「ー!おれのがーっ!!」 ベッドの上で起き上がったわたしを見て、有利は頭を抱えて悲鳴を上げた。 「え、ちょっと待って有利……」 すごい誤解をされては大変だと背中の紐をすべて解かれたせいで落ちかけていた服を引き上げながら片手をストップと上げる。 「そう嘆かなくても未遂です。本当に無理やりしていたら、今頃俺はに捨てられています」 そう言いながら立ち上がったコンラッドは、太腿までまくれ上がっていたスカートを下ろしてくれた。 ……ちょっと待って。スカートまでその状態だったの? 今、有利たちからわたしはどういう姿に見えたんでしょうか……。 orange blossom(5) 怒り狂う有利とヴォルフラムを宥めるのは大変だった。 なにしろふたりが踏み込んできたときの体勢といいわたしの格好といい、とてもじゃないけど「なんでもなかった」とは言えない状況だったからだ。 もっとも、「なんでもなかった」だとちょっと語弊がある気もする。 有利が駆け寄ってくると、コンラッドは両手を上げて無抵抗を示しながら一歩下がった。 「、大丈夫か?変なことされなかったか!?」 「だ、大丈夫だよ。変なことは……うん、されなかった?」 「なんで疑問系!?っていうか、泣いてるじゃん!」 有利は慌てたようにわたしの目尻を指で擦って、それからなぜか硬直した。 「そ、それ……」 有利の目は、わたしの首の辺りをじっと凝視していて。 有利の後ろに来ていたヴォルフラムが激昂してコンラッドを振り返った。 「貴様!に何をした!」 「何って……愛の再確認かな?」 「あ、愛……って………」 コンラッドに言ったことを思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしくなる。だ、だってただ好きと言っただけじゃなくて、あ、あの状況でキスしてって……。 わたしが赤くなって俯いてしまったことが有利の目にどう映ったのか、突然わたしを強く抱き締めると、それから立ち上がってコンラッドを振り返った。 「がいいならって思ってたけど……今度という今度は我慢ならねえ!金輪際に近付くな!」 「え、ちょ、ちょっと待って有利!」 魔王の有利にそんなことを命令されたら本当に別れさせられてしまう。 「あの、ちょっと喧嘩みたいになったけど、もう大丈夫だよ。仲直りしたの。だからそんなひどいこと言わないで!」 慌てて有利の服を引っ張って取りすがると、有利は眉を下げてわたしを振り返った。 「だって……泣いてるじゃん。かっとなったコンラッドの気持ちだってわかるけど、でもこれはやりすぎだろ!」 「でも仲直りしたもん!わたしコンラッドが好きなの!……好きなの……だからひどいこと言わないで……」 有利のことは大切で、だからこそ大好きなコンラッドのことを否定してほしくない。 必死に訴えると、有利は溜息をついてわたしの目尻を指で擦った。 「……わかったよ。それでもがいいって言うんなら……だから泣くなよ」 「ホント?もうコンラッドにひどいこと言わない?」 「別れろなんて言わないよ」 「違うよ。有利も……それからヴォルフラムもコンラッドを否定しないで」 三日前にいくら生理痛で苦しんでいたからって、わたしはコンラッドにひどいことを言ってしまった。大切な人に否定されるのはつらい。そんな思いをわたしがさせたのに、それが原因でコンラッドが有利に嫌われるなんていやだ。 「………だってさ、ヴォルフ」 「……ふん!こんなに心優しいによく噛み付いたりできるな!」 「どうしてヴォルフラムが知ってるの?」 だってふたりが寝室に踏み込んできたのはもう仲直りした後だったのに。 有利は呆れたようにわたしのワンピースを引き上げてくれた。 「お前ね、歯形とキスマークがくっきりついてるよ」 コンラッドが後ろで申し訳無さそうな顔をする。 わたしは悲鳴を上げてベッドの中に潜り込んだ。 ドアを破壊するほどの大騒ぎに駆けつけた衛兵の人たちは有利とコンラッドが対応して、その間にわたしはこそこそとコンラッドにつけられた歯形と……キスマークを隠すために襟の詰まった服に着替えた。 ドアが壊れたままのリビングに移動すると、有利とヴォルフラムはそれぞれソファーに座り、コンラッドは飾り棚のところで何かを見ているようだった。 風通しのよくなってしまったこのドアはどうしよう……。 大騒動のためかドアがあった辺りの床に落ちていたオレンジの花をひとつ拾い上げて指先で花弁を撫でた。 オレンジの花を手にしたわたしは有利の元には行かず、コンラッドの隣に寄り添うように立った。 コンラッドは驚いたように見下ろしたけど、すぐに優しく微笑んで肩を抱き寄せてくれる。 噛み付かれたことやキスマークに怒ったりはしていないという意思表示のつもりだったけど、どうやら有利とヴォルフラムを思い切り呆れさせてしまった。 「でさ、コンラッドをキレさせたあの変な空間はなんだったわけ?お前ら一体いつの間にあんなラブラブになったの?」 有利が深く溜息をついてわたしの方を見る。キレたのは有利もだったと思うけど。 それにコンラッドのあれは、三日前のわたしの暴言があってこその行動だったわけで。 「知らないよ。だってヴォルフラムがじっと人の食べてるところを見てるんだもん。だから落ち着かなくて、一緒に食べようって薦めてみただけで」 全員の視線がヴォルフラムに向く。ちらりと横を見るとコンラッドは手の中の小瓶を弄びながらちょっと厳しい目を向けていた。あれはツェリ様からもらった香水だ。 「が物を食べている姿は可愛いんだ」 肩を竦めたヴォルフラムの答えはこれだった。 なにそれ? わたしは呆れ、わたしの肩を抱いていたコンラッドはぴくりと反応し、さっきまで剣呑な雰囲気だった有利は腕を組んで大いに頷いた。 「おいしそうに食べている姿は、まるで必死に餌を食べている子猫のようで」 「あー、それわかる。は作るのも食べるのも好きだもんな」 わたしにはわかりません。子猫って、わたしがめえーと鳴きながら食べ散らかしていたとでも!? 「いつもなら微笑ましく見守るだけなんだが、なぜか今日に限ってこう、我慢できずにぼくの手で食べさせたくなったんだ。わかるだろう、ユーリ」 「わかるよ。動物園とかで餌をあげられるコーナーって楽しいよな」 だからわたしにはわかんない! コンラッドが深い溜息をついて、身体を折り曲げるようにしてわたしの首元に顔を近づけた。 「な、なに?」 「コンラッド!」 「まだ懲りないのか貴様!」 周りは動揺しているというのに、コンラッドは平然として持っていた小瓶を差し出す。 「原因はこれだろう」 「あ、それ……」 コンラッドは親指で蓋を弾いて匂いを嗅いで溜息をつく。 「これ、陛下は見覚えありませんか?」 「え、どれ?香水なんておれ縁ないよ」 「ではこの匂いは?」 コンラッドが小瓶を渡すと、有利はしばらく考えて、それから大声で小瓶を指差した。 「ツェリ様のシャンプー!」 「そう、母上の美香蘭です」 「美香蘭だと!?」 「シャンプー?香水だよ?」 「以前陛下が知らずに使ったのは洗髪剤に混ぜられていたからね。恐らくこれは原液だろう。これは母上にもらったものだね?」 「うん。お見舞いに来てくださったときに、ちょっと相談事をしたら、きっとわたしの役に立つからって」 「役に立つって………」 コンラッドが絶句した。 心なしか有利とヴォルフラムの顔色も悪い。 「え、なに?」 「………一体なんの相談をしたんだ?」 ヴォルフラムが咳払いしながら呟いて、わたしとしては生理痛などと言えずに言葉に詰まる。顔が熱くて赤くなったことがわかって二倍恥ずかしい。 なぜか有利がいきなり嘆きだして、コンラッドの手は肩から腰に移動する。 「あの……コンラッド……手が、その」 腰というか、ちょっとお尻まで撫でてません!? 「そんなこと……なにも母上に相談しなくても、俺に直接言ってくれれば」 「い、言えるわけないじゃないっ!」 どうしてコンラッドに直接! ……直接? どうしてコンラッドに生理痛の相談なんてしなくてはいけないのと怪訝な顔をしたら、コンラッドは嬉しそうに微笑みながらわたしの頬を撫でた。 「効能は知らなかったみたいだね。俺はてっきりヴォルフが来たのに使ったのかと……ああいや、なんでもない。今夜ヴォルフがを訪ねたのはも母上も計算外だっただろうね。、美香蘭はつけた者に好意を持つ者が、より大胆に情熱的に行動するようになるという……いわゆる媚薬だよ」 すごーく嬉しそうに説明されて、何度か頭の中でリピートした。 つけた者イコール、わたし。 好意を持つ者イコール、小動物的可愛がり方をしたかったヴォルフラムと、恋人のコンラッド。 大胆に情熱的にイコール、わたしが食べている姿を楽しみたかった人と……。 媚薬。 待つという約束を、誤解も相まって蹴倒したコンラッド。 媚薬が、わたしの相談に役立つと思われたって……え、わたしツェリ様に何の相談をしたと思われ………。 「ち、違う!ものすごい誤解です!」 「そんなに照れなくても」 「だから誤解なのっ」 必死に誤解だと言い募るけど、じゃあ何の相談をしたんだと言われると言葉に困る。 そんなわたしを見て、コンラッドは一応信じるよと頷いた。一応って!? 「でも、これが騒動の発端だし、また同じようなことになったら大変だしね。これは俺が預かっておくよ。さ、には新しい部屋を用意させたから、今夜はもう休んだ方がいいよ。ね?」 コンラッドが本当に信じてくれたのか微妙だけど、とにもかくにも頷いてその香水を使う気はないのだというアピールにコンラッドに渡して、この話を打ち切ってしまうことにした。 翌日、ツェリ様にあの香水はどういうつもりだったのかと詰め寄ると、とっっても美しい笑顔でこうおっしゃった。 「だって子供を産めば体質が変わっての苦しみが終わるんでしょう?もコンラートも子供ができるのは嬉しいでしょうし、あたくしも孫の顔が見れて嬉しいわ。あなたたちふたりの間の子供なら、きっと可愛らしい子だと思うのよ。ねえ、昨日はどうだったのかしら?コンラートはいつもより情熱的だった?」 いつもも何も……。 ツェリ様の楽しげなお声を聞きながら、脱力してうな垂れた。 わたしは当分襟の詰まった服を着ることになって、おまけに有利から疑惑の眼差しを受けることになりました。 報告できることといったら、これだけなんですけど。 「ツェリ様……わたしまだ、オレンジの花の示すままでいたいです……」 花嫁のブーケにしたり髪に飾る花。その花言葉は……純潔。 昨日なんとなく拾って、騒動に疲れた心を慰めようと水を注いだコップに浮かべていたオレンジの花を思い出す。まだ部屋にあるはずだから、あれを押し花とかにして持っていよう。 ……せめてもの慰めに。 生理の話は恥ずかしいけれど、コンラッドとそんなことしたいとツェリ様に相談したと信じられているのとどちらがより恥ずかしいかというと……言うまでもない。 |
さて、持ち帰った香水を次男はどうするでしょう?(笑) それくらいの役得はないと、今回は酷い目にも遭いましたが…。お、お疲れ様です……(^^;) 追記です。 ドラマCDのおまけトラックによると美香蘭は魔力がないと効かないそうで……NON! 次男の暴挙はまだしも、ツェリ様はなんのつもりで彼女に美香蘭を渡したのか……ということに なるので、このサイトでは魔族なら魔力がなくても効果があることにしておいてください……。 ううう、うっかりだぁ〜……(汗) |