夜中に目が覚めたら、ベッドのすぐ傍に人影が立っていました。
「ついビクってなってもしょうがない状況だと思わない?」
「人をまるで幽霊みたいに……」
あの状況じゃ、そう見えても仕方ないと思うんだけど。
ベッドの端に腰掛け枕を抱いてめそめそと泣き言をいう恋人の頭を撫でながら、懸命にご機嫌を伺う。
ちなみにコンラッドが抱き締めている枕はわたしのものだ。
目が覚めて、ベッドの傍に立つ人影に気付いた瞬間、投げつけたのがそれだったわけで。



夢の狭間



「夜中に押しかけた俺が悪かったわけだけど……」
コンラッドは溜息一つついて、抱いていた枕を膝に乗せる。
「そ、そう、それ。どうしたの、こんな夜中に?」
とにかく話を次に持って行ってしまえと用事を訊ねると、コンラッドは少し寂しげな声色で枕を返してきた。
「ごめん、夜中に……」
「え、ちょ、ちょっと待って!別に迷惑だったわけじゃないから!」
言葉って難しい。夜中という単語を入れたせいでコンラッドが帰ろうと腰を浮かしたから、慌ててシャツを引っ張る。
月明かりだけの薄暗さでよく見えてなかったけど、よく見ればコンラッドも寝起きらしくて、外ではあまり見たことのない寝間着姿だった。
この、灯りを入れていないという状況がますますわたしに怪談を思い起こさせて、恋人に枕を投げるという暴挙に至らしめたのだ。
ちゃんと話を聞くというつもりでランプに火を入れようと手を伸ばしたら、当のコンラッドに邪魔された。
「コンラッド?」
「ごめん……ちょっと情けない顔をしてるから、見られたくない」
「情けない顔って……」
暗闇の中で目を瞬いても見えるようになるはずもなく、依然としてコンラッドの表情はよく見えないままで、返された枕を横に置いてコンラッドににじり寄る。
「えっとね、見られたくないなら見ないから」
腰を浮かして、ベッドの上に膝で立って、コンラッドの頭を抱え込むように抱き寄せた。
何か事件があったならコンラッドがこんなにゆっくりしているはずもないし、きっととりとめもない、だけど何か気になることがあったから夜中と自分でも言った時間に訊ねてきたんだろう。
だったらこのまま帰して何が恋人かと行動に移したものの、ここから先が続かない。
立場が逆ならきっとコンラッドは気の利いたことの一つでも言ってくれているだろう。
わたしのほうこそ情けない。
抱き寄せられるまま身体を傾けていたコンラッドは、頭を抱え込んでいたわたしの二の腕を擦って、ごめんねとまた小さく謝った。
「え、何が……」
聞き返すより先に、後ろに押される。
不安定なベッドの上に不安定に膝で立っていたせいで、簡単に後ろに倒された。
スプリングのよく利いたベッドだから痛いということはない。
倒される瞬間に反射で思わず瞑った目を開けると、胸に抱き締めていたはずのコンラッドが覗き込んでいた。倒されたときに手を放してしまったらしい。
「コン……」
「今から、君を抱く」
そんなストレートな!
いつものコンラッドらしくない、あまりに直球な言葉に絶句してしまって口がパクパクと動くだけで声が出ない。出ても何が言えるか判らないけど。
そんな酸素不足の金魚みたいになっているわたしの返事なんて待たないで、コンラッドの手がシャツの下に滑り込んでくる。
「や……っ!」
そんなに嫌だと思ったわけじゃないけど、こういうのって、なんというか反射のようなものじゃありません?
思わず小さく声を上げると、コンラッドの手がビクっと震えて止まった。
いつもはまったく無視して進むくせに、この間をどうすればいいの。
コンラッドはわたしに圧し掛かったまま、だけど手を引くでもなく進めるでもなく。
気まずい空気が流れる。
「……ごめん」
謝って、止めるのかと思いきやコンラッドは完全にわたしに覆い被さって、首筋へと顔を埋めた。
強く口付けされる感覚に震えてシーツを握り締める。
「ごめん、でも今日は」
思えば、今夜は最初から様子がおかしかった。
コンラッドが夜這いをかけてくるのは大抵、有利は確実に寝てて、でもわたしは寝てるか起きているかくらいのもっと宵の口の時間だし、ただ寝顔が見たかったというときなら、ベッドに座っていじけたりせずにすぐに帰る。
大体「君を抱く」なんて、こっちの意向はまるで無視の断定系で言われたことはなかった。
強引に迫るときだって口先だけでも「抱いていい?」なんて言うのに。
「……やだ」
やっぱり人の意向なんて無視で動く手が、勝手に寝間着代わりのショートパンツの中に入ってきて呟いたら、もう片方の手に口を塞がれた。
「ごめん……でも頼むから、今日だけは拒まないで」
コンラッドが顔を上げて至近距離でようやく見えたその表情は、まるで痛みを堪えるようなそんなつらそうな……。
「だったら聞けばいいでしょう!?」
口を塞いだ大きな手を、両手で掴んでどうにかどけると頭の中でぐるぐるしていた考えが勝手に固まったみたいに飛び出した。
「聞けばいいでしょう?いつもみたいに聞いてよ!ごめんなんて謝りながらされたって、わたしもコンラッドも楽しくないじゃない!」
楽しくないどころか、ますます寂しくなるだけじゃない。
こんなに寂しそうな様子を見て、それでも拒むほどあなたの恋人は薄情なのかと、むしろそれを問い詰めたい。
コンラッドは驚いたように目を瞬いて、それから本当に恐いものでも伺うように、不安げな表情で呟くように囁く。
「しても、いい?」
「うん、いいよ。……きて」
掴んでいたコンラッドの手を放してその背中に手を回すと、コンラッドはよくやく今夜最初のキスをくれた。


いつもが乱暴だというわけでは決してないけど、その日のコンラッドはひとつひとつ丁寧に、身体中を撫でてまるでわたしの輪郭を確かめるように抱いた。
反射で嫌という言葉が出ないようにと唇を噛み締めると、今度は声を聞かせてとキスを繰り返す。
どうしたらいいのか困り果てたら、素直なままでと言われた。
羞恥心でつい出てしまうだけで、本音ではないと判ってるはずだけど、今夜のコンラッドはその言葉を聞きたくないみたいだったから我慢したのに。
素直でいいって言うなら、何を言っても知らないから、と涙目で訴えると「それがの本心なら」なんて微笑みながら言う。
「それって先回り」
どうやら少しはいつもの調子が出てきたらしいと軽い悪態をつくと、コンラッドはくすくすと忍び笑いで首を傾げた。
「先回りって、なんの?」
「わたしの本心なんて判ってるって」
「聞きたいな、の本心」
「だから判ってるくせ……に……」
掠るように腿を滑る手に吐息を漏らすと、コンラッドはわたしの手を取って二の腕に強く口付けた。
「判ってる……つもりになっているだけかもしれない」
「珍しく弱気」
「俺はいつだって、のことでは弱気だ」
月明かりだけの薄闇の中で、コンラッドにつけられたばかりの紅い跡がなぜかよく見えた気がした。
「嘘ばっかり」
には本当のことしか言わないよ」
それこそ嘘ばっかりだ。
どうしても聞きたいらしい大きな駄々っ子に、仕方がないとその大きな背中に手を回して誘いかけると、コンラッドは覆い被さるようにして肌を重ねてくる。
すぐ傍にある形の良い耳に、唇を寄せて。
「好きよ。……コンラッドがほしいの」
そう囁くと、コンラッドはわたしの願いを叶えるように熱を分け与えてくれた。


「それで、結局なんだったの?」
疲れてそのままコンラッドの腕枕でまどろみそうになって、何度か強く瞬きをして無理に眠気を飛ばす。
ごろりと寝返りを打ってうつ伏せると、半分コンラッドに乗り上げて胸板に頬を寄せた。
の寝顔を見たかっただけだよ。起きなければそのまま帰ったのに」
「……ふーん」
それは明らかな嘘で、不満に思いながら言いたくないなら問い詰めない方がいいだろうかと大人の許容を見せようとして、完全に失敗していたらしい。
コンラッドはわたしの背中に手を回して撫でながら苦く笑った。
「恐い夢を見たんだ」
「夢?」
「うん、夢。が俺を嫌いになる夢」
信じがたくて思わずコンラッドをまじまじと見つめる。
人の寝込みを襲った理由が、そんな夢だなんて。
わたしの視線をどう受け止めたのかコンラッドが眉を下げて、その次の言葉が予想できて先回りしてキスで口を塞いでしまう。
人の寝込みを襲った理由が、そんな夢だなんて。
そんな、ありえない夢だなんて。
「謝っちゃダメ」
ちゅっと音を立てて唇を離して、もう一度軽く重ねる。
「それってわたしが理由なんでしょ?」
もう一度。
「それとも、謝らなくちゃいけないことした?」
今夜のこの時間は、わたしも良いと言った。そうして、最後の一線はわたしが誘い込んだのだ。それでもいけないことがあるのかと、その瞳を覗き込むと、コンラッドは小さく笑ってわたしの頭に手を回して口付けをする。
「してない、かな?」
そう言いつつ背中を撫でていた手が下へと滑り降り腰を撫でて誘う。
「その答えはコンラッドの胸の中よ」
もう一度キスをする。
「なら、してない」
そのまま抱き寄せられてベッドの上を二人で転がると、目を開けたときにはもうコンラッドが上にいて、いつもの笑顔でキスを降らせてくる。
コンラッドが笑っているとわたしも嬉しくて、二人で恐い夢対策にと笑い合い、夜が明けるまでずっとベッドの中でじゃれ合った。
こういう夜も、たまにはいいかな?








夢に纏わる拍手小話(「はるかに遠い」と「かなしいくらい好きだから」)の元になった話です。
実は最初こっちの、コンラッドが枕元に立っている話が書きたかったのですが、彼を枕元に
立たせるとどうしても流れがこのように隔離な方向に。
諦めて立場を逆転させたのに、結局諦め切れなくてこちら版もお届けです(^^;)
……なのにこの話を根底から覆す小話付き。
小話をご覧になる場合は、一応別の話として捉えてください。次男のために(色んな意味で)


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