その日、夕食の後に新聞を読んでいた勝利がいきなり唸り出した。 親父はテレビでも見ようかとチャンネルを回していて、はお袋と一緒に夕食の後片付けをしている。 暇だったのはおれだけで、部屋にでも帰ろうかと立ち上がったところで新聞を畳んだ勝利がおれとを呼んだ。 「ちゃん、ゆーちゃん。ちょっとここにきなさい」 幸せですか?(1) 「なんだよ、もう。どうせ大した話じゃないんだろ」 「そんなことはないぞ。これを見なさい」 勝利が折り畳んだ新聞の記事を指差して差し出してきた。 食後のお茶を淹れて、親父に湯呑みを渡したもおれの後ろの回り込んで一緒に記事を読む。 若者の性モラル低下の特集だった。 「……………………」 隣でが固まっている。 まさか勝利がコンラッドのことに気付いているなんてこと……あるわけねーか。単にいつものあれだろ。 「ちゃんやゆーちゃんに限って、そんな心配はいらないとは思うが、友達の影響というものもあるしな」 食器洗いを終えて、おれがテーブルに放り出した新聞を読んだお袋は、おれよりもはっきりと軽く笑って済ませる。 「しょーちゃんも心配性ね。うちのゆーちゃんとちゃんに限って、大丈夫に決まってるじゃないの」 「ちゃんの心配はしていない。ゆーちゃんが問題なんだ。そろそろそういうことに興味が出てくる年頃だしな。あの眼鏡とナンパに出かけたり……」 「ゆーちゃんもお年頃ねえ」 「待て!言いがかりだぞ勝利!おれは村田とナンパに出たことなんてねえよ!」 「ナンパか。有利もそういう年頃なんだな」 「なんで親父まで、いきなりそんなとこだけ拾うわけ!?おれはやってないって!テレビでも見とけよ!」 「でもなあ有利、人間見た目じゃわかんないぞ。ナンパじゃなかったけど、俺も安産型で可愛い女の子に声をかけただけなんだ……人間見た目じゃないんだぞ」 「ちょっとウマちゃん?それって誰のことで、どういう意味かしら?」 繰り返した親父の目がちらりとお袋に向いて、それをいち早く察知したお袋は親父の胸倉を掴む。夫婦のことは夫婦で解決してもらおうと、おれたちは同時に視線を逸らした。 くそ、親父もお袋も勝利も、みんな知らないからそんなこと言えるんだ。 我関せずとひとりで優雅に茶をすすってるの方こそ、おれよりずーっとヤバイんだぞ! なんたって、あの眞魔国の夜の帝王(おれ命名)のコンラッドが恋人なんだからな! などと、言えるはずもない。 おれ以外の家族の中では、は未だに男嫌いのままだ。こんな話の心配なんてする必要もないと思っている。 とはいえだって高校生のうちは自重するだろう。コンラッドだっておれの信頼を裏切るはずがない。 「ゆーちゃんとは違ってちゃんの場合はあれだな、ナンパされる方が心配だ」 「ナンパされたからって、がついてくわけねーじゃん」 「ナンパだけならな。痴漢やストーカーなんかになると、ちゃんが気をつけても避けようがない」 話がズレてきてるぞ、勝利。 だけどわけのわからんナンパ疑惑よりはそっちの方がいいやとそのまま流しておく。 第一、は大人しく痴漢被害に遭うようなやつじゃない。過去には腕を捻り上げて駅に蹴り出したことだってあったはずだ。もちろんそんなことをするやつは、怪我をしようと筋を痛めようと自業自得なんだけど。 「どんなところにでも、ちゃんのSOSが聞こえたらお兄ちゃんが助けに行ってあげるからね」 いつの間にか既にテレビを見ていて、こっちの話を聞いていなかったが振り返った。 「え、なにお兄ちゃん」 勝利、ちょっと撃沈。 「が困ってたら、どんなところにでも助けにいってやるってさ」 「どんな場所でも?」 おれが説明してやると、は目を瞬いた。 確かに、それが地球上なら勝利は根性での元にたどり着きそうだ。 地球ならね。 「おれだったら、それこそ本当にどんな場所でもを守ってみせるよ。な?」 「うん!」 が嬉しそうに笑って頷いたのを見て、勝利はハンカチでも噛みそうな顔で、から渡されていた湯飲みを握り締める。 「お父さんだってのためなら例え火の中水の中だぞ」 「ママもよ!浜のジェニファーの前には何人たりとも立ちはだかれないわ!」 どうにか浜のジェニファーを宥めた親父が話に参加すると、お袋も負けじと手を上げた。 お袋が一番頼もしく思えるのは気のせいじゃないよな……。 だけどは三人にお礼を言いながらも、おれに抱きついてぴったりと身体を寄せる。 「でも大丈夫だよ、お母さん。わたしにはゆーちゃんがいるもん」 「そうだよなー」 嬉しくなって肩を抱き寄せたのに、が小さく呟いた声が聞こえて非常に複雑な気分になる。 「それに、コンラッドもいるもん」 くそう、名付け親が頼りになるやつだっていうことはおれ自身が嫌というほどわかっているけど、せっかく今までおれだけのだったのに。 「けどゆーちゃんはちっちゃいしオツムも弱いぞ。その点お兄ちゃんは立派な体格と優秀な頭脳で、文武に渡ってちゃんを助けてあげられる」 「ちっちゃいって言うな!これでも平均身長はあるんだぞ!?」 頭脳の方は一言もないので黙っていよう。 ……しかし、段々どころか全然違う話になっているような……。 「そんなことないよ。有利はとっても頼りになるんだから」 「ほらみろ勝利!はおれを一番に頼ってくれてんだよ」 眞魔国ならともかく、日本では確実にそうだ。じゃあ眞魔国もひっくるめて誰が一番頼りになるかという質問をするつもりはない。だってコンラッドって答えが返ってきたらショックだ。 「ふ、ふん!おごれる有利は久しからずだ。ゆーちゃんだってちゃんに彼氏でもできたらお払い箱だ」 的確に人の心を抉る攻撃をしやがって。嫌なやつだな!勝利はコンラッドのことを知らないからそんなこと言えるんだ。もうそれは今そこにある危機なんだぞ!? とおれが顔をしかめたら、攻撃したはずの勝利の方が頭を抱えた。 「でもだめだーっ!ちゃんに彼氏なんて、絶対お兄ちゃん認めないからなー!」 へのへのもへじの想像でそこまで悶えるのなら、コンラッドに会ったらショック死するんじゃねえの? なにしろ顔は良くて、笑顔は爽やかで、背も高いし、包容力があって、眞魔国では地位も高い。だから金も持ってる。こうやって改めて考えると、コンラッドは条件が完璧だ。時々にエロいことだけどうにかしてくれたら、おれだって文句は……あるような、ないような。 ふと、悪戯心が湧きあがる。 「じゃあさ、顔も性格も良くて、護身術なんかにも長けてて、金も持ってて、でもにベタ惚れで浮気の心配なんて全然ない男を、が婚約者だって連れてきても、勝利は反対すんの?」 「有利!?」 が驚いたようにおれから起き上がった。そりゃ、家族にコンラッドのことを話すなんて思ってなかったから驚きだろうけど、考えてもみろよ。逆に日本では男の影なんてちらりともないんだから、みんな冗談にしか取らないって。 案の定、勝利が顔をしかめたのは一瞬で、すぐに余裕の表情を取り戻す。 「世の中にそんな完璧な男がいるはずないだろう。その条件にほぼ当てはまるとはいえ、俺だってまだ学生の身分では経済力には乏しいしな!」 「どこからその自信はやってくるんだ……」 相変わらず根拠のない自信だなー。 勝利がコンラッドと張り合えるのって、への愛情くらいじゃないの? 「あらー、でもママのちゃんならそれくらいの男の人ゲットできるかもしれないわよ?」 「ゲットできても、ちゃんがするはずない!」 できるかもじゃなくて、もうしている。 してるんだよお袋、勝利。 何にも知らない勝利を心の中で嘲笑う。……空しいぞ、おれ。 「でもそんな人がいれば、ママもゲットしたいわー」 「ちょっと待て嫁さん!?そりゃ聞き捨てならないぞ!?」 「いやあね、ウマちゃん、例えばじゃない。そんな人がいればよ」 ちょっと待てお袋。そこは冗談よ、冗談、なんて言うところじゃないの? 「そうね……」 お袋は考えるように指を口に当てて天井を見上げて、思いついたように手を叩いた。 「ゆーちゃんの名付け親の人なんて、とっても格好よかったわ!」 おれとは同時に湯飲みをひっくり返した。 |
お題元:自主的課題