「これは一体どういうことだ!?」
長く広い廊下をキルヒアイスの先導に従いながら、ロイエンタールは騙されたのかと不機嫌だった。ただでさえやる気のなかった任務だというのに、担がれたとなればますます嫌気が差してくるというものだろう。
説明したのはキルヒアイスではなく、共にここまで旅をしてきたはずのオーベルシュタインだった。
「皇女殿下におかれては、陛下がご自身の宮に様子を伺いに来てばかりで政務が疎かになっていることに心を痛めておられたのだ。言葉で諌めても聞き入れては下さらぬ陛下に、少々強引な手段を取っても、ということだったので」
「狂言誘拐を仕組んだというわけだな。卿らしい提案だ」
ロイエンタールほど顕著ではないにしろ、ミッターマイヤーも少々気分が良くなかったせいで、声に棘が含まれる。騙されて気分のいい者などいないだろう。
だがは一人だけ弾むような足取りだった。
「姫様がご無事なら、わたしはそれでいいの」
素直といえば素直な感想に、ミッターマイヤーは毒気を抜かれたように、肩を竦めて苦笑する。
「なるほど……主の安否だけが重要か。忠誠といえばこれ以上の忠誠はないかもな」
「単純なだけだろう」
そう断定したロイエンタールは、しかし肩越しに振り向いた赤毛の青年の視線に、つい足を止める。
「な、なんだ」
「それにしても、随分少ない人数で乗り込んできたのですね」
爽やかなその声色は、どこか上辺だけの響きで上滑りしている。
「オーベルシュタイン殿は事の真相を判っていたのでともかく……ロイエンタール殿とミッターマイヤー殿は、非戦闘員のを連れて、たった四人で乗り込もうとしたわけですね……?」
「なっ!?あ、いや、だが!……いや、確かに己の力を過信していたかもしれんな……」
「待てミッターマイヤー!騙されるな。そもそも早く行くべきだと急かし続けたのはこいつであって、俺たちではな……」
「こ、い、つ?殿下の愛猫を、こいつ呼ばわりですか?」
畳み掛けられて、ロイエンタールは黙り込んだ。
「それからも」
「にゃ!?だ、だって姫様が心配だったんだもの!」
「急がば回れという言葉もあってね……けれど私が一番聞きたいことは、どうして同行者にラインハルト様ではなくロイエンタール殿を選んだのかという話だね」
「ど、どうしてって!」
「姉君を、それはもう君と同じくらい心配して心を痛めていたラインハルト様を選ばずに、どうしてやる気のなかったロイエンタール殿を選んだのか……」
後退りしたは、思わずロイエンタールの後ろに回り込んで盾にした。
「お前っ!」
「お、ま、え?」
キルヒアイスが軽く首を傾げて、ミッターマイヤーは廊下の脇に避けてその視界から外れるように移動する。
「大変な旅だったな」
キルヒアイスの視界から消え失せて、オーベルシュタインの横に移動したミッターマイヤーがそう窓の外を眺めて零すと、魔道士は軽く息を吐き出した。


その後、真相を知った皇帝フリードリヒ四世は娘の心をそこまで痛めていたのかといたく反省し、政務に励むようになった。
事件に関わったものはもちろん咎められることもなく、むしろアンネローゼと共に国を憂いた行動として、オーベルシュタインを始めロイエンタールたちも褒賞金を下賜された。
「騙された上に処罰されてたまるか!」
忌々しげにそう吐き捨てた騎士ロイエンタールは、その後度々黒猫と喧嘩のように言い争っている姿を目撃されている。




エンド2




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