からを取り上げるんですか?」
ユーリは驚いたように俺を見上げる。
もしも本当に薬が抜けなくて、十年かかって成長し直したとしても、それは俺が好きになったではないだろう。であることだけは間違いない、でも別のだれか。
それでも。
「それでもユーリ、俺の目の前にがいるんです。もしものときはもう一度、彼女に愛されるように努力しますよ」
「十年後まで待つわけ?」
ユーリが苦笑した。気負っていたものが少し抜けたようで、呆れた笑いだ。
「今から俺が育てて、俺以外の男なんて目に入らないように育てるのもいいかもしれませんね」
「光源氏作戦かよ」
「なんですか、そのヒカル……?」
「女ったらし男の究極の夢の実現ってやつだよ!」
ユーリは笑ってを追いかけて走り出した。



そんな会話の翌日だったから、翌朝ユーリの部屋を訪れて、安堵で力が抜けて床にしゃがみこんでしまった。
昨日、日が沈むまで思い切りユーリと遊んだは、疲れたのか入浴もせずに眠ってしまった。小さくなったを広い部屋でひとりきりにすると、もしも夜中に目を覚ましたときに不安がるだろうというユーリの意見に従って、ユーリのベッドに運んだ。
ベッドで眠るユーリと
十六歳のの姿。
薬は一日で抜けきってくれたらしい。きっとアニシナには俺たち全員、すぐに大げさに騒ぎ立てて、これだから男は惰弱なのだと罵倒されることだろう。
ユーリを起こして一緒に喜びを分かち合おうと思ったのに、が寝返りをうった途端にその気は失せた。なにも着ていない、白い肩がシーツの間から剥き出しになる。
まずは着替えだ。
子供のサイズの服を着ていたから、夜中に大きくなった身体に耐え切れずに布が千切れてしまって、ほとんどなにも着ていない状態になっている。
を起こしても悲鳴を上げるに違いないから、ユーリのクローゼットから適当な服を選んで腕にかけると、一応俺の上着をかけてからを抱き上げて隣室に移動する。
ここもいつ人が来るかわからないので、そのまま部屋続きの浴室に移動した。
バスタブに腰掛けて、腕の中のを揺すって起こす。
、起きてくれ。着替えをして欲しいんだ」
「んー……?」
の寝起きは悪くない。
ちゃんと起こすつもりで声をかければ、すぐに目を開けた。
「……こん、らっど…?」
こんな形でだけど、の寝顔も寝ぼけた顔も見ることができた。大きな不安の後だっただけに、感慨もひとしおだ。
「おはよう」
「……おは……よう?」
寝ぼけた様子で周囲を見回して、は首を傾げる。
それはそうだろう。どうして浴室なんかで目を覚ますのか、昨日のことを覚えていないには不思議でならないだろう。
「まずは着替えて。先に言うけど、絶対に悲鳴を上げないで。陛下を起こしてしまうからね。大声を出しそうになったら、強制的に阻止するよ」
「悲鳴……?」
が首をかしげながらもたれていた俺から起き上がると、上に掛けていた俺の上着が床に滑り落ちた。
わずかに布が肩に引っかかっているだけの、胸も足もすべてさらけ出しているその状態。
「きっ………!」
が悲鳴を上げる事なんて、予想済みだ。
宣言どおり、俺は強制的に口を塞いだ。
「んーっ!んんっ!!んっ!!」
が必死に暴れて俺の胸を叩く。今離れると、余計に大騒ぎするに違いないから、更に深く口づけをする。
の抵抗が弱まるまで、たっぷりとの唇と口腔を堪能してから解放すると、息も絶え絶えにぐったりとした様子で俺を睨みつけた。
「ひ、人の寝起きに……なにこれ!?どんな悪戯!?わたしの服はどこ!?」
「ああ、落ち着いて。とりあえず、陛下の服をお借りしたからこれを着て」
「なんで有利の服!?」
俺の膝から床にしゃがみ込むと、は俺の上着を抱き締めて少しでも俺の目から身体を隠そうとしてから睨みつけてくる。
「昨日は色々大変だったんだよ。後で説明するから、とにかくまず着替えて。ここは陛下の部屋だから。俺の部屋ならその煽情的な姿も大歓迎なんだけ……」
「出てって!」
顔を覆うように、俺の上着が叩きつけられた。
混乱するの気持ちもわかるので、上着を片手に大人しく浴室を後にする。
事情がさっぱりわかっていないはずなので、怒ってしばらく浴室に閉じ篭ってしまうかもしれないという危惧はあったが、事情を知りたい気持ちの方が強かったらしい。
はすぐにユーリの服を着て出てきた。
「じゃあ説明してもらいましょうか!?」
向かいのソファに座りながら、すでに喧嘩腰だ。
昨日の不安を思うとちょっとだけ理不尽な気持ちを味わいながら、の隣に移動した。
はじろりと睨みつけるけど、あっちに行けとは言わない。
どこから説明しようか考えながら、の肩を抱き寄せる。
「そうだな……とりあえず、俺をジューエンで売るのは止めてくれ」
肩を抱き寄せた俺の手をつねり上げようとしていたは、びっくりして俺を見上げる。
「なんでコンラッドが十円屋さんを知ってるの!?」
どうしてだろうね。
ああ、その驚いた表情も可愛い。だと、安心する。
幼いも可愛かったけど、やっぱり俺には今のが一番だ。
きっと事情を聞けば、も二度とアニシナのもにたあにはならないだろう。







ということで、1万ヒットありがとうございます企画一位のお話でした!
子供になっているので、恋人設定なのにむしろ糖度が低いような…?(^^;)
こちらはお持ち帰りしない方用にcookie対応版になっておりますので、この話を
お持ち帰りされる方は企画部屋の方へどうぞ。


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