「ってわけで、コンラッドは光源氏計画まで考えたんだ。もう一度お前がちゃんと育つまで待っていてくれるつもりだったんだぞー」 先日の、がちっちゃくなっちゃった事件の詳細を語ったおれは、本当に珍しくコンラッドの印象の良さそうなエピソードを脚色もなく、ありのままに伝えたんだ。 もしもがあのまま子供の身体で元に戻れなくなったら、また育つのを待つなんて、いくら寿命の長い魔族でも大変な覚悟に違いないはずだから。 そんなにのことを大事にしてるんだと、本気で感動したんだ。 本当だって。信じてくれよ。 の頭ン中のことまで、おれに責任がとれるはずないだろ、コンラッド! ………頼むからおれのせいじゃないって言ってくれっ!! 道化師は残照に見る(1) 有利から聞かされたちょっといい話は、思いの他わたしを打ちのめした。 どうして素直に「コンラッドに愛されているわたし」を実感できないのだろうとは思うけど、浮かんでしまった疑惑を消すことは出来ない。 そういう疑問を本人にぶつけるのは間違っている。 なので知っていそうな人にあたりをつけて聞いてみることにした。 最初はそのまま有利に聞いてみようかと思ったんだけど、有利とコンラッドの付き合いはまだ短い。おまけにコンラッドはわたしや有利の前ではいつでも涼しげな顔をしているから、そういう話をしている可能性は極端に低い。 と、いうことで最初にわたしが質問に訪れたのは、コンラッドと一番くだけた仲で付き合いも長いヨザックさんだった。ちょうど血盟城にいたし。 「ヨザックさんに質問です!」 見つけたヨザックさんは厩舎で馬の手入れをしていて、柵を隔てた向こうからしゅびっと手を上げたわたしに目を瞬いた。 「……隊長の女の好み〜?」 ヨザックさんの髪と同じ色の眉が軽く怪訝そうに上がる。 「なにもイマサラそんなこと気にしなくても。隊長は姫にメロメロなんですから」 「メ……ごほん、でも、やっぱりちょっとでもコンラッドの好みに近付きたいし……」 「健気ですね〜」 「それにちょっと思ったんですけど……」 「はい?」 声を潜めたわたしに、ヨザックさんは馬のブラシを片手に耳を寄せてきた。 わたしは周囲を見回して、馬以外近くにだれもいないことを確認してからその耳に手を当てて小さく尋ねた。 「コンラッドって、ロリコン?」 そう、わたしはそれが気になったのだ。 だって、有利の話だとわたし四、五歳くらいになってたんだよ? そんなわたしを見て一から育てようと思えるなんて。 ただでさえ西洋人から見た東洋人は童顔だという。実際、高校に上がってから居合い道場の関係で簡易通訳をさせられたとき、小学生と間違えられてひどく落ち込んだこともある。 そこにおまけして、わたしは日本人同士でも初対面なら歳より下に見られることがほとんどだったりする。 有利だって光源氏とか言うし! 「ろりこん……ってなんですか?」 かなり緊張して聞いたため、逆に質問で返ってきてがくりと肩を落す。 それはそうか。ロリコンは日本的略語だ。こっちの言葉でそれに該当する単語が思いつかなかったので、結局噛み砕いた説明をするはめになった。 そこまでして聞きたいのか、。 聞きたいですよ。だってコンラッドの好みがロリコンだったら、わたし成長したら用済みになっちゃうじゃない! 「えっとねぇ、幼女趣味…とか、少女趣味?性的趣向が幼女とか少女とかの人のこと。ちなみにロリータコンプレックスの略語」 「…………………………………………………………大胆なことおっしゃいますね」 たっぷり沈黙したあとに、ヨザックさんはぽつりと呟いた。目が泳いでいる。 や、やっぱりコンラッドってロリコンなの!? えー、とヨザックさんが咳払いする。 「なんでそんなこと……?」 「だって!西洋人から見て東洋人っていうのは幼く見えるっていうし!わたし日本でも幼く見られる方だし。とういうことは、歳相応には見えないってことでしょう?」 「そんなことないですよ。姫はまだ十六歳なんですから……」 「魔族年齢で言わないでね?わたしの場合、人間速度で歳とってます」 「……………………………………………………………」 沈黙再び。 「……やっぱり、歳相応に見えないんでしょう?」 「いや、その。………で、でも隊長の好みが少女ってこたぁないですよ。まあ、敢えて言うならお転婆?気が強いっていうか、がさつっていうか……」 「………がさつ?」 はっとヨザックさんは青褪めて口を塞ぐ。 「い、いえ!決して姫ががさつだとかいう話ではなくてですね!」 「……違うということは、わたしはコンラッドの趣味じゃないはずということ?」 頬に手を当てて微笑んだけれど、たぶん額に青筋が浮かんでいたと思います。 ヨザックさんは、青褪めたまま完全に固まってしまった。 「幼女趣味というなら、まだグウェンダル閣下の方が!」 と取繕うように叫んだ諜報員は、そのフォンヴォルテール卿の部下だったはずなんですけど。いいの、直属の上司をそんな風に言って? ヨザックさん情報の「お転婆」っていうのも、結構幼い相手表現みたいに聞えなくもない。 ということで、疑問が解けなかったわたしは次なる質問に、現在血盟城に滞在中のフォンヴォルテール卿グウェンダル閣下の執務室へ向かう。 ヨザックさんを強制的に引き連れて。 「姫〜オレは用事もなしに閣下にお会いできるような身分じゃなんですけどね……」 「わたしだって、これといった用事もなしに会いには行きにくいんです。コンラッドの好みを教えてくれないんだったら、これくらい付き合ってくださいね?」 「勘弁してくださいよ、言ったじゃないですか。隊長の理想は姫ですってば」 「そんなコンラッドが笑ってごまかしそうなセリフじゃ参考にならないじゃないですか!」 そう、コンラッドならきっといつものあの爽やかな笑みでそんなことを言うに決まっている。 グウェンダルさんはコンラッドのお兄さんだし、弟の女性の好みは知っているのではないかなあ、という期待を寄せてみたけど、男兄弟って恋話とかするのかな? 城の廊下を歩きながら、グウェンダルさんの執務室をどう訪ねようか考える。 だって、お仕事中にお邪魔して質問が「コンラッドってロリコンですか?」はあんまりだ。 せめて休憩に入ってくれていれば、雑談として取り上げられるのに。 だけど仕事の虫というグウェンダルさんがちょうどタイミングよく休憩中という可能性は低いので、ヨザックさんに止められるのを振り切って厨房に入り込むと、アフターヌーンティーセットを準備して執務室のドアをノックした。 休憩中じゃないなら、休憩してもらえばいいじゃない。 「入れ」 短い許可をいただいたので、ティーセットとスコーン(もどき。材料が若干違うので)を乗せた盆を片手にしたヨザックさんと一緒に部屋に入った。 「グウェンダルさん、少し休憩はいかがですか?」 「……なぜお前が給仕の真似事をしている」 盆を片手にしたヨザックさんをじろりと一瞥して、またわたしに視線を戻す。眉間に皺が増えました。 「有利が頼りにならないから、グウェンダルさんに迷惑をかけっぱなしだし、日頃の感謝を込めまして。ちょっとくらい、休憩を挟んだほうが仕事もはかどると思いますよ?」 「オレは姫のお供です」 グウェンダルさんの返事も聞かずにテーブルにアフターヌーンティーをセッティングする。 紅茶を注いだカップをソーサーごと掲げて愛想笑いでお伺いを立てると、グウェンダルさんは呆れたように溜め息をつきながら羽ペンを立てかけた。 「まさか、それはお前が作ったのか?」 「はい。厨房の一角をちょっとだけお借りして」 ギロリとグウェンダルさんの鋭い目がヨザックさんに向かう。ヨザックさんは、空になったお盆を持ってぶんぶんと必死に首を振った。 溜息をひとつついただけで、グウェンダルさんはそれ以上文句は言わなかった。 お菓子が作りたいので、ちょっとだけいいですか?と厨房に入っていってとてつもなく驚かれたので、睨まれた理由はわかる。 思い切り恐縮させて厨房の人たちには悪いことをしたけれど、家にいるときみたいで楽しかったので、またお菓子作りはしたい。 でも口実がないと、用意してもらった料理がわたしの口に合わないということになってしまう。今回は、グウェンダルさんに日頃の感謝を込めたいので手作りしたんです、と言って納得してもらえたけど。いっそ趣味ですと言い切ってしまう方がいいかもしれない。 「魔王の妹がそのような場所に行くな」 呆れながらもお茶につきあってくれるということらしい。グウェンダルさんは執務机を迂回してソファに座ってくれた。 「はい、ヨザックさんも」 「は、オ、オレですか!?」 ヨザックさんの分の紅茶を横に置くと、悲鳴のような声を上げて後ずさる。 「そんなに逃げなくても、毒なんて入ってませんよ」 「い、いやそういうことじゃなくてですね!」 「公式の場所ならともかく、一緒にいるのがグウェンダルさんならいいじゃないですか。ね、グウェンダルさん、ヨザックさんも一緒にお茶してもいいですよね?」 グウェンダルさんは、溜息ひとつで自分の横を指差した。 「殿下がこう仰せだ。座れ」 「ひ、姫……」 そんな泣きそうな顔しなくても。 ひとりだけ知らん顔でやり過ごそうなんて甘い。コンラッドがロリコンなのか違うのかヨザックさんの口から言いにくいというのなら、グウェンダルさんから聞き出す手助けはしてもらわないと。 わたしの隣の方が広いのに、グウェンダルさんとヨザックさんが向かいのソファでぎゅうぎゅうに座る。 えーと、何か雑談でもしないと。いきなりコンラッドの女性の趣味を聞くのも変な話だし。 カップを持ち上げているグウェンダルさんをちらりと窺って、考え込んだところで前触れもなく扉がバーンと音を立てて勢いよく開いた。 |
お題元:自主的課題