フォークに刺したレタスとカリカリに焼いたベーコンチップを一緒に頬張ると、ドレッシングと相まって口の中いっぱいに酸味の効いた味が広がる。
竜堂終はご満悦で並べられた料理を片付けている真っ最中だ。
対面キッチンの換気扇はフル活動しているが、それでも魚の焼ける匂いとハーブソースの香りがリビングを漂う。
その匂いにこれから出てくる料理を想像するだけでも楽しい。
昨日の弁当のメニューは、カシューナッツと海老のチリソース煮をメインにキュウリと春雨ときくらげの和え物や、五目チャーハンのおにぎりなど中華系だった。
本日は宅のマンションまで招待されて、カリカリベーコンのサラダとオニオンスープに手をつけながら、メインの白身魚のハーブソースソテーを待っている。
「お待ち、竜堂!」
「よっ!待ってましたー!」
メイン用のフォークとナイフに持ち替えて、終はカチンと一度音を立てて合わせた。
「いいなぁ、この濃厚なハーブソース。魚の身も解しやすいしソースとよく絡んで最高っ」
満面の笑みで舌鼓を打つ終の正面に座って、もにこにこと楽しそうに笑っている。
「じゃあ今日の料理は合格点かな」
「うん、の料理の中でも、オレのランクではかなり上だ」
「うーん……なるほど」
「なに?」
付け合せの温野菜にソースを絡めていた終が顔を上げると、正面では腕を組んで少し首を捻っていた。
「ん?ああ、いやこっちの話……ほら、竜堂のランク付けを聞いてると、おれって洋食向きかなあと思ってさ」
「そういえばどのジャンルで修行したいのか、まだ決まらないって言ってたっけ。なんでもいいから料理人になりたい!ってそんなもんなの?その世界」
「さあ、人によるんじゃないか?ここの店の料理で感動して、とかだったらその店の分野の料理人に憧れるだろうし。ケーキが好きだからパティシエ志望とかだってあるだろうし」
「じゃあはなんで料理人になりたいんだ?そういや聞いたことなかったな」
メイン料理もペロリと平らげた終に、はすぐに席を立ってキッチンへ向かう。
「本日のデザートは三色ムースのアイスクリーム添えだ。上からストロベリー、カスタード、チョコレートのムースを重ねて冷やしたもので、添えてあるのがミントアイス」
「ふーん、色鮮やかー」
大き目の皿の中央に並んだムースとアイスクリームには少量のフランボワーズソースが掛かっている。
の説明に頷きながらスプーンを入れた終は、にんまりと笑った。
「このふわふわとしたスプーン通りのよさがムースの楽しみだよな……と、うん、美味い!ムース自体はちょっと甘めだけどアイスがミントでスッキリするからいいな」
「……竜堂って本当に美味しそうに食べてくれるよなあ……」
「不味いって言うときもあるぞ」
「嘘で美味いと言われても困るだろ、試食人。それに、それはそれでいいんだ。だってさ、そのほうが、美味しいって言ってもらえた時に達成感があるだろ?」
「そんなもんかね」
「そんなもんだよ」
本日は当たり日と腹を擦っていた終は、食べ終えた皿を片付け始めていたにさきほどの質問を思い出した。
「そういや、結局が料理人を目指した理由ってなんだよ」
「うん、だからその達成感」
「は?」
「食べてくれた人の美味しいって笑顔を見ると楽しくなるんだ。おれの母親はバリバリのキャリアウーマンでさ、家事とか全然やらない人なんだ。それでなんとなく自然に小さい頃から包丁を握るようになったんだけど、ガキが作るものだから当然、最初はものすごく不味いわけだ。そしたらうちの母親は正面から『不味い』っていう人で」
「こ、子供が作ったものを?」
終はあまり母親という存在の記憶がない。父親の記憶もないが歳の離れた長兄が家長として常にリーダーシップを取っていたので、よりイメージが難しいのは母親だ。
従姉の茉理がそれに少しは近いのかもしれないが、彼女のイメージでは小さな子供が一生懸命作ったものを「不味い」というはずがない。
引きつった終に気付いているのかいないのか、腕を組みながら思い出すようには天井を見上げる。
「不味いと眉をひそめられ続けること苦節何ヶ月……ひょっとしたら一年くらいはあったかな、初めて美味しいって言ってもらえてさあ、あの時の笑顔にもうそれまでの努力が一気に報われたんだよ。それからかな、本当の意味でおれが料理に目覚めたのは」
「……って」
実はマザコン?と言いかけて終は慌てて飲み込んだ。大事な料理人を怒らせるつもりはない。
「……今、マザコンって言いかけただろう……」
「ぶるぶるぶる!そんなことないって!」
慌てて首を振りながら否定する終に、は空になった皿をキッチンに運びながら息をついた。
「あの人は切っ掛けにはなったけど、それだけだよ。別にあの人の笑顔が見たいんじゃなくて、おれの料理を食べた人の『美味い』っていう笑顔が見たいんだ」
使用した皿を流し台に置きながら、湯気が立ち始めた薬缶を指差した。
「ところで竜堂、食後はコーヒーと紅茶どっちだ?」
「今日はコーヒー気分かな」
「よし、じゃあこの間手に入ったとって置きの豆をご馳走しよう」
「へえ!どんなの!?食後の飲み物まで凝ってるなあ」
興味津々で身を乗り出す終に、は小さく苦笑する。
散らかすように食べるくせに、終ほど美味しそうな表情に豊かな人はそういない。
「竜堂は最高の試食人だよ」
「え、そう?いやあお褒めに預かり光栄だね」
恐らくまったく意味が判っていないままに照れたように答えた終に、笑いを堪えて挽いて置いていたコーヒー豆を取り出した。







「笑いかける極上の表情」
配布元:capriccio


サイト開設一周年感謝企画第七弾小話でした。
わりとスタンダードな話になったかと。
企画に乗じて彼の家庭環境を一気に出すつもりが何故か小出しに。

お持ち帰り自由ですので、よろしければお持ちくださいませv