「そういうわけで、お約束的に無事に目的の城に到着したわけなんだが」 「妙に説明口調だな、ポプラン」 「それこそお約束なツッコミだぜコーネフ。それで導師、皇子サマ、こっからどうするんですか?」 「そうだな……まず証拠が必要ですよね、殿下」 「それはそうだが……卿らを連れていては表敬訪問というわけにはいかないしな。だが正面から殴り込めば姉上を人質に取られかねない」 なるべく穏便にする必要があるかと首を捻る面々に、オーベルシュタインはまったく穏便ではない提案をした。 「陽動の騒ぎを起こしましょう」 「火事だー!火事だーっ!!」 城の南から火の手が上がり、急を報せる声が響く中、北の門には巨大な氷の塊が突如として上空に現れて降り注ぐ。 「違うぞ、敵襲だーっ!」 魔道士二人を南と北に配置して、城に忍び込んだ身軽な面々は浮き足立つ城内をが言う方角を目指して駆け抜けた。 「さすがは同盟の大魔道士。あれほどの魔術を使いこなすとは」 巨大な氷の塊が門を薙ぎ倒す様を遠目に眺めながらラインハルトは感心して呟いた。 「敵に回すと厄介だな」 臣下に迎え入れることができればこれ以上はないほど心強いだろうが、果たして彼に国を捨てさせるほどの材料があるだろうかと考える。 「ラインハルト様、今はアンネローゼ様のことに集中しましょう」 走りながら新たな臣下獲得の策を考えるラインハルトを、キルヒアイスが小声で諌めて、主の苦笑を誘う。 「そうだったな。まずは姉上だ」 「こっちこっち!」 が駆けて行く先で出くわした城の兵士達は動揺していることもあって、ラインハルトとキルヒアイス、そしてポプラン、コーネフ、ユリアンの連携の前に次々に打ち倒されていく。シェーンコップは万が一のときのヤンの護衛として、北門の方にいる。 廊下の先に大広間の扉らしき大きな両開きの扉が見えて、ラインハルトが剣を握り直した。 「この騒ぎでブラウンシュヴァイクの周りにも護衛兵は増えているだろうが」 「城内全部の兵士と戦うのは無茶だが、それくらいなら平気……だろ!」 ポプランが軽口で応えながらドアを蹴り開けた大広間には、城の主のブラウンシュヴァイクと、一人の壮年の男がうろたえた様子で兵士に囲まれ、守られていた。 「ブラウンシュヴァイク!姉上をかどわかした罪を償ってもらうぞ!」 「なっ……まさか、この騒ぎは皇子の……!」 「あーっ!!」 ラインハルトとブラウンシュヴァイクの言い争いに、ポプランの大声が割って入る。 ユリアンが強く一歩踏み出した。 「トリューニヒト!ここにいたのか!」 「ほう……他国の罪人を囲っていたわけか。罪状が増えたな、ブラウンシュヴァイク」 「うちの導師様、ひょっとして実はこれも読んでたんじゃないのか?」 ポプランが楽しそうに拳を叩き合わせ、コーネフは弓を引き絞った。 「あの人ならありえるな」 弓弦が振るえ一直線に走った矢は、ブラウンシュヴァイクの隣に立っていた男の服を見事に射抜いてそのまま壁にめり込む。 「なっ!?な!ど、同盟からの追っ手か!だ、誰かこれを取ってくれ……!」 「ええい、そんなものは後だ!狼藉者を討ち取ってしまえ!」 ブラウンシュヴァイクの命令に、広間で主を守っていた兵士が一斉に武器を構えて襲い掛かってくる。 「君は俺の後ろにいなさい」 剣や拳で直接応戦するラインハルトたちが前に出て、後ろから弓で援護するコーネフがを背後に引っ張った。 「でも姫様を探さないと!」 「後でね。落ち着いてからでなければ、下手に姫を連れ出せば兵士に傷つけられるかもしれない。君では守りきれないだろう?」 新たな弓を放ちながら、戦闘中にも関わらず穏やかに宥められて、は素直に頷いた。 二国の精鋭で固められた者たちと、あくまで一領主の兵士とで、一方的な展開になりつつあった。 射抜かれた服をようやく脱ぎ捨てたトリューニヒトが身を翻して部屋の奥へと逃げようと駆け出したのに気付いたのは、ひとり後ろで様子を伺っていただ。 「あの人逃げるよ!」 コーネフの服を掴んで引っ張ると、コーネフは弓の的を近距離から中距離のトリューニヒトに向ける。 だがその弓が放たれる前に、トリューニヒトは空中を飛んできた蔓に足を絡め執られて床に派手に転んだ。 「チェックメイトだ」 そして、ともに逃げようとしていたブラウンシュヴァイクの首には、シェーンコップの剣が突きつけられていた。 「騒ぎに乗じて、幻術を使って城に入り込んだんだ。戦闘を終えるのは頭を捕まえるのが一番だから、タイミングを計っていたんだよ。彼らが護衛から離れてくれてやり易かった」 ヤンが魔術で出した縄を使って、トリューニヒトとブラウンシュヴァイクを縛り上げる。 「それにしても師匠、皇子殿下に同行を申し出たのは、まさかトリューニヒトがこの城にいることを知ってのことだったんですか?」 がキルヒアイスを連れて更に奥へと走って行くのを見送っていたヤンは、弟子の疑問に苦笑を浮かべて曖昧に首を傾げた。 「知っていたというよりは、予想のうちの一つだっただけだよ。トリューニヒトは上昇志向の強い人間だからね。どこかで返り咲きを狙うならそれなりの相手を抱きこもうとすると思ったんだ」 「……やっぱり欲しいぞ、ヤン・ウェンリー」 ラインハルトが心の底から唸り声を上げた。 アンネローゼを無事に助け出したラインハルトは、ヤンを勧誘したのだが、丁寧に断られてしまった。専制主義の皇帝を主と崇拝する忠誠というものは、自分には持ち得ないからだと言われてしまっては、ラインハルトも諦めざるを得なかった。 トリューニヒトを連行して国へと戻る彼らと別れ、ラインハルトが惜しい人材だったと漏らすと、オーベルシュタインは首を振ってそれを否定する。 「主と思想を共に出来ない、しかし力のある臣下は国の騒乱の元になるだけです。彼らを早々に国外へ出せたのは良いことでした。あまり国内の内情をかぎ回られたくはありませんでしたからな」 「卿は前向きなのか、疑心暗鬼というべきなのか、判り難い男だな」 ラインハルトはそう笑うだけだったが、旅の間で同盟の彼らと仲良くなっていたは口を尖らせて不平を漏らす。 「ギスギスした考え方……」 が小声で呟くと、キルヒアイスと助け出されたアンネローゼは困ったように笑って、その頭を優しく撫でてくれた。 その数年のち、帝国には新帝ラインハルトが誕生する。 後の記録によると、彼の在位中は同盟国と戦争が起こったことはなかったという。 エンド5 |