それは世界の半分以上を支配する銀河帝国に起こったお話。


その当時、銀河帝国には大層美しい一人の皇女様がおられました。
けぶるような金の髪に、温かな微笑み、そして何よりも心優しい皇女様は、民からも慕われ、父である皇帝にも大層慈しまれていたそうです。
ところがある日、皇女様が王宮から煙のように消えてしまったのです。
部屋には、皇女を預かったという手紙だけが残されておりました。
皇帝フリードリヒ四世の嘆きは深く、手紙を握り締めたままお倒れになってしまわれました。
「おお……アンネローゼ、我が愛しの娘よ!!どうか無事でいておくれ!あの子を助け出すことが叶うなら、余は何でもしよう!誰かアンネローゼを無事に助け出してくれ!」
その叫びを聞きつけた一人の宮廷魔道士が藤の籠を提げて、病床に伏せる皇帝の傍に寄りそっと囁きかけました。
「その言葉、偽りはございませんな?」
「そなたは?」
「魔道隊に名を連ねるオーベルシュタインと申します」
半白色の髪を揺らし恭しく頭を下げて名乗りあげた男を見て、病床の皇帝は僅かに眉を寄せました。ゆったりとしたローブを纏っているとはいえ、男は細身で顔色も青白く、どう見ても安心できるような力強さを覚えなかったからです。
オーベルシュタインは皇帝の不安に満ちた視線を受けて、落ち込むどころかまるで当然であるかのように頷いて、籠の蓋を開けて中から黒い細身の猫を掴み出しました。それは行方不明のアンネローゼ皇女が可愛がっている猫でした。
「陛下、私は魔道士です。剣を手にすることも、弓を射ることも満足には行えないでしょう。ですが魔道士には魔道士のやり方というものがございます」
そう告げると、懐から杖を取り出して掴んでいた黒猫に先を当ててなにやら呪文を唱えました。
するとなんということでしょう。
高い声で一声鳴いた黒猫は、みるみるうちに形を変えながら大きくなっていきます。
皇帝が驚きで息を詰めて見つめていたほんの数秒のうちに、黒猫は一人の少女に姿を変えていました。
黒い飾り気のないワンピースを着た少女は、大きな目でくるくると部屋を見回します。
黒い艶やかな髪も、アメジストのような紫色の瞳も、確かにあの猫を連想させる容貌でした。
「おお……なんと面妖な術か。しかしオーベルシュタインよ、この猫を人に変えてなんとする。この猫がアンネローゼを救ってくれるとでも申すのか」
「左様です陛下。この皇女殿下の飼い猫は生まれてこの方、殿下のお傍を離れて過ごした時間はほとんどないと聞き及んでおります。例え殿下がどこにおられようと、その居場所を探し出すと侍女たちが申しておりました。それを生かし殿下が連れ去られた場所を探り出させるのです」
「そのようなことが可能か」
「この猫が元より持つ能力と、我が魔術を合わせさえすれば、必ず」
力強く約束しそうな場面ですら、平坦な声で応えた魔道士にいささかの不安を覚えながらも、皇帝陛下はオーベルシュタインに皇女奪還を命じました。
「ではオーベルシュタインよ、人でも金でも道具でも、なんでも必要なだけ用意するがよい。必ずやアンネローゼを我が元へ!」
オーベルシュタインは恭しく礼を取り、猫のを伴って王の寝室を後にしたのでした。


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