もともとその旅行は、「たまには温泉にでも浸かって、日頃の疲れをぱっーと癒したいなあ」という、有利の希望で行くことになっていた。
収穫期とか、祭事があるとか、忙しい時期ではなかったので、有利のお願いを叶えようとコンラッドがヴォルフラムにも内緒で準備を整えて。
ところがいよいよ明日出発という日になって、有利がスタツアして日本に帰ってしまった。
「あらら……じゃあ、旅行は中止だね」
こっそりと着替えとか旅行の準備を整えていたらコンラッドが報せに来て、溜息をついて鞄から荷物を引きずり出そうとしたら、その手を止められる。
「まあいいじゃないか。せっかく段取りはつけてあるし、二人で行こう」
にっこりと笑顔を寄せて囁かれて、わたしは軽く首を傾げた。
「でもね、行くの温泉でしょ?有利が帰ったということは、わたしもいつ向こうに帰されるか判んないし……」
温泉でスタツアなんてことになったら、目立って仕方がないと思う。残されるコンラッドはどうなることか。
「ああ、じゃあ家族風呂を予約すればいいよ」
「家族風呂?」
「ヒスクライフ氏の経営する温泉店みたいにいくつもの効能は楽しめないけど、個人用に小さめの温泉浴室を貸し出ている宿があるから。予約宿を切り替えよう」
「それならスタツアしても安心だけど……」
「だけど?」
「もし帰っちゃったら、コンラッド一人で温泉街に取り残されるけど、いいの?」
それって帰りが空しくない?と思ったけど、コンラッドはわたしの頬にキスをしながら苦笑した。
「確かにそうなったら少し寂しい状況だけど、確実にそうなるとは限らないし、もし途中で取り残されても、それまでは一緒にいられる。と二人きりの旅行だなんて、こんな機会でもないと、陛下が許してくださらないよ」
それは確かに間違いない。
「んー……」
「ね、。せっかくだから行こう?陛下がいらっしゃらないとなると、血盟城にいてもギュンターが喜んでに張り付くだけだよ」
「……そうね、行こうか」
ほぼマンツーマンでギュンターさんの授業を受ける風景を想像したら、心の天秤はあっさり温泉街へと傾いた。



唇から魔法、指先から愛(1)



そう了承したものの、うっかりしてました。
当初は有利も一緒だからということでまったく問題なかったけど、三人一緒の部屋で予約してたんだよね。宿も、移動の船も。
有利がいないとなると、そのどちらも当然コンラッドと同室で二人きりというわけで……。
「……ヴォルフラムも誘えばよかったかな?」
船の部屋に入ってすぐに振り返ってそうコンラッドに零すと、驚いた顔をされた。
「どうして?」
「だって……えーと、有利の分が余っちゃってもったいないし……」
わざとらしかっただろうかと考えながらそれらしい理屈をつけると、コンラッドはくすくすと笑って廊下に続くドアを閉めてしまった。
「でもヴォルフは船旅だとまた酔うしね」
「あ……そうか……」
あの船酔いは見ていて可哀想になる。
有利がいないのにあんなつらそうな思いをしてまで旅行する意味は、ヴォルフラムにはないだろうし誘っても断られていたのがオチかも。
コンラッドは持っていた二人分の鞄を部屋の隅に置いて椅子を引いた。
「そんな入り口にいないで、どうぞ?」
「う、ん……」
恋人同士だし婚約だってしてるんだし、そんなに照れることなんてないと思うのにどうにもギクシャクしてしまう。
血盟城でだって部屋の中で二人きりなんてよくあるのに、今更意識する方がおかしいのかな。
おかしな足取りでコンラッドの傍に行くと、にっこり笑って引いていた椅子にコンラッドが座ってしまった。
目を瞬いて、まあいいやと向かい側の椅子に座ろうと移動しかけると、後ろからお腹に手を回して抱き寄せられる。
はここ」
「え、ちょっ……」
力強く引っ張られて座ったのはコンラッドの膝の上。
「ま、まだ出港もしてないのに」
この時点でこんなにいちゃいちゃしてたら、晩のことが不安になってくるじゃない!
「もう船旅なんて何度もしてるのに、出港風景が見たい?」
コンラッドが笑いながらぎゅっと抱き締めてきて、その手があったと慌てて飛びつく。
「うん!見たい!」
「そんなに俺と二人きりだと不安?」
やっぱりバレバレだった。
図星を突かれて黙り込むと、軽い溜息が耳元で聞こえて抱き締めていた手が離された。
「判ったよ。が嫌がることはしたくないから、この旅ではの意思を尊重する」
「え?」
珍しく、押し問答も何もなくコンラッドがあっさり引いたから、思わず怪訝そうに振り返ってしまった。
コンラッドはホールドアップを要求されたように両手を顔の横の上げて苦笑する。
「あまり最初からやり過ぎると、を怒らせるかもしれないからね」
「……最初からって……じゃあ後になれば?」
「後になればも慣れてくれるだろうから、もうちょっと触りたいな」
もちろんの許可があればだけど、と……そんな言われ方されたらどう返事をしたらいいのか判らない。
「えーとえーと………その……ちょ、ちょっとだけなら……さ、触っても……いい、かな?」
「ホント?無理してない?」
「む、無理っていうか……」
両手の指先を合わせてこねていると、コンラッドはくすくすと笑いながらもう一度腕をお腹の上に回してきて、後ろから耳の裏にキスをした。
「これは?」
「……う、ん……平気……」
小さく頷くと、柔らかい唇が耳の裏から辿るように上がって耳朶を軽く挟む。湿った舌が耳の形をなぞるように動いて、息が漏れた。
「やっ……な、んだか……それ、エッチ……」
「キスしてるだけだよ」
直接鼓膜を震わせるような低く熱い声に、身体が震える。
奥から熱が込み上げてくるみたいで、頭がぼんやりする。
お腹の上で組んでいた手がゆっくりと服の上から身体を辿り、優しく胸を押し上げられる。
……」
「あ……」
もう止めなくちゃと思うのに、嬉しそうなコンラッドの声がわたしにも嬉しくて、もうちょっとすぐ近くで聞きたくなってダメと言えない。
コンラッドの指がわたしのベルトを解いて、服の中に入ってきた。
唇が下へ降りて音を立てて首筋にキスをする。
ここのところ有利と一緒にいることが多くて、そういえばあんまりこんな風には触れ合ってなかったな、とぼんやり思いながら明かりを灯していなくても明るい部屋に、ぎゅっと目を閉じた。
「ね……まだ……日が、高い……」
はいや?」
「……恥ずかしい……」
コンラッドは笑いながら、首筋にキスを繰り返す。
「いやじゃないなら、やめたくないな。は、いや?俺に触られたくない?」
服の下でお腹を擦っていた手がゆっくりと上に上がってきて身体が震える。
大好きなコンラッドの大きな手が、優しく包み込んでくれて……。
「―――いや……じゃな……」
「ねー、お船広いねー!」
バタバタと廊下を走る足音と、子供の声にびっくりしてコンラッドから起き上がった。
後ろで小さな舌打ちの音が聞こえた気がして振り返ると、コンラッドは困ったような微笑みで首を傾げる。気のせいだったかな?
「もうだめ?」
「ダ・メ!」
昼間っからなんてことしてたんだろうと、下着の中にまで入っていたコンラッドの手を押し出して服を整えようとしたら、不意打ちでドアが開いた。
「パパ、ママ!早くー」
「あっ、部屋はそこじゃないよ!」
……廊下を走っていた子供が、部屋を間違えてドアを開けたわけなんだけど。
ドアのノブを握って目を丸めている子供と、慌てて走ってきた父親と、乱れた服を直そうとズボンにシャツを突っ込んでいるところだったわたしと……わたしを膝に乗せている、コンラッドと……。
「す、すみません!」
青いのか赤いのか、不思議な顔色で父親が子供を引きずり出してドアを閉めた途端、わたしはコンラッドの膝から転がり落ちて部屋の隅に逃げ込んだ。
「もう帰るーっ!」
、落ち着いて」
自分の鞄を掴んだわたしの手を、後ろからコンラッドが押さえる。
「鍵を掛けてなかったのは悪かったよ」
「そ、そういう問題じゃないでしょ!?み、み、見ら、見ら、見られた……あ、あんなところ見られた……船旅は二日もあるのにーっ」
廊下であの親子とバッタリなんてなったら、どんな顔をすればいいのよ!
泣きそうになりながら帰ると繰り返すわたしから鞄を引っ手繰ると、コンラッドは船が出港するまであの手この手でわたしをあやした。
……子供じゃないんだから。
でも、まんまとそれに引っ掛かってるわたしもわたしだ。


船から降り損ねたわたしは、二日間をほとんど船室で過ごした。とにかくあの親子、特に子供と顔を合わせたくなかったからだ。
コンラッドもさすがに子供に見られたのには懲りたのか、船の中ではそれ以上何もしてこなくて、健全に過ごせたのは何よりですけれども!
どうしてこう、いつもいつも雰囲気に流されちゃうのか。
反省……。








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