凱旋を果たした友人達から、できるだけ早く会いたいという連絡が来た。 婚約の話がどうなったかを知りたいのだろうと思ったのだ。 連絡してきた画面に映るキルヒアイスの笑顔に微妙な違和感を覚えたものの、それは些細なことだったので、はなんの疑問もなく二人の都合に合わせると返答した。 のちにはこう述懐している。連絡してきたのが感情が顔に出やすいラインハルトなら、せめてもう少しなにかに気付けたかもしれなかったのに。 故郷からの手紙―帰ってきた小言― 「お帰りなさい二人とも。無事でよかった!」 ブラウンシュヴァイク派の執事がリッテンハイムへの呼び水となったラインハルトの訪問に物問いたげな顔をしながらも下がると、は満面の笑顔で二人の無事と武勲を喜んだ。 「ああ、ただいま」 素直な返事をするラインハルトに、やはり奇妙な感覚を覚える。ラインハルトらしくない。 ラインハルトなら、ここは「当然だな」とか憎まれ口を叩きそうなものだが。 「それで、一体どういう経緯で婚約を延期できたのか聞きたいんだ」 キルヒアイスが話を進めて、はそれが聞きたくて最初の挨拶を軽く流したのかと納得するとともに、少しだけ不満だった。 二人が無事に帰ってきたことが本当に嬉しかったのに。 ともかく自分のことを気にしてくれていることは事実で、話はラインハルトも無関係どころかかなり深く関係してきてしまったので、ラインハルトに見せるために用意してきた遺言状を出してオーベルシュタインの話をした。 「ふうん、ではその男が誰の手の者かが問題だな」 「それがさっぱり……どこかの派閥に入ってる節もないんだよねー。まあ、わたしの出来た調査はかなり薄っぺらなんだけど。調査の人を雇うにもお金があんまりなかったからほんの数十日だけだったし」 「……本当に質素な生活だな、お前」 「だってうちのお金自体は、わたしの好きにできないんだってばっ」 「遺言状の捏造やリッテンハイム候を担いだ見返り要求が何もないということは、本当にがブラウンシュヴァイク派と繋がることが問題なだけの相手でしょうか」 「あるいは、後で何か迫ってくる可能性もないわけじゃないな。何しろこれは偽造文書だ。そうと知って利用したとなればブラウンシュヴァイクやリッテンハイムの報復もだが、罪に問われることになる。充分脅迫に使える」 「でもわたしはじいさまの書斎で見つけたの一点張りでいいと思うけど。向こうが偽物を主張するにしても、あっちだって偽物作りをしたことをバラすわけにはいかないんだし」 「まあ、な……オーベルシュタインとやらが捨石でなければの話だが」 「ともかくできる限り調べておくことに越したことはないでしょう。オーベルシュタイン大佐の調査は私がから引き継ぎます」 「ごめんね、ジーク」 キルヒアイスはラインハルトのことだけでも忙しいのに、自分のことでまで迷惑をかけてしまうとが恐縮すると、キルヒアイスは苦笑して首を振る。 「やりたいことをやるだけだよ。のことが大切だからね」 「ジーク……」 「それでね。大切だから、聞きたいこともあるんだ」 「なに?」 にこりと微笑んだキルヒアイスは、両手を組んで深くソファーにもたれる。 「ロイエンタール少将のことなんだ」 「は……?」 ラインハルトは逆に身を乗り出した。 「お前の従姉とは、お前と会う前に別れていたという話ではないか!どういうことだ!」 「な、なんでそれを……」 はっと気がついて口を押さえるが、真実を押さえられている以上、どの道同じだ。 「どこからそれを……あの男が自分から言うわけ……ないよね」 「何を言ってるんだ。ロイエンタール少将には同行者がいたじゃないか」 「………ミッターマイヤー少将ぉーっ!」 は悲鳴とともに頭を抱えてソファーに横倒しに倒れ込む。 「珍しくロイエンタール少将から女性に興味を示し、一方的に押しかけていたような関係から、いつの間に戦場にまで手紙を届けるような仲になったのだと、大喜びだったよ」 なぜキルヒアイスがあの男に手紙を出したことを知っているのかと驚愕で飛び起きる。 「手紙!?あ、あれは単にこの間の夜、おかっぱ相手に演技してくれた義理でラインハルトたちと同じ報告をね!?」 「ああ、それは知っている。だから手紙の件はいい。フレーゲルのおかっぱは、俺とロイエンタールにだけ手紙があって、奴にないことに衝撃を受けていたし、悪くなかった」 「あら、それは思わぬところで楽しい効果に……」 「ロイエンタール少将は、それはもう見事に私とラインハルト様を避け切ってしまってね。詳しい話を聞けなかったから、から説明して欲しいんだ」 「確かにな、ロイエンタールがどういう恋愛を望もうと奴の勝手だ。単に仕事上の上官でしかない俺には何の口出しをする権限もない。だからせめてお前に自覚を持たせておきたいんだ!お前がしっかり自己防衛を意識していれば、結局のところなんの問題もないからな!ロイエンタールと何があった?さあキリキリ吐け!」 「ななな、何もない、何もなかったよっ」 「ならどうして嘘をついたのかな?」 「嘘はついてない!従姉の関係で知り合ったのは本当だし、何にもなかったって!」 怒りの形相で詰め寄るラインハルトと、氷の微笑でじわじわ突き上げてくるキルヒアイスに、は半泣きになりながら、ひたすらやましいことは何もないと繰り返すしかなかった。 一日の仕事を終えて官舎に戻ったロイエンタールは、デッキに上がる階段で思わず足を止めた。 ドア近くの暗がりに人の気配がしたからだ。 腰のブラスターに手を掛けたところで、低く押さえた少女の声が聞こえた。 「……オスカー・フォン・ロイエンタァール!」 呆気に取られるとはこのことだ。 「か?何故ここに……」 「官舎の場所はミッターマイヤー少将に聞いたんだよっ!職場に連絡しても快く教えてくれたよ!なんで少将の誤解も解けてないの!?すっごく嬉しそうだった!」 どうりで今夜一杯どうだと誘った時、意味ありげな笑みで断ってきたわけだ。納得すると、ロイエンタールは深い溜息をついた。 「お前のそういう行動が、ミッターマイヤーの誤解に拍車を掛けるとは思わんのか」 「バカ野郎っ!あんたにラインハルトとジークから交互に詰め寄られたわたしの気持ちが判ってたまるもんですかっ!一人で逃げてさぁっ!」 「……わざわざそんな恨み言を言うために、また夜中に邸を抜け出してきたのか」 呆れた根性だ。そして、ある意味懲りていない。 「こんなところを閣下に見つかれば、また余計な誤解を招くことはいくらお前でも判りそうなものだと思ったが」 ロイエンタールが不機嫌そうに眉をひそめて、を無視して玄関の鍵を開ける。 「それでも一言いってやんないと気が済まなかったんだよ!腹立つなあっ!」 は憤慨して立ち上がるとその足に蹴りを入れた。 「じゃあね!」 蹴られて顔をしかめたロイエンタールに満足すると、早々にデッキを降りて行く。 「帰るのか?」 「あんたが今言ったんでしょうが!ラインハルトに見つかったらややこしいことになるって!一言言いたかっただけなの、わたしはっ」 「……ならば通信にすればいいものを」 「途中で切られたり、居留守を使われたら腹立つじゃない。それに一発蹴りたかった」 すでに暦は10月の半ばに差し掛かり、夜ともなればそれなりに冷える。振り返って睨みつけるが寒そうに身を竦めているのを見て、今度こそ本気で呆れ返った。 「そこまでして怒りをぶつけたかったのか。まあいい、入れ」 「……は?」 「そのまま帰してお前に風邪でも引かれたら、閣下に怨まれる。何か飲んで身体を温めてから帰れ。帰りの車も拾ってやる」 ロイエンタール自身が送ることはさすがに懲りた。前回、邸に送ったところをフレーゲルの手の者に見られたせいで、ラインハルトたちにあらぬ疑いを掛けられることになったのだ。 指先が凍えて、身を縮こまらせて足踏みをするくらいには寒かったは考えて、結局その好意に甘えることにする。 「熱いコーヒーがいい。ミルクもあると嬉しいんだけど」 「……コーヒーはともかく、俺がそんなものを常備していると思うのか?」 「ブラックなんて飲めないからねっ!」 後から入って玄関の扉を閉めながら、は最後に付け足す。 「お帰り。あんたも無事でよかったよ」 顧みたロイエンタールは、口の端に僅かに笑みを浮かべた。 |
幼馴染み二人は、彼女を叱り付けて自覚させる道を選ばざる得なかったわけです が、彼女は反省より共犯者に怒りをたぎらせたようで(^^;) ラインハルトたちは仕事上以外ではロイエンタールと会わないので半年以上間が 空きますが、彼女はこうして結局なんだかんだとロイエンタールと会いそうです。 |