ミッターマイヤーは混乱していた。 ロイエンタールと飲みすぎて記憶をなくしたことは数限りない。 朝起きれば体中が痛んで、殴り合いの喧嘩にまで発展したのだと記憶がないながらに察するしかないときまであった。 だが。 ちらりと背中越しに背後を見やれば、ベッドの端で小さくなって眠る少女。 毛布から覗く肩は、象牙のように滑らかな肌を晒している。 ミッターマイヤーも上着はなにも着ていない。 混乱しつつも、寝起きのためにいつもより三割り増しで収まりの悪い蜂蜜色の髪を掻き回す。 見たことのない部屋だ。 内装からして、ホテルと見える。そう高い部屋ではないが、安いホテルでもないだろう。 体は爽快だ。 起きたときは深酒の翌日だとは思えないほどの爽やかさに、気分良く大きく伸びをしたほどだ。 その爽快さも、隣に眠る少女を見つけた途端に吹っ飛んだが。 ちらりと毛布をめくってみると、当然のごとく一糸纏わぬ己の下半身がお目見えした。 ベッドの下に視線を転じると、皺になったふたり分の衣服が床に散らばっていた。 それを纏めて拾い上げて、再び頭を抱える。 少女のものと見られるブラウスは、ボタンがすべて引き千切られたように無くなっていたのだ。 決定的だったのは、白濁した液で裾の汚れたスカートだろう。 薄桃色のそれは無惨に汚され、やはり乱暴に脱がされたのかホックが変形していた。 「俺はなんということを………」 のろのろと衣服を着用し、上着を椅子に引っ掛けると少女の肩を揺すった。 「起きてくれないか………えっと……」 なんと呼びかけるか一瞬躊躇して、もう一度肩を揺する。 「フロイライン、目を覚ましてくれ」 「………ん……」 半ば背中を向けていた少女が寝返りを打つ。 顔立ちが少し幼いこと以外、妻とは似つかぬ少女。黒い髪は寧ろ親友を思い出させる。 酔って妻と勘違いしたということもなさそうだった。 それよりも、ミッターマイヤーを驚かせたことは別にあった。 少女の頬に残る涙の跡。 思わずぎょっと手を引いた拍子に毛布を引っ掛けてめくってしまった。 慌てるミッターマイヤーの目に更に衝撃的な映像が飛び込んできた。 滑らかな曲線を描く柔らかそうな乳房。 そして手首に残る、押さえつけたような赤い手形。 だが一番の問題は、その下の下腹部にあった。 ミッターマイヤーは思わず毛布を少女に被せなおして部屋を飛び出していた。 そうして気がついたときは、堅く門扉の閉ざされた親友の自宅の前に辿りついていた。 ―――逃げてきてしまった。 ミッターマイヤーは戻ろうとして足が竦む。 戻らなければ、行かなければと叱咤しても足が動かない。 脳裏に先ほどの光景が浮かぶ。 両足の間から、赤い血が。 美しい肌と、白いシーツを禍々しい赤が彩っていたのだ。 行かなければ、戻らなければ!! 「ミッターマイヤー!?」 背後から聞きなじみの深い親友の声を聞いたとき、この悪夢のような出来事から目が覚め現実に戻れるのだというような錯覚に、思わず涙が滲んだ。 今にも倒れてしまいそうなミッターマイヤーの尋常ではない様子にロイエンタールは取りも直さず邸に招き入れた。 今日もお互い出仕するため、酒ではなくコーヒーを入れる。 昨日はふたりで飲んでいて、お互いにかなり酔ったせいでよくは覚えていないが、適当に別れたはずだった。 そのミッターマイヤーが自宅に帰った様子も無く土気色の顔色で、上着を無くしてシャツ一枚で自分の邸の前で立っていたとなると、なにかあったと容易に想像がつく。 だがロイエンタールは急かすでもなく、ミッターマイヤーが少しでも落ち着くのを待った。 両手で飲み終えたカップを包んで、ミッターマイヤーはぽつりぽつりと今朝目覚めてからの状況を語り出した。 聞き終えたロイエンタールは首を傾げる。 女のひとりやふたりを抱いたことくらい、ロイエンタールからすれば大したことではないが、妻一筋であったミッターマイヤーにとっては衝撃的出来事には違いない。 首を傾げたのは、無理やり女性を強姦するというやり方が、およそミッターマイヤーらしくなかったからだ。 いくら正体を失くすほど酔っていたからといって、そんな真似ができる男ではない。 例え妻と勘違いしていたとしても、この男が嫌がる妻に無理やり行為を要求する姿自体が想像の範疇外だ。 ロイエンタールが顎に手を当て、考えつつ己の思考を口にしてみる。 「嵌められたのではないか?」 「…………嵌められた?」 頭を抱えていたミッターマイヤーが鬱蒼とした顔を上げる。 「女を無理やり抱くというのがまず卿らしくない。女に嵌められたか、それとも他の誰かにそういう状況を作り出されたのではないか」 「一体だれがそんなことをするというんだ。それに、あの娘の足の間から……」 「旧貴族どもの残党、も候補だな」 口にして、ロイエンタールもミッターマイヤーも弾かれたように顔を上げる。 もしも本当に旧貴族の仕業だとしたら、証拠の写真なり映像なりを押さえられているのではないだろうか。 そうして、それが民衆の間に流布されれば、平民の味方というローエングラム体制に疑問の声が上がることも間違いない。 間の悪いことに、ミッターマイヤーは衝撃に思わず逃げてしまった。 これでは言い訳のしようもないだろう。 そちらに悪評の高いロイエンタールならばまだしも、清廉潔白の代表として見られているミッターマイヤーが、となるとローエングラム元帥府の信用は失墜するといっても過言ではない。 「ホテルには俺が行く。ミッターマイヤーは近づくな」 「い、いや、しかしそうと決まったわけでは……」 「卿という人物と状況を考えればそちらのほうがよほど妥当だ」 罠だとすれば既に撤収している可能性が高いが、まだなんらかの遺留品があるかもしれない。 また、万が一それが本当にただの街娘であったなら、ミッターマイヤーが居ない方が話を着けやすいという打算があった。金で口止めするにしろ、権力で脅すにしろ、ミッターマイヤーは絶対にそれを許すまい。 ロイエンタールもそれを好むところではないが、親友の身を守るためならば甘んじてそれに手を染める。 もしくはそれが通じるのであれば、自らが強姦者の汚名を被るつもりすらあった。 「それで、ホテルの場所と名前は?」 ミッターマイヤーは固まった。 動転してホテルの名前も知らず場所も忘れていたミッターマイヤーを怒るに怒れず、とにもかくにも出仕したふたりはラインハルトの出仕が遅れる旨の報告を受けた。 なにやらプライベートでの遅刻ということ以外、わからないらしい。 己の起こした不始末を公に報告すべしというミッターマイヤーを宥めていたロイエンタールとしては取り敢えず出来た時間に胸を撫で下ろした。 ことがスキャンダルか陰謀かわからぬうちに、そういった方面では潔癖のラインハルトから謹慎でも喰らったら、それこそ目も当てられない。 それに、オーベルシュタインに目を付けられればどうなるか、わかったものではない。 ことがことだけに滅多な相手に相談するというわけにもいかず、ロイエンタールはキルヒアイスの不在に痛恨の思いを抱いていた。 キルヒアイスは現在、艦隊を率いて演習に出ていて、オーディンから遥か50光年も離れた宙域にいる。 ミッターマイヤーが暴走せぬよう見張っていることと、相手の女探しが平行して行えない以上、どうしても協力者が欲しいところだった。 一向に事態が進展することがないまま、午前の勤務時間が終わろうとする頃、ロイエンタールが恐れていたローエングラム元帥の出仕が告げられた。 |
すごい深刻な出だしですが、間違いなくギャグです。ギャグと言うかなんというか。 それにしても、銀英初ドリームがこの内容って……どうなんだろう?(遠い目) あ、それどころか名前変換箇所がない(汗) ミッターマイヤーはこの状況で逃げる人じゃないよね、というのはわかっているのですが ギャグですのでひとつお見逃しを。 |