お兄ちゃんの気に食わないという視線と、お父さんの疑問だらけの視線を受けながらの食事を終えて、お母さんと後片付けをした。 それを待っている間、有利は村田くんと二人で試験勉強代わりに教科書を見ながら問題を出し合って、お兄ちゃんはむっつりと黙ったまま腕を組んでテレビを見ていた。 お父さんはコンラッドと話し込んで眞魔国での有利の様子を聞いたり、村田くんがあちらの世界の魂の持ち主だと聞いて驚いたりしている。 だけど、わたしとコンラッドがどういう関係なのかだけは、聞いていなかった。 幸せですか?(7) 片付けが終わってしまい、お母さんがお茶の用意をしているのを手伝いながら、ドキドキする胸を押さえた。 「いいわよ、ちゃんはもうコンラートさんのところに行っておきなさい」 「お、お母さん……」 「やあねえ、悪いことじゃないんだから堂々としていればいいのよ」 「うん」 そうだ、自信がない顔をしていると認めてもらえるものも認めてもらえない。 お母さんとわたし以外の全員が移動していた、ローテーブルにわたしが行くと、コンラッドの隣に座っていた有利がお兄ちゃんの隣に移動した。 「僕はそろそろ遠慮した方がいいかな」 村田くんが立ち上がると、有利は肩を竦めて自分の隣を叩いた。 「どうせ後でおれから根掘り葉掘り聞く気だろ。ここまで粘ってたんだからもう居ろよ」 「そう?でも、家族の話だろ。他人はいない方が」 「いいじゃないの。健ちゃんは眞魔国の偉い人なんでしょう?もう他人じゃないわよ」 お母さんは既に村田くんの分のお茶も用意していて、テーブルに六つの湯飲みを置いた。 わたしはさっきまで有利が座っていたコンラッドの隣に腰を降ろし、お母さんはお父さんの隣でわたしと向かい合わせに座った。コンラッドの向こうからお兄ちゃんの厳しい視線を感じて緊張が強くなる。 膝の上で握り締めていた拳をコンラッドが上から握ってくれた。 拳を解いて掌を上に向け、わたしもコンラッドの手を握り返すと、その掌に汗が滲んでいて驚いた。 そうだよね、わたしよりコンラッドの方が緊張するよね。 わたしの視線に気付いたコンラッドが少し緊張した笑顔を見せてから、改めてお父さんに向き直った。 「突然押しかけてそんな大事なことを急に申し出るのかとさぞかし怒られるだろうとことは、わかっているつもりです。ですが、俺には時間がない。……お願いします」 コンラッドが一度言葉を切って、握り合った手にぎゅっと力を込めた。わたしも強く握り返して、まっすぐにお父さんを見る。 「どうか、との結婚を認めてください」 「ならーんっ!」 お父さんが口を開いたタイミングでお兄ちゃんが絶叫して、お父さんがそう言ったのかと思った。 お兄ちゃんはソファーから立ち上がった拍子にテーブルに脛をかなり強くぶつけてしまい、そのままうずくまる。 有利はいきなり隣で怒鳴られて耳を押さえているし、村田くんはうずくまるお兄ちゃんの背中を見ながら袖で口を押さえて思わず吹き出しそうになったのを堪えていた。 お母さんは遠慮なく吹き出してるけどね……。 コンラッドが唖然としていて、お父さんは呆れたようにお兄ちゃんを見たあと、咳払いして自分に注目を集めた。 「そうだな……どちらかと言えば正直、俺も勝利に賛成かな」 「お父さん……」 わたしが身を乗り出しかけると、手を上げてそれを制されてしまった。 痛みで涙を滲ませながら、お兄ちゃんが喜び表情を見せる。 「コンラッドがあの頃のような様子じゃないのは、一目見てわかったよ。いい顔になっている。有利がコンラッドを信頼しているのも……」 お父さんがちらりと握り合ったわたしたちの手を見た。 「がコンラッドのことを好きなのもよくわかった。が家族以外の誰かを好きになったのは嬉しいよ。だけどその相手が異世界の人だというのは歓迎できない」 「そうだろうと、思います」 コンラッドが噛み締めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。 「それがにも、あなた方にも負担になるだろうことは、俺もわかっています。それでも俺には諦められないし、本当にのことを愛している」 「それで、俺や嫁さんが認めなければどうするつもりだ?許してもらえるまで通うということは、コンラッドにはできないだろう?」 「結婚は、あくまで形式です」 えっ、と有利が驚いたように声を上げた。わたしも驚いた。わざわざツェリ様や地球の魔王に協力してもらって結婚の許可を貰いに来たのに? 「結婚は形式です。だが俺は、その形式も整えておきたいんです。ですが許されないのなら、認めてもらえるまで待ちます。反対されても、を想う俺の心までは消すことはできないのだから」 「わ、わたしも!」 コンラッドの手を握り締め、拳を胸に当てて身を乗り出す。 「わたしも、ちゃんと認めて欲しい。だからお父さんたちがあくまで反対するなら、結婚するのは待つよ。でも、コンラッドを好きな気持ちは抑えられない。コンラッドがとても大切なの……。一緒に、生きていきたいの」 「ママは応援してるわよ」 お母さんがにっこり笑ってくれて、コンラッドから少しだけほっとした雰囲気を感じる。 「でもそれはママの意見。ウマちゃんとしょーちゃんとゆーちゃんの意見は、あなたたちで聞いて、反対されたなら変えてみせなさい。そうね、それがママからの条件かしら」 「おれも賛成」 有利が右手を上げて宣言すると、お父さんが驚いたように目を瞬いた。 「有利は賛成なのか?」 「だってコンラッドのことは信頼してるからね。それに、一番大事なのはの気持ちだと思う。は本当にコンラッドのことが好きだよ。おれはに笑ってて欲しい。だから賛成。コンラッドはきっとを幸せにしようと努力してくれるはずだ」 「陛下、ひとつだけ訂正を」 「え、何!?」 「俺は幸せになるための努力を、と一緒にしていきたいと思っています」 「あ、あんたね……」 有利は肩を落としてそう呟いたけど、お母さんは素敵と喜んで手を打った。 「お父さん……」 「……俺もなあ……頭ではわかってるんだが感情がな……だが、今のコンラッドのことを知っている有利がそう言うのなら……」 「父さん!」 お兄ちゃんが大声で遮ると、お母さんは一人傍観していた村田くんに目を向けた。 「健ちゃん。健ちゃんは眞魔国にも行ってるのよね?健ちゃんから見たコンラートさんはどうかしら?」 「僕ですか?」 村田くんは驚いたように自分を指差した。 「でも僕は」 「第三者の目から見た意見もいいと思うのよ」 緊張の一瞬。だって村田くんは、あんまりコンラッドと仲良くないんだよね……どちらかというと、いつもからかっている雰囲気がある。 村田くんはわたしもコンラッドも見ずに、お母さんとお父さんと、そして最後にお兄ちゃんを見た。 「非常に……そう非常に優秀な人物です。渋谷の…有利くんの護衛としては最も信頼できると思います。ですがさんの結婚相手としての見解は敢えて口にはしません。これは当人達とご家族の問題ですから」 村田くんからこんなストレートな誉め言葉出てくるとは思わなかった。 ふざけていいときと悪いときの区別はちゃんとついてる人だっけ。 「ですって、ウマちゃん、しょーちゃん」 お母さんが二人に問い掛けると、お兄ちゃんはむっつりと黙り込んでようやくソファーに上がって、お父さんは考えるように顎を撫でた。 「有利」 「え、またおれ?」 「有利が昨日言っていたのは、コンラッドのことなんだな?」 「昨日?」 有利は何のことだと考えて、そしてたぶんわたしとほぼ同時に思い出した。 『じゃあさ、顔も性格も良くて、護身術なんかにも長けてて、金も持ってて、でもにベタ惚れで浮気の心配なんて全然ない男を、が婚約者だって連れてきたとしても、勝利は反対すんの?』 家族の誰もコンラッドとわたしが付き合ってることなんて知らないからと、冗談めかして言ったあの言葉だ。 「ああ!そうだよ。あれはコンラッドのこと」 「じゃあこれ以上、俺が反対しても仕方ないか……」 「父さん!」 「お父さん!」 お兄ちゃんとわたしが同時に正反対の声を上げる。 お兄ちゃんは慌てたように、わたしは大喜びで。 「本気か父さん!こんな……」 「だってなあ……そりゃ親としては平凡でもいいから安定した幸せを目指して欲しいさ。だけど有利も言ってたように、の幸せは結局、が決めることだろう?」 「苦労するとわかっている道を行こうというのなら、止めてやるのが家族じゃないか!」 「それは違う、勝利。止めるのは間違った道の場合だけだ。険しい道なら、手助けしたり見守ってやるのが正しいことだと俺は思うね」 「なんてことだ……」 お兄ちゃんは片手で目を覆うようにして、ソファーにもたれかかる。 わたしたち全員の視線を受けて、深い溜息をつきながら、ゆっくりとその手を降ろした。 「俺は、あくまで反対だ」 「いい加減にしろよ勝利、あのなあ……」 やっぱりお兄ちゃんに快く認めてもらおうという考え事態が甘かったんだろうか。今まで散々わたしのことでは心配をかけてきて、ここにきて異世界の人と結婚したいだなんて、心配するなという方が無理な注文なのかもしれない。だけど……。 「お兄さん、俺は」 「貴様にお兄さんなどと呼ばれる筋合いはない!」 お兄ちゃんを説得しようとコンラッドが口を開くと、そんな言葉で遮ってしまう。 おまけにそのままソファーから立ち上がってしまった。 「いいか!俺は全面的に賛成したわけじゃないからな!貴様が居る場所が異世界だろうがなんだろうが、を泣かせたら、連れ戻しに行くからそう思え!」 だけど最後に言ったのはそんな言葉で。 わたしは驚いてお兄ちゃんを見て、コンラッドを見て、それからまたお兄ちゃんを見た。 コンラッドが繋いでいた手を強く握って、お兄ちゃんに向かってはっきりと頷く。 「肝に銘じます」 「当然だ」 ふんと鼻を鳴らしてリビングから出て行こうとしたお兄ちゃんに、わたしは感極まって後ろからタックルするように腰に抱きついた。 「お兄ちゃんありがとう!ありがとうっ、ありがとう!ありがとう……」 「ちゃん……」 大きな手が頭を撫でて。 「抱きつくなら、正面から来てくれ」 ………は? 嬉しくて零れそうになっていた涙が止まった。 丁寧に抱きついていた手を離されて、振り返ったお兄ちゃんが両手を広げて少し腰を落す。 「さあ、ちゃん!ばっちこーいっ!」 そんな構えられたら、抱きつきたくとも抱きつけない。 「あらま、コンラートさん泊まれないの?」 ようやくお兄ちゃんからも許してもらって、家族全員に結婚の了承を得た後、お父さんと話しこんでいたコンラッドは、そろそろ帰らなくては玄関に向かった。 「健ちゃんも泊まるんだから、遠慮しなくてもいいのよ?」 お兄ちゃんの最後に最後の言動に、お腹を抱えて笑い転げた村田くんはもう夜も遅いからということで、うちに泊まることが決定している。 「いいえ、お言葉に甘えたいのが本音なんですが、元が無理を通してこちらにいるので、帰りをあまり引き伸ばすわけにはいきません」 「まあ、そうなの。無理をしてでも挨拶にきてくれたのね」 「の大切なご家族ですから」 「当然だ」 お母さんから見送りなさいと引き摺ってこられたお兄ちゃんは、まともにコンラッドを見ようとしないままふんと鼻を鳴らした。 コートを着て手袋をつけて、靴を履いて、最初にこの先の角で見つけたときと同じ格好でコンラッドは玄関に立って深く頭を下げた。 「今日は本当にありがとうございました。のことは必ず大事にするとお約束します」 「頼むよ。うちの大事な娘だからね」 「また来れるようだったら、顔を見せてちょうだい。無理はしなくていいけれど」 「さっさと帰れ」 お兄ちゃんが邪険に手を払うように振って、有利がその脛を蹴った。 「大人気ないぞ勝利。じゃな、コンラッド。また眞魔国で」 「気をつけて戻りなよ」 村田くんもひらひらと手を振って、最後にわたしが玄関に降りた。 「どこまで行くの?送っていく」 「だめだよ。帰りは一人になってしまうから。夜道の一人歩きは危険だよ」 「でも」 少しでもコンラッドの側にいたいのに。次にいつ会えるのか、自分の意思では決められないし判らないから、側にいられるときは大事にしたい。 コンラッドはわたしの肩を掴んで、額に口付けをした。 「またあちらでね。待ってるから」 お兄ちゃんの絶叫が聞こえる中、コンラッドはもう一度、家族みんなに礼をして行ってしまった。 次に会えるのはいつだろう。 できるだけ、早く逢いたい。 家族の許しを得て、コンラッドは眞魔国に帰って。 とりあえずは終わったと思ったのに、翌日最後のサプライズが待っていた。 単語帳を開いてぶつぶつと暗記している有利と一緒に校門をくぐったら、仲が良いクラスメイトの三人が駆け寄ってきたのだ。 「、ー!ちょっと、ちょっと!」 駆け寄ってきた三人は勢い余ってわたしにぶつかってきて、隣にいた有利を巻き込んで五人で地面に転がってしまった。 「いったぁ!」 「ご、ごめん!でも聞きたいことがあるのよ!」 「いいからどけよ!重いんだよっ」 「なんですってぇ!?渋谷、女の子に重いは禁句!」 「四人も上にいたら重いに決まってるだろ!」 「有利、大丈夫!?怪我は!」 慌てて下敷きになっていた有利を抱き起こすと、どこか怪我してないかを素早く見回して、ついた砂を叩いて払う。 「あ、有利大変、掌を擦りむいてる。保健室に行って消毒してもらう」 「いいよ、これくらい。水で洗えば充分だって」 「そんなこと言って!水で洗った後に消毒するのが基本でしょ」 「……やっぱりいつもののまんまじゃん」 「……だよねー。このブラコンが」 「じゃあガセネタかあ」 「何が」 一体何なのよ。有利に怪我させちゃったし!と文句を言おうとしたら、ひそひそと相談していた三人がこちらを向いた。 「ズバリ聞くけどさ、あんた恋人いんの?」 有利とわたしが同時に鞄を落とした。 「な……なんの話!?」 「噂が流れてんのよ。茶髪の背の高いカッコいい外国人に、は校内にいるかって呼び止められた子が何人もいるんだって。うちのクラスの子も聞かれて、関係を聞いたら恋人だって返ってきたって……」 「コンラッド、学校に来てたんだ!?」 「有利っ!」 慌てて口を塞いだけどもう遅い。知らぬ存ぜぬなんだろう?誰だろう?で通せばよかったものを! 「えっー!やっぱり恋人いるの?しかも渋谷公認!?このシスコンの?」 「どこで知り合ったの?モデルみたいにカッコよかったって証言があるのよ!」 「違うよ、プロのスポーツ選手みたいだっていう話じゃん!あーん、あたしもの恋人を見たかったー!写メ見せてよ、写メ!」 こうなるから嫌だったのに。 写真は持ってません、携帯番号も知らず、住所も知らないから連絡も取れません。いつ逢えるかも自分ではわかりませんって。 そんなのわたしが聞いても「騙されるよ、あんた!」と思うじゃない! 「とりあえず、有利を保健室に連れて行くから!」 この場は逃げ出して、教室に行くまでに言い訳を考えなくては。 有利の手を引いてダッシュで逃げ出すと、後ろから逃げるなーと声が聞こえたけど無視。 「ご、ごめん」 「……いいよもう。嘘つけないのは有利のいいところだし」 「でも、でっかい溜息をついたじゃないか」 それは溜息も漏れます……というか。 「違うのよ……さっき言われて今頃気付いた自分が悔しいの」 下駄箱で靴を履き替えて、教室じゃなくて保健室に有利を引っ張りながら、もう一度溜息をついた。 「今頃って……」 「どうして昨日コンラッドの写真撮っておかなかったのかって……っ」 だってあっちに行くときは水に濡れるから、携帯もカメラも駄目になるんだもん。 「部屋に飾る写真を撮る絶好のチャンスだったのにー!」 ああそう、と有利は気の抜けたような声でがくりと首を前に倒した。 |
この話は他の話とはまるきり関連しません。だって結婚の許可までもらってしまいましたし、 なにより原作沿いの本編と激しく食い違う内容がありますので(^^;) コンラッドがくるならそれなりの理由を!と考え抜いた結果、プロポーズと家族への報告 しか思いつかなかったばっかりに、なんだが話がややこしく長い話になりました……。 長々とお付き合い、ありがとうございましたv |