「と、いうわけでメリークリスマス、ジーク!」
「……どういうわけで?」
十二月二十五日の朝、まだ着替える前のベッドから起き上がったばかりのところで、幼馴染みの少女の訪問を受けたキルヒアイスは脱ぎかけていた寝巻きを着直しながら首を傾げた。
そもそも『メリークリスマス』という言葉の意味からして判らない。
「それにしても早起きしたものだね、。こんな早朝からもう身支度まで整えて」
「だって本当のサンタクロースは夜のうちにきてプレゼントを置いていくんだもの。ラインハルトに止められて朝に持ってきたんだから、せめて寝起き直後くらいには思って時間を測って待ってたんだよ」
「サンタクロース?」
判らない言葉がまたひとつ増えた。
判らないなりに判ったことと言えば、どうやらはなにやらキルヒアイスにプレゼントを持ってきたらしいということだけだ。左手にリボンを掛けた包みを持っている。
とことこと部屋に入ってくると、押し付けるようにして包みを渡される。
「はい、ジーク。メリークリスマス」
「どうして突然プレゼントなんか?」
「あのね、今日はクリスマスの日なんだよ」
さっぱり判らない。
意味が判らず首を傾げるキルヒアイスに、は笑って昨夜ラインハルトに説明したことを繰り返す。
ようやくの行動の意味が判ったキルヒアイスは、同時にラインハルトと同じく彼女の行動の理由も察した。
「このところラインハルト様も僕も忙しくて不在がちだったからね……ごめん、。寂しかったのかな?」
は目を瞬いて、少しだけ赤らめた頬を拗ねたように軽く膨らませる。
「そんな子供じゃないよ。ちょっとつまんなかったから自分で盛り上げただけなの!」
「あと少しこんな状態が続くけど、年が明けて少しすれば時間もできるから、一緒にゆっくり過ごそう」
「年が明けたらすぐにジークの誕生日もあるしね。きっとだよ」
キルヒアイスが手を伸ばすと、は素直に頭を撫でられて少し照れたように笑う。
「ラインハルト様のところには今から?……でもそういえばさっき、ラインハルト様に止められて朝まで待ったって……」
はギクリと肩を揺らして、誤魔化すように弱々しく笑う。
「えへへ……」
俯いて、人差し指同士をくっつけて上目遣いで伺うように見上げるに、キルヒアイスの笑顔が僅かに曇った。
「………まさか、ラインハルト様には夜中に持っていった?」
「だ、だってサンタクロースは夜、子供が寝ている間にプレゼントを届けるんだもん」
「ラインハルト様はお疲れなんだから、休息の邪魔をしちゃいけないだろう」
呆れ返ったキルヒアイスに、は反省してますと小さく呟く。
だが素直に白状したということは、ラインハルトは夜中の訪問を怒らなかったのだろう。
それはそうだ。自分の退屈や寂しさを紛らわせるという名目を付けながら、なりに疲れているラインハルトやキルヒアイスを気遣うつもりがあったからこその行動なのは『日頃の感謝』という言葉に出ているのだから、怒るよりは嬉しかったに違いない。
「ラインハルト様は怒らなかったんだね?」
「うん。ジークと一緒で、構ってやらなくて悪かったなって」
「それならもういいよ。でも次からは気をつけるように。僕もラインハルト様も軍人だ。夜中に誰かが入ってきたら、大抵は目が覚めるものなんだよ」
「うん、判った」
素直に頷いて反省したに、キルヒアイスは渡された包みを手に笑顔に戻る。
「プレゼントをありがとう、。僕もラインハルト様も今夜も遅くなるとは思うけど、今日が君にとってもよい日になりますように」
は嬉しそうに頷いて、また朝食の席でと部屋を出て行った。
渡された包みを手に、キルヒアイスは微かに困惑の粒子の混じった笑みを漏らす。
「……『ジークと一緒で』か……」
どこまでいっても、今の彼女にとって自分とラインハルトは同一の括りになっているらしい。
「ラインハルト様も前途多難だな」
ラインハルトはもう少し素直に、あるいは判りやすく愛情を示すべきだと思う。今のままでは兄代わりのキルヒアイスと変わらない。
プレゼントの包みを開け、彼女の好意に感謝しつつ元帥府に出仕するための着替えを済ませ、朝食に向かうべく部屋を後にする。
廊下を歩いていると、曲がり角の向こうから話し声が聞こえてきて歩く速度を少し落とした。
ラインハルトとの声だったからだ。
「キルヒアイスにもプレゼントを渡せたのか?」
「うん、さっき行ってきたよ。ラインハルトのところに夜中に行って起こしちゃったって言ったら少し怒られたけど」
「また馬鹿正直に」
呆れた口調で、だがラインハルトの声には楽しげな様子が滲み出ていて、角で足を止めたままキルヒアイスはどうしたものかと考える。このまま出て行くべきか、もう少しくらいは二人きりの時間を守るべきか。
「……少し怒られた、ということは昨日のあの格好はしていかなかったんだな?」
なぜか少し声の調子が低く落ちて、警戒しているようなラインハルトにキルヒアイスが角の向こう側をうかがうと、は大きく息を吐いた。
「着てかないよ。ラインハルトで怒られたんだから、ジークの前にあの格好で出たらぐわっとお説教になるって判ったもの」
「よし、それでいい」
恐らく重々しく頷いたらしいラインハルトの返答に、一体どんな格好をしていたんだろうと疑惑が膨らむ中、第三の足音が聞こえて謎が解けた。
「待て!」
ではない誰かを呼び止めたららしいラインハルトに、キルヒアイスは二人きりの時間ではなくなったと踏んで角を曲がる。
並んで歩いていたとラインハルトの背中の向こうで、部屋から出てきたところだったらしいメイドの少女が振り返った。その手には、赤い服が掛けられている。
丈が随分と中途半端で、コートにしては短く上着にしては長い。裾と襟と袖にはには白いファーのようなものが飾られているように見えた。
振り返ったメイドの少女はラインハルトとの後ろにいたキルヒアイスに気が付いて、恐らく三人に向かって頭を下げたのだが、前の二人は三人目の存在にまだ気がついていない。
「それはの服ではないのか?」
「そうだよ。もう今年は着ないから洗ってもらおうかと思って」
メイドの少女より早く答えたに、ラインハルトは頭を振って呆れた声を上げる。
「今年はとはどういう意味だ!?もうずっと着ないのだから捨てればいいだろう!」
「えーでも、せっかく型紙からおこしてもらった特注の品なのにもったいなーい」
「くだらんものを特注するからだ!あんな足を丸出しにする服は二度と着るな!」
「丸出したって、水着ほど丸出しじゃないし」
「水着と平素に着る服は別物だ」
「……あれで、一着の衣装なんですか?」
「そうだ!まったく、夜中に目が覚めたらあんな格好のがいた俺の驚きが判るか、キルヒアイス!」
後ろからの質問に、当然のように答えたラインハルトと、至近距離で怒鳴られて耳を押さえていたは、同時にぴたりと止まった。
そして同時に、恐る恐ると振り返る。
「……キルヒアイス?」
「なるほど、夜中にあの衣装でが部屋に」
「ギャー!出たぁー!!」
「失礼な、人をまるで幽鬼のように」
逃げ出そうとしたの首根っこを掴んだキルヒアイスに、ラインハルトは額を押さえた。
「……諦めろ。自業自得だ」
「じ、自業自得だなんて、そこまで悪いことやってないってば!」
は、自覚がないのが一番性質が悪いね。さあ朝食に行こうか」
「お説教ご飯なんて消化に悪いよ!」
「そうだね。でも朝はそこまで時間がないから仕方ないんだ」
ずるずると引きずられて行く少女と、引きずって行く普段は温厚な人物を呆然と見送るメイドに、ラインハルトは気にするなと手を振る。
「それから、その服は捨ててしまえ。のことは気にしなくていい。俺の命令だったと言えばあいつも咎めはしない」
ラインハルトの命令でなくただの手違いで捨ててしまったとしても、精々「もったいない」と零すくらいだろうけれどそう付け足して、ラインハルトは説教朝食に付き合うべく救いを求める眼差しを向けて後ろ向きに引き摺れて行く少女の後を追った。






拍手でいただいたご意見を参考に、ジークにも
プレゼントあげる小話を付け足してみました。
……予想通りに結果に(笑)
彼女に幸あれ(^^;)


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