コンラッドとフォンウィンコット卿を追い出して、ベッドに潜り込んでる間もずっと半泣きだった。 「なんでなんでなんでー!?うわーん!最悪だーっ!!」 コンラッドとエッチしたってことを人に知られるだけでもとんでもないのに、今は熱を出して寝込んでいるときだったり、場所が人さまのお宅だったりと、もう色々すべての状況が最悪だ。 「帰りたい、血盟城に帰りたい!」 いっそ日本に帰りたい。昨日とは全然別の意味で、帰りたくて仕方がない。 「も、もうフォンウィンコット卿と顔を合わせられない……」 めそめそ泣き言を漏らしていたらノックの音が聞こえて、思わず両手で耳を押さえて、更にぎゅうっと小さく膝を曲げて丸まった。 今、誰とも会いたくない!っていうか、恥ずかしくて会えない!! 「おーい、……ってお前……」 ブランケットの向こうから聞こえたのは有利の声だった。 時を紡ぐ風に寄せて(11) 「おい、出てこいって!」 潜っていたブランケットが剥ぎ取られる。 「わーん!返して、布団返して!」 飛び起きて有利に取り上げられたブランケットに手を伸ばしたら、額を小突かれてベッドに倒された。その上から取り上げられたブランケットが掛けられる。 「ほら、病気なんだから寝てろって」 有利の後ろには、呆れたような顔のヴォルフラムも一緒だった。そしてそのヴォルフラムから、とんでもないセリフを聞かされる。 「そんなに恥ずかしいのなら、少しは控えたらどうだ。ユーリの妹だというのに、は少しコンラートに毒されすぎだ」 「………え?」 確かに誰とも顔を合わせるのは恥ずかしかった。だからベッドに潜り込んでいたわけだけど、それはわたしの心情の問題であって、どうしてその理由をヴォルフラムが知って……。 呆れ顔のヴォルフラムから恐る恐ると有利に視線を移すと、有利はちょっと怒った顔で腰に両手を当てて荒く息を吐いた。 「コンラッドから聞いたよ。見られて恥ずかしいからってコンラッドとキアスンを追い出したんだって?お前さあ、人さまのお宅でなにやってんだよ。そんなの見ちゃったら、キアスンが気まずいだろ」 「え?コンラッドから聞いたって、え、嘘!?ゆ、有利も知ってるの!?ヴォルフラムも!?」 半分パニックになりながらブランケットを握り締めて中に潜る。 なんで!?コンラッドってば、なんで有利に正直に言っちゃうの!?フォンウィンコット卿に知られたことだって十分つらいし恥ずかしいけど、あの人には血盟城に帰っちゃえば会わないからほんの少しマシだったのに、これから有利にどんな顔をして会えばいいのー!? 「ほら!布団の中に潜るなって!安静に寝てろ!!そんなに恥ずかしいなら、人ん家でキスなんてするなよ!」 またブランケットを剥ぎ取られた。 けど……。 「キス……?」 「そうだよ。なに、その鳩が豆鉄砲を食らったような顔。反省したんじゃないのか?」 「え!?う、ううん!は、反省してます!」 有利の怒った表情に、慌てて首を振って返してもらったブランケットに顔を半ば埋める。 そ、そうか、コンラッドはキスを見られたってことにしたんだ。そうだよね、まさか馬鹿正直にもうエッチしちゃってるなんてこと、有利に言ったりしないよね。そんな話をしたら、今頃有利の怒りはこんなものじゃなかっただろう。コンラッドとわたしへの説教のとばっちりでウィンコット城が半壊しててもおかしくないかも……こ、怖……。 魔王様降臨の有利を想像して恐怖に震えながら、そうならなかったことに安心していると、有利の後ろのヴォルフラムが眉を寄せて不審そうな顔をする。 「、お前ひょっとして、他に心当たりがあるのか?」 「へ!?」 突然の鋭いツッコミに、声が裏返った。我ながら怪しい。 「たかが口付け程度で今更、あのコンラート相手に照れるのか?」 「た、た、たかがだなんて!お邪魔してる家主さんに見られたら、充分気まずいでしょ!?」 図星でちょっと必死になりすぎた言い訳は、だけど有利には受け入れられた。 「そうだよなあ、たかが口付けなんて言うけど、人に見せるものじゃないだろ。コンラッドはほら、のことだと大人げないんだから、お前がちゃんと節度を守れよ」 「…………はい」 節度っていうか……うん、ごめんなさい有利……。 ヴォルフラムの疑いの眼差しから逃れるようにブランケットで顔を隠しながら、小さく頷いた。 そんな風に、ヴォルフラムから疑惑を向けられたり、有利から注意を受けたり、フォンウィンコット卿の目が気になったりで、熱が下がってお医者さんからもう大丈夫という許可が降りるまでの二日間、看病は有利とヴォルフラムにお願いした。 コンラッドとは朝と晩に挨拶をする程度。せっかく傍にいるのに、一緒にいられないことはつらいけど、フォンウィンコット卿に知られていると思うと、二人きりになるのが恥ずかしい。 だって、もうしないけど!しないけど、してるかもとか思われたらイヤだしね……。 それでわたしがようやく元気になったところで、領内を案内するというフォンウィンコット卿の申し出があったんだけど、それはコンラッドが丁重に断ってしまった。 理由は、そろそろ戻らないと有利に政務が溜まっているし、王佐が一人で右往左往しているだろうから、ということだった。 仕事が溜まっていると聞いた有利は、溜息をついて天を仰いだとか。 わたしのせいで、予定よりも三日も長くウィンコット城に滞在したことを思うと、ギュンターさんがどんな状態になっているのか、想像だけでも恐ろしい。 明日の早朝にウィンコット城を発つということになって、コンラッドとヴォルフラムが準備に行ってしまって、わたしは有利と二人、部屋でぼんやりとお茶を飲んでいた。 「この三日、ずーっと寝てたから身体の節々が痛ーい」 両手の指を組んで上に大きく伸びをすると、有利が軽く首を傾げる。 「そうだな、お前はおれほどじゃないけど、じっとしてるのは苦手だもんな。うーん……走るのは駄目だけど、散歩にでも行くか?」 「あ、行きたい。行く行く」 挙手をして身を乗り出したわたしに、有利は苦笑してソファーから立ち上がった。 「おれもあんまりうろうろしてないんだけど、ちょっとだけキアスンに案内してもらったんだ。その辺りの、庭にちょっと出るだけな」 お前は病み上がりなんだから、と付け足された言葉に異論はない。 有利と一緒に廊下に出て庭に向かっていると、ときどき行き会う城の人たちは、ものすごく驚いて慌てて頭を下げて廊下の端に寄ってしまう。 「いいよいいよ、気楽にしててよ。お仕事ご苦労様」 有利は困ったように、だけど少し慣れた様子で気さくに声を掛けながら通り過ぎて、一緒に歩きながら非常に心苦しくなってくる。 「……ひょっとして、勝手にうろうろしないほうがいいんじゃ……」 「いやまあ……庭に出ちゃえば人も減るから、ほとんど会わないよ」 「ずっとこんな感じだったんだ?」 「うん。プレッシャーだよなあ。だってみんな、おれが王様だからあんなに緊張してるんだろ?いい王様にならないとって、気合いも入るけどさ」 血盟城の人たちよりも堅い雰囲気があるのは、慣れの問題なのかそれとも土地柄なのか。 お陰で階段を降りて中庭に降りた時は、二人揃ってほっと息をついてしまったほどだった。 まだ春は先で花が少なく緑色が目立つ庭は少し寂しげな色どりだったけど、落ち着いた雰囲気の庭園。 微かな花の香りのする涼しい風が吹いて、久々の外の空気に大きく伸びをしながら息を吸い込んだ。 「うー、気持ちいい!なんだかここ落ち着く」 「あ、判る。そうなんだ、初めてくる場所なのに、なんか落ち着くよな。雰囲気がいいのかな。血盟城の庭とはまた違うんだけど、何故か懐かしいような」 「うんうん、そんな感じ。不思議だねー、こんな立派な庭、ほとんど縁がないはずなのに」 フォンウィンコット卿に案内されたという有利から、あっちの建物はなんだとか、ここから遠くに見える山の話とかを聞きながらゆっくりと散歩をする。 途中でわたしが小さく笑ったから、春になればこの庭に咲くという花の話をしていた有利が目を瞬いた。 「なんだよ」 「その話、フォンウィンコット卿じゃなくてコンラッドから聞いたんじゃないの?」 有利は驚いたように目を丸めて、ぐっと息を止める。 「なんで判る?」 「だって、建物とか城下町の話をしたときに比べて、妙に他愛もない話なんだもん。あんまりフォンウィンコット卿がしそうにない話かなって思って。コンラッドはここにしばらくいたことがあるって聞いたから」 「……うん。そうらしいな」 有利が硬い表情で頷いたのは、コンラッドがこの城に滞在していた頃の理由を知ってるからなんだろうか。それとも……。 「陛下!殿下!」 呼ばれて振り返ると、フォンウィンコット卿が城から庭に駆け下りてくる姿が見えた。 えー……非常に自業自得なんですが、彼とは顔を合わせるのがとても気まずい。 思わず有利を盾にするように、その後ろにすり足で移動して有利に呆れた目を向けられた。 そんなことをしているうちに、フォンウィンコット卿がすぐ前まで駆けて来る。 「お声を掛けて下されば、ご案内に立ちましたものを」 はっと大きな息をひとつ吐いて、爽やかな笑顔でそう言われても、ごめんなさい、わたしはあんまり顔を合わせたくありません。もちろんあなたが悪いのではなく、わたしのせいで。 有利も軽く首を振って庭を見回した。 「いや、おれは一回案内してもらったし。ずーっとベッドの上で何もしなかったから身体が鈍ったっていう、のリハビリ散歩みたいなものだったからさ」 「リハビ……?」 それはなんだろうというような表情で首を傾げたフォンウィンコット卿は、だけどそれ以上は有利に聞き返さずに頷いた。 「そうですね。殿下がお元気でいらっしゃれば、今日だけでも城下町のご案内に立てたのですが、あまりお疲れになるようなことになってはいけませんし」 フォンウィンコット卿に他意がないことは判ってる。勝手に後ろ暗くなっているのも判ってる。 でもつい、嫌味に聞こえてしまうから人間の心理って不思議……。 すみません、安静にしてなかったせいで、一回熱をぶり返してしまって。 心の中で謝ると、ますますフォンウィンコット卿の顔を見れなくなってしまった。 わたしって馬鹿……? じりじりと有利の後ろでさらに後ろに下がっていたら、すり足が災いして芝生に足を取られた。 「ひゃっ!」 「殿下!」 そのまま後ろにこけるかと思ってぎゅっと目を瞑ったら、手を取られて腕の中に引っ張り上げられる。 すぐ耳元でほっと息をつく声が聞こえて、わたしも力が抜けた。 「ありがとう、ゆう……」 その肩に手を置いて有利を見上げようとしたら、肩の位置がおかしい。有利にしては高い。 その違和感に気付くのと、見上げた人物のドアップが視界に映るのは同時だった。 「お怪我はありませんか、殿下?」 掴まれたのと逆の手が、抱き込まれたフォンウィンコット卿との間に手が挟まっていなければ、きっと恩知らずにも助けてくれた彼を殴り倒していただろう。 でも殴れなかった代わりに完全に硬直してしまったわたしに、フォンウィンコット卿が首を傾げる。 「どうかなさいましたか?どこか痛められましたか?」 「い………いい、いいいいいえ、ど、どこも」 硬直が舌にまで及んだのかめちゃくちゃに動揺してどもってしまう。それでフォンウィンコット卿はますます心配顔になって、その肩越しに、腰を捻って振り返った状態だった有利が、手で顔を覆ったのが見えた。 同時に。 「!キアスン!」 コンラッドの声が聞こえて、二人して飛び上がってしまった。フォンウィンコット卿の手がぱっと離れる。 慌てて振り返ると、建物の向こうからコンラッドが歩いてくる姿が。 そう、走ってない。無表情で、歩いて。 バックミュージックに映画ジョーズのあの有名な音楽が聞こえてくる気すらしてくる。 「ち、違います、コンラート!事故です!」 そしてまた、ご丁寧にフォンウィンコット卿がものすごく動揺するものだから、つられて心臓がバクバクいい始める。怖い、無表情のコンラッド怖い! 「そう、事故!有利と散歩に出たら、フォンウィンコット卿と会って、転びかけたところを助けてもらっただけなの!」 「お前ら、落ち着け……」 有利の溜息混じりの声が後ろから聞こえた。 無表情のまま歩いてきたコンラッドは、わたしたちの前までくると急ににっこりと笑顔になる。 「そんなに慌てなくても、判ってるよ」 「ほ、ホント?」 「ああ」 「そうですか、よかった」 隣でフォンウィンコット卿は胸を撫で下ろしたけど、わたしはまだ安心しきれなかった。 「すまない、明日の準備に忙しくて放っていたから暇だっただろう?陛下とはそれで散歩に出たのかな?」 「そ、そう!それにずっと寝てたから、ちょっとは身体を動かしておこうかなって。ね、有利!」 「だから落ち着けって……」 頷いてくれと振り返ると、有利はそれよりもわたしに呆れて、そんな溜息をつく。 いいから同意してよと訴える前に、後ろからひょいと軽く抱き上げられて、気が付けばコンラッドに横抱きにされていた。いわゆるお姫様抱っこだね。 「身体を動かしたいなら、俺が協力するよ」 「きょ、協力って……」 だったら降ろしてくれないと、抱っこされてたら散歩にならない。 コンラッドはにこにこ笑うだけで降ろしてくれないし、何も言わない。どう意味なんだろうと首を捻っている間に有利とフォンウィンコット卿に一言言って、わたしを抱き上げたまま城に向かって歩き出す。 「え、あの、コンラッド?散歩なら逆……」 不思議に思ってコンラッドを見ても、にこにこにこにこ……。 コンラッドの肩越しに、真っ赤になって向こうを向いているフォンウィンコット卿が見えた。 さっきまでコンラッドに驚いて青褪めていたくらいなのに、どうして真っ赤になっている……んだ……ろ、う……。 「降ろして!降ろしてお願い!」 やっとコンラッドの言う「身体を動かす協力」の意味が判って、慌てて暴れる。このまま部屋に行ったら大変なことになる。コンラッドが途中でやめても、フォンウィンコット卿には、あれをしたと思われるわけだよね!? 暴れるわたしに危ないと思ったのか、それともそもそもその気はなかったのか、コンラッドが足を止める。 「落としたら危ないから暴れないでくれ。それで、気をつける気になってくれたかな?」 「なりました!気をつけます!足元注意!!」 「俺以外の男にも注意」 「……はい、注意します」 事故だって判ってるくせに。 それを言うとまた離してもらえそうになかったので、こくこくと頷いて両手を握り締めてコンラッドの目を覗き込む。 コンラッドはわたしの意図なんてお見通しの様子で笑いながら、だけどようやく地面に降ろしてくれた。よ、よかった……。 もう全然、まったくそんなことしませんよという証明に、有利のところに戻ろうと歩き出すと、真横についてきたコンラッドがわたしの肩を抱いてぴったりと身体を寄せた。 「キアスンの目が気になるようだから、続きは血盟城に帰ってから俺の部屋でじっくりと」 「なっ………!」 絶句してコンラッドを振り仰いだら、軽くウィンクなんてして、いたずらっ子みたいな笑顔で内緒だよ、と人差し指を口元に立てる。 こんなところで何てこと言うのよ! そう怒鳴りつけようと息を吸い込んで、ふわりと花の香りの乗った風を感じた途端、声に出したら違うことを言っていた。 「……帰ったら、だからね」 コンラッドが驚いた顔をして、恥ずかしくなって肩を抱いていた手を振り払うと有利に向かって駆け出す。 血盟城に帰ったら。 今のコンラッドの帰る場所は、わたしや有利と一緒にいる、血盟城なんだ。 そう思ったら、帰るという言葉が嬉しかった。 あー、もう!ジュリアさんのことは友達だって、大切な思い出だって納得したはずなのに、わたしってば本当に心がせまーい! 「おわっと!なんだよ?」 駆け寄った勢いのままでわたしが抱きついて、有利は慌てて抱きとめながら不平を漏らす。 「ううん、なーんにも!」 有利の横で、目を丸めているフォンウィンコット卿と目が合った。 そうだよね、コンラッドも心が狭いんだから、この件に関してはお相子ということで! 抱きついた有利から離れて振り返ったら、お相子なのにコンラッドは呆れたような顔で笑っていた。 |
嫉妬は醜いと思いつつも、自分ではコントロールの難しい感情のひとつだと思います。 それにしても今回、周りを酷く巻き込む話でした。 上手くライバルになってくれなかったキアスンですが、災難には充分に見舞われたかと。 不幸な彼に幸あれ(^^;) |