「姫様を返せー!」
「フロイライン・マリーンドルフを解放しろ!」
暴れるだけ暴れて辿り付いた城の最奥の部屋で見た光景は、興奮するビッテンフェルトと、そしてオーベルシュタイン以外の三人をひどく脱力させた。
「な、なんだ貴様ら!?私の城に許可なく踏み込んでくるとは何事だ!?わ、私を誰か知ってのことか!」
「犯人はフレーゲルか……」
「確かにブラウンシュヴァイク公の一門ではあるが……」
「公本人ではないだけに、随分と」
ミュラーはその先の言葉を控えたが、三人の脳裡には同じ言葉が浮かんでいた。
覚悟していた想像より随分と、小物だ。
「このようなことだと思った」
オーベルシュタインだけはひどく冷静だった。
「ブラウンシュヴァイク公ともあろう者が、このような軽挙をするはずがない。まして、彼が好事家などという話は聞いたこともない」
オーベルシュタインはひどく面倒そうに杖を振った。
「第一、姫様だとかマリーンドルフ伯爵令嬢がどうしたというのだ。さっぱり話が判ら……!」
軽く両手を広げて、肩を竦めながら首を振っていたフレーゲルは、目の前でみるみる縮んで猫に姿を変えた少女に目を見張った。
の隣で、一緒にフレーゲルを責め立てていたビッテンフェルトも唖然として言葉を無くす。
「みろ、ビッテンフェルト。猫だろう!」
ロイエンタールが小声でビッテンフェルトに言った言葉は、ミッターマイヤーもミュラーも聞こえないふりをした。
「そ……その黒い毛並み、アメジストの宝石のような輝きの瞳……まさか、皇女殿下の猫か?そうなのか!?なんということだ!人間に変身することまでできるなんて!」
フレーゲルは目を生き生きと輝かせて猫に手を伸ばす。
は素早く部屋を駆け抜けて、その手を逃れる。
「待て、!お前に相応しい飼い主は私だ!」
「……犯人だな」
「うむ、間違いない」
「ええ、犯人ですね」
少なくとも素人目には失敗作に見える顔の曲がったタヌキの焼き物や、歪な形の皿、人の腕を象った足をもつ机など、奇妙な調度品が溢れ返る部屋の中を、猫と男が追いかけっこを続けていた。


「あんたたちねー!見てないで早く助けなさいよ!」
殴り倒され、縛り上げられたフレーゲルから後退るように逃げながら、オーベルシュタインに訴えて人間の姿に戻してもらったが、息を切らせながら悪態をついた。
かなりの長時間、強制鬼ごっこをさせられたせいで疲れきっている。
「いやすまん、まさか本当に猫が人間になっているとは思わなくて、呆然としてしまった」
フレーゲルを縄で縛り上げながら、ビッテンフェルトが申し訳なさそうに謝って、それでの気は治まるはずだった。
「ロイエンタール!やはり皇女殿下がおられたぞ!」
「フロイライン・マリーンドルフもですよ」
奥の隠し部屋から戻ってきたミッターマイヤーとミュラーの後から、けぶるような金髪の女性と、くすんだ金色の髪の女性が一緒に出てきた。
「姫様!」
「おお、フロイライン。お父上の依頼で助けに参りました!」
ビッテンフェルトたちが迎えにきた女性は、それに安心したように微笑んだが、黒髪の少女に駆け寄られた女性は戸惑いながらその抱擁を受けた。
「あなたは?」
です、姫様」
「まあ……」
目を見開いて絶句するアンネローゼに、隣にいたミッターマイヤーが苦笑しながら説明する。
「あちらにいる魔道士、オーベルシュタインの術で人に姿を変えているのです」
「そんなことができるのね」
半ば呆然と呟いたアンネローゼに、ビッテンフェルトは腕を組んで大いに頷く。
「まったく、魔道士という輩は常識では図れんことまでできるものですな。まあ……その点で言えば、ロイエンタール、卿もか」
「なに?」
これで皇女を王宮まで無事に連れ帰れば任務終了だと一人離れたところで息をついていたロイエンタールは、旧友からの不審な指摘に眉間にしわを寄せる。
「確かに可愛い娘になってはいるが、は猫だろう?ましてまだ少女の姿だ。
卿がそこまで趣味の幅を広げているとはな」
しばらく部屋に沈黙が降りた。言われたロイエンタール本人ですら、その意味を考えたのだ。
「いくら人間の女性に飽きても、恋人が動物というのはどうかと思うぞ」
「違ぁーう!!」
「………卿の頭こそどうかしている!!」
とロイエンタールの憤慨の叫びの空しく、皇女アンネローゼは可愛がっている飼い猫を抱き締めて、最後までロイエンタールに近づけようとしなかった。


王都に戻ったロイエンタールは、魔道士オーベルシュタイン、宮廷武闘僧ミッターマイヤーと共に皇帝より多大なる褒賞を受け取ることができたのだが、不名誉な噂にしばらく悩まされることとなった。



エンド3






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