後に渋谷はこう語る。
「もう、絶対絶対絶っっ対に!実験中のアニシナさんには近寄らない。グウェンダルさんには悪いけど、これからはどんな場面に出くわしても、見捨てさせていただきます」
(背後でうなだれるフォンヴォルテール卿)



矛盾の配分(7)



結局、丸二週間は本当に薬の効果が持続してしまって大変だった。
最初は部屋に閉じ篭って、村田くんはもちろんコンラッドにも会わないようにした。
けれど、それはそれでコンラッドが心配しているという有利の説得を受けて、取りあえずは普段どおりに生活してみることになった……んだけど。
勉強講師役のギュンターさんはアニシナさんの研究室から出て来れないし、魔術指導役のヴォルフラムとは薬の効き目のせいで二人きりになれないし。
コンラッドとは触れ合いが全面的にできないこともあって、側にいるとお互いに辛くなるから、剣術修行もできない。
村田くんは最初、眞王廟に篭るという話でまとまりかけていたけど、ギュンターさんの不在で有利の補佐が必要ということになって、逆に執務中はグウェンダルさんと一緒に終始、有利の側にいることになって。
そうなると、有利の側にもいけない。
コンラッドと村田くんが宥めてくれて、冷静になればどうにか薬の症状にも対処できるようになったとはいえ、それでもできるだけ会わないに越したことはないから、例え村田くんが暇でも、一緒に暇つぶしなんて無理だったし。
有利にもコンラッドにも会えず、ヴォルフラムとも遊べない。勉強も一人で自習。
こんなときに限ってグレタもヨザックさんもいない。
つまらないと嘆きながら、どうにかこうにか二週間を過ごした。
そうやってコンラッドとも村田くんとも離れて過ごしていたから、薬が本当に切れたのがいつなのかはよくわからない。


図書室から持ってきていた本を読み終えて、読書に疲れた頭を軽く叩きながら机に突っ伏した。
自分の部屋の窓から見える外は天気がよくて、こんな日はコンラッドと散歩したり遠乗りに出かけたりできたらきっと気持ちがいいのに。
「会いたいなー……」
この二週間、ほとんど顔を合わせていないあの優しい笑顔と茶色の瞳を思い出しながら呟いた。
せっかく眞魔国にいるのに、日本にいるときみたい。
こんなに近くにいるのに……。
溜息を漏らしながら机から起き上がると、次の本に取り掛かろうと伸ばした手を止めた。
薬が切れたかどうか、いつも実験として朝食だけはみんなで一緒にとる。そのときは昨日と同じで、油断しているとつい村田くんを見てしまっていた。
今日もだめだったとがっかりしながら、でも村田くんと同じ部屋にいることができる時間は嬉しくて、思考と感情が正反対でおかしな気分を味わったのに。
この二週間、こんな風に会いたいという気持ちになったときに思い浮かぶのは、決まって村田くんだった。
だけど今、ふと何気なく恋しく思い出したのは、日本にいるときのようにコンラッド。
まさか、やっと……?
でも、慎重にいかなくちゃ。
勘違いだったら。
そう思ったのに、次の瞬間には椅子を倒して廊下に走り出ていた。


廊下を走って走って、たどり着いた有利の執務室の扉を、ノックもせずにいきなり開ける。
中にいたのは有利とグウェンダルさんと村田くんとヴォルフラム……そして、コンラッド。
みんな突然駆け込んできたわたしに驚いて、すぐに反応したのはコンラッドと有利だった。
「ど、どうした!?」
「何かあったのか?」
コンラッドが厳しい顔で、駆け込んできたわたしの背後を窺おうと入り口まで駆けつけてきて……コンラッドが側に来てくれたことが、嬉しかった。
男の人だと、怖いという気持ちが、ない。
「コンラッド!」
嬉しくて、剣に手をかけて廊下に出ようとしたコンラッドに抱きつく。
!?本当に何が……」
反射のように飛びついたわたしを抱き返してくれたコンラッドは、厳しい声でそのまま廊下を窺おうとして、言葉を切った。
「……?」
腰に回された手に力を込められて、わたしもますます強くコンラッドを抱き締める。
広い背中に手が回りきらなくて、それがもどかしいくらい。もっとぎゅっとコンラッドを抱き締めたいのに。
その気持ちをこめて、コンラッドの服を握り締めた。
「ごめんねコンラッド。遅くなってごめんね……」
のせいじゃないよ。ああ、でも君をこの腕に感じることができて本当に嬉しい」
「離れろ、コンラート!」
そう言って、怒ってわたしとコンラッドを引き離したのは有利じゃなくてヴォルフラム。
「ぼくのに触るなと何度言ったら判るんだ!」
「……あれ?……ヴォルフラムはまだ、薬の効果切れてない……?」
ヴォルフラムの後ろに追いやられて困惑していると、横から腕を引っ張られた。
「もう大丈夫そう?」
引っ張ったのは村田くん。
じっとその顔を見ても、もうドキドキしない。
「うん、大丈夫みたい。村田くんにもいろいろ迷惑をかけてごめんね?」
「ウェラー卿の言う通り、のせいじゃないだろ。……よかったけど、ちょっと残念かな」
村田くんは苦笑して、腕を放してくれた。
残念って?と聞き返す前に、今度は更に有利に腕を引っ張られた。
「はあ……一時はどうなることかと思ったよ」
「有利もいろいろありがとう」
お礼を言いながら、気がつけば有利の机の後ろにまで連れて行かれている。
段々コンラッドから遠ざかっているんですけど。
コンラッドのほうへ行こうとしたら、有利にがっちりと腕を掴まれていて、放してくれない。
……あれ?
「あの……有利、その、お仕事中なのは判ってるけど、ちょっとだけコンラッドと……」
「うん、よかったよかった。ところで事件が解決したところで、もう一個解決しておきたいことがあるんだよなあ」
振り返って見た有利は、笑顔だった。
ただし、笑顔を貼り付けている感じ。
「え……め、迷惑かけて怒ってる……?」
一連の騒動でギュンターさんは帰ってこないし、その他色々と有利の生活リズムも狂っているはずだから、それに怒っているのかと思ったのに。
「怒ってない。怒ってないけど、気になっていたことがあるんだよ」
「えーと……な、なに……?」
有利は額に青筋が浮かんでいそうな笑顔を、わたしじゃなくてコンラッドに向ける。
「コンラッド、正直に答えろ」
「はい。……え、俺ですか?」
急に矛先が向いて、コンラッドが驚きながらも頷く。
「今まではみんなも混乱してたし、色々大変だったし、追及しなかったんだけど……薬の問題は解決したから、もういいだろう。……おれはこの騒動中にある証言を得た」
「この騒動でですか?」
「……あんた、の側に居たいか?」
「もちろんです」
有利の質問の意図が判らないまま、だけどコンラッドは有利の語尾に重なるくらいに早く返答した。
それに嬉しいと思う間もなく、わたしの腕を掴む有利の手に力が込められてびっくりする。
「有利?」
「おれは、を大事に大事にしてきたって、あんたにも口を酸っぱくして言ったよな?はまだ子供だから、節度のあるお付き合いしか許可しないって」
「ええ、はい。それはきちんと肝に銘じて……」
コンラッドが困惑しながら肯定しようとした瞬間、有利は笑顔を一変、急に目を吊り上げる。
「じゃあなんで風呂に乱入してんの!?」
「え?あれはだって、が他の男を見る前にと……いえ、それでも軽率でしたが……」
「そんときじゃないよ!あんたそれ以外にもの風呂を覗いたことあるだろ!?」
「なんで有利が知ってるの!?」
!」
その都度コンラッドを怒りはしたけど、有利が知ったらきっと怒り狂うだろうと思って黙っていたのに、どうして有利が知ってるんだろうと思わず悲鳴を上げてしまって、コンラッドに止められる。
……けど、遅かった。
「なんだとぉー!?」
「コンラート……」
ヴォルフラムが怒髪天を突く勢いでコンラッドに詰め寄り、グウェンダルさんは額を押さえて呆れたように溜息をつく。
「ち、違うの有利」
ヴォルフラムに詰め寄られて有利に説明できないコンラッドに代わって、掴まれていないほうの手で有利の服を引っ張った。
「あの、コンラッドのはちょっとした悪戯だったの。まだあったはずの石鹸がなくなってたり、お風呂場の灯りが突然消えちゃったりして、そういうときに入ってきただけでね」
「……なんでが風呂場で困ってるって、コンラッドに判るんだ?」
……だからそれはコンラッドの悪戯だったから……つまり、それらの事態がコンラッドの仕業だったからでして……。
その都度怒りはしたけど……その都度、いろいろ上手く誤魔化されたけど……今は別にもうそのことは怒ってないし、それよりコンラッドの側にいたいのにー。
「……裸までは見られてないよ?」
最後の懇願でそう言うと、有利は青筋の浮いた笑顔でわたしを見下ろした。
とコンラッドが二人きりになるのを許すのは、ヴォルフラムが許したときにする。
おーい、ヴォルフ、今は許すか?」
「許すわけないだろう!この変態とを二人きりになどできるか!」
グウェンダルさんはくだらないといって仕事に戻り、村田くんは横でお腹を抱えて笑い転げている。
「変態!変態だってー!」


ヴォルフラムに解毒薬の効果が出たのは、それから更に二日後のことだった。







ということで、ウェラー卿は二週間近く側にいながら恋人と触れ合うことも顔を合わせる
こともできず、最終的に弟に変態と呼ばれる羽目に……。
今回、巻き込まれてそれでもそれなりに楽しかったのは猊下一人です。
あ、あと新しい症例を見れたアニシナと(^^;)

今回は企画でいただいた話に自作お題タロットシリーズから「恋人」を当ててみました。
恋人のタロットの寓意は恋愛、魅力、自信、信用、克服、誘惑、ロマンス、無頓着。
正位置で情熱、二者選択、もてる、仲が良い
逆位置で嫉妬、別れ、片想い、裏切り、楽しくない、目移り、妨害に遭う
など。
彼女が強固で、薬の力をもってしても完全に目移りしてくれませんでした。
そこが悔やまれます(よかったね、コンラッド……)



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