「あ、雪が降ってる。お誂え向きだー」
ふと外を見て窓辺に寄ったの言葉に、かなり遅い夕食後に二、三の仕事の話をしていたラインハルトとキルヒアイスが同時にその背中に視線を送る。
「何のお誂えだ?」
振り返ったは、にっこりと楽しそうに笑う。どうにもそれが何かを企んだ笑顔に見えて、ラインハルトが僅かに眉をひそめた。
「内緒!」


そんなやり取りをしたことなど、ベッドに入った頃にはすっかり忘れていた。
年明けに向けて、年末に雑事が増えることは民間の者も軍務につく者も大差はない。
ラインハルトもキルヒアイスも例に漏れず、忙しく書類に埋れながらデスクで仕事に明け暮れて疲れていた。
どんなものでも仕事を疎かにするラインハルトではないが、身体を動かしたときのどこかしら心地のよい疲労や、知的好奇心を満たすような頭脳労働、というものではなく単純にこなすだけのデスクワークはあまり好きではない。
そのあまり好きではない仕事に埋もれるだけの疲れを癒そうと深く寝入っていた夜中に、突然目が覚めた。
真っ暗な部屋の中で目を開けて、枕元で動く人の気配に気付く。
誰かが部屋に入ってきたから目が覚めたのか。
そう理解したと同時に、ブランケットを跳ね除けて飛び起きた。
「誰だ!」
「ぎゃー!ちょ、ちょっとラインハルト、物騒、それ物騒!」
?」
闇に慣れた目に、両手を上げてホールドアップしたの姿が映る。どうやら彼女の目も闇に慣れていて、ラインハルトが瞬時に枕元のブラスターを手に構えたのが見えたらしい。
ラインハルトが呆れたように幼馴染みの少女の名を呟いて、ブラスターを眠る時の定位置に戻すと、は息をついて両手を降ろした。
「どうしたんだ、こんな夜中に」
おまけに無断で部屋に侵入してくるなんて、いくら傍若無人なにしたって珍しい。
「忙しく働くラインハルトとジークのサンタクロースになろうと思ったのよ」
「サンタクロース?」
聞き馴染みのない言葉に首を傾げると、は肩を竦めてベッドの端に腰掛けた。
ラインハルトがベッドサイドのライトをつけると、揃って少し眩しそうに目を細めたがすぐに灯りにも慣れる。
は真っ赤な上着に白いファーのようなものをつけた服を着ていて、その手に何か包みを持っている。
「地球の古い行事のひとつよ。クリスマスって言って、元々は宗教行事らしんだけど。サンタクロースはその一年をいい子にして過ごした子供の元に、雪の降る夜にソリでプレゼントを持ってきてくれる人のこと。十二月二十五日の朝に子供が目を覚ますと、枕元にプレゼントがあるって寸法なの」
「またお前はおかしな文献を漁ってきたな」
ラインハルトが寝乱れた髪をかき回しながら心底呆れて言うと、はむっと唇を尖らせる。
「いいじゃない、労おうって言ってるんだから!ちょっとくらいお遊び要素を入れたって」
素直に労いだけをする気にはならないのだろうか。
そう言えば「ない」と返ってくることは判りきっていたので、ラインハルトは心の中で呟くだけに留めた。
「はい、ラインハルト。メリークリスマス!」
から手にしていた包みを押し付けるように突きつけられて、半ば呆れながらそれを受け取る。
「プレゼントを貰うのは子供なんだろう?ならお前が貰う側じゃないのか?」
「いいの!日頃の感謝を込めた労いなんだから!家族とか恋人同士とかでプレゼントを贈りあったりするところもあったらしいから、別におかしくないでしょ」
「家族……」
とか、恋人同士とか。
鸚鵡返しに繰り返したラインハルトは、手の中の包みに目を落として、途端に照れが込み上げてきた。
「まあ……そこまで言うなら貰ってやらないこともないが」
ラインハルトの尊大な言い方に、照れているのだと判っているらしくは怒ることなくくすくすと笑って、ベッドに手をつくと下から覗き込むようにして首を傾げる。
「うん、貰って?」
「…………っ」
軽く束ねただけの黒髪がさらりと肩を流れ落ちて、襟元から見えていた肌を僅かに隠した。
だがそのせいで余計にの服の襟刳りが大きく開いていたことに気付いてしまって、ラインハルトは絶句する。
おまけによく見ると、ベッドに腰掛けて揃えた足が素肌を晒していることにも気付く。襟元と同じく白いファーのついたスカートの裾は膝上十五センチといったところか。
「お前っ………なんだその格好は!?」
「え、これ?サンタクロースの女の子版でサンタガールって衣装だって。一地方の流行だったみたいだけど、ものの本に型紙が載ってたから再現してみました」
「ばっ………それは本当に宗教行事だったのか!?」
ラインハルトは慌てて横の椅子に掛けていたナイトガウンを引っ手繰るように取り上げての肩に掛ける。
「こんな格好で夜中に男の部屋に来る奴があるか!」
「男って言ったってラインハルトとジークじゃない。何の問題があるのよ」
あはは、とまったく気にした様子もなく笑われて、ラインハルトはがっくりと肩を落とした。
「……とにかく、こんな格好でキルヒアイスのところに行くのは禁じる」
「えー!せっかくジークにもプレゼントがあるのに」
「キルヒアイスも絶対に気配で起きるぞ。そしてこの格好を見ればこんな夜中でも説教の時間だ。お前はそれでいいのか」
「……よくない」
説教体勢のキルヒアイスを想像して途端に元気を無くしたの返答に、ラインハルトは息をついて頷いた。
「プレゼントがあるなら明日の朝に渡せばいいだろう……普通の格好で!」
「むー……サンタガールは不評だったか。ラインハルトでこれだと、ジークならもっと怖そうだから、今回限りにしとこう」
「そうしておけ。肌の露出が多すぎる」
たとえ相手がキルヒアイスでも、が肌を晒すことは好ましくない。本人が納得したようなので、ラインハルトは重々しく頷きながら内心でほっと息をついた。何しろ相手はだ。納得していなければ、ラインハルトの忠告など聞きはしないだろう。
「でも、部屋に入るだけで起こしちゃうとは思わなかったわ。ごめんね、ラインハルト。せっかく眠ってたのに」
は再びベッドに手をついて下から覗き込んで謝ってくる。それも珍しく、しおらしく気遣うように。
ラインハルトは襟元から覗く肌を見ないように視線を逸らしながら、の肩に掛けていたナイトガウンの前を閉じるように裾を合わせる。
「別にそれは気にするな。……このところ忙しくてずっと構ってやらなくて悪かったな」
急に地球の地方の宗教行事を引っ張り出してきたのは、寂しかったのか暇だったのか……恐らくなら後者であろうが、どちらにしろラインハルトもキルヒアイスも忙しく動き回っていて、あまりの相手をしていなかったことは確かだ。
は目を瞬いて、それからふわりと柔らかく微笑んだ。
「ううん。今構ってくれたからもういいよ。いつもお疲れ様」
そんな風に素直に言葉だけで労ってくれたら、妙な気疲れをせずに済んだものを。
まったく気付く様子のない幼馴染みに、ラインハルトは心の中だけで独り呟いた。






2006年のクリスマスSSでした。
彼女はなんの資料を参考にしたんでしょうか(笑)
当たり前のように彼女が自宅にいるので、恐らく一緒に暮している
のではないかと……恐らくって!(^^;)
ご自由にお持ち帰りいただけますので、持って帰ってやろうという方は
こちらのJava Script版をダウンロードしてください。


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その後のジーク編を追加しました。
ジーク編『サンタクロースのその後』