「キルヒアイスの趣味はよくわからん」
の辞令書を預かったまま、今追いかけても逃げられるだけなので、先に自らの仕事を済ませるためにキルヒアイスはラインハルトの下を訪れた。
すると開口一番の言葉がこれだ。
のことですか?」
「……そうだ。あの女、辞令を言い渡したら俺を思い切り睨みつけていたぞ。なんて気の強い女だ」
「それはラインハルト様の説明が足りなかったんです。彼女は左遷されたのだと思い込んで、酷く傷ついていました」
「会ったのか?いや、それより傷つく?毒づくの間違いじゃないのか」
「ラインハルト様」
部下であり親友であり半身である青年の微笑みに、ラインハルトは僅かに顔色を悪くして視線を彷徨わせた。
「彼女はとても繊細な女性ですよ」
「それがまず信じ難い。女の癖にと周りから陰口を叩かれても、平然として『ならその女に実力で負けるのはなんだ』と言い放つ女だぞ」
ラインハルト様にそっくりじゃないですか。
思った言葉をキルヒアイスは、決して口にしたりしない。
「傷つき易いからこそ、そうやって心に鎧を纏っているのでしょう」
「……ものは解釈のしようだな」
非常に失礼な感想に、キルヒアイスは笑顔でまた親友の名前を呼んだ。
そうすると、ラインハルトもまた黙る。
仕事の前にプライベートな話になったので、ラインハルトは従卒の少年を呼んでコーヒーを淹れてくるように言いつけて、椅子の背もたれに体重をかけた。
「……子供の頃はまともな趣味だったのに。姉上とは正反対じゃないか」
「今でもアンネローゼ様をお慕い申し上げておりますよ?」
「姉上をあの気の強い女と並べるな!」
色々と言いたいことはあったが、ここはキルヒアイスが引くことにする。敬愛する姉の話題になると、ラインハルトは絶対に引かないからだ。無駄に平行線を辿ることになる。
「並べてはいません。アンネローゼ様には今でも憧憬の念を抱いていると言っているのです。には、もっと身近で即物的な愛情を」
「そ……即物的……」
「アンネローゼ様には、幸せになっていただきたいと思っています。そのためにならどんな骨身も惜しまないつもりです。ですがには、共に幸せになりたいと思います。
やはりそのためにも骨身は惜しみませんが。ほら、まったく違うでしょう?」
信仰の愛と恋情の愛は、確かにまったく種類が違うものだ。
それはそうなのだが。
「……結局キルヒアイスは、年上が好きなんだな……」
「ラインハルト様?」
どうしてそういう結論になるのだと問えば、ラインハルトはまた視線を逸らして咳払いする。
「姉上とあいつの共通点といえば、年齢しかないじゃないか」
「先ほど申し上げた通り、愛情の種類がまったく違うのですから、共通点などなくても当然です。私はアンネローゼ様をお美しいとは思いますが、を可愛いと感じるような思いでアンネローゼ様を見たことはありません」
「可愛い!?あの女が!」
「……ラインハルト様」
キルヒアイスはそっと溜息をついた。
「彼女は表面上は気が強そうに振舞っていますが、その強がっているところが、可愛いんです。……他の人にはそのままでもいいので、私にだけ、甘えてくれるようになると嬉しいのですが。そのためには、まず彼女の想いを向けてもらえるように努力をしないと」
「わかった」
ラインハルトは片手を上げて、キルヒアイスの言葉を止めた。その顔にはありありと呆れが表れている。
「姉上への気持ちと、への気持ちの違いはわかった。つまり、キルヒアイスは手間の掛かる女性が好みだったんだな?」
一番手間のかかる方がそれを仰いますか?
キルヒアイスは、やはり心の中だけで呟いた。








かなり失礼なラインハルトと、心の中では結構毒舌なキルヒアイスでした。


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