キルヒアイスがラインハルトの私室を訪れた時、テーブルの上には三次元チェスが展開されていた。
「チェックメイト」
「え、また!?」
慌てて盤面を見上げたは、唸りながらじっくり悩んで、やがて諦めたようにガクリと肩を落とした。
「あー……もう、これで連敗記録何回目よ!」
「お前が弱すぎるんだ」
ラインハルトは軽く肩を竦めて、入ってきたキルヒアイスに目を向ける。
テーブルの傍に歩み寄ったキルヒアイスは、その盤面に眉をひそめた。
「……、面倒がっていないで、せめてもう少しくらいは定石を勉強してから勝負を挑まないと、ラインハルト様には勝てないよ」
キルヒアイスの苦言にラインハルトが軽く吹き出して、髪を掻き毟っていたが恨めしそうに見上げてきた。
「こいつはなキルヒアイス、ちゃんといくつかの定石は覚えてきたんだ。だけど中盤以降になると、そこからどう動いたらいいのか判らなくなるんだ」
「……なるほど」
いかにも駒の動きを理解ではなく、記憶しているだけという素人らしい話だ。
「艦隊司令官にチェスで勝とうっていうのが甘いのかしら……」
「そうでもないよ。チェスは所詮ゲームだからね。艦隊戦シミュレーションよりも簡易だし、ラインハルト様は本当はあまりこういうゲームは強くない。弱くもないけど」
「あ、キルヒアイス!余計なことを言うな!」
今度はラインハルトがむっと眉を寄せ、は意外な思いで幼馴染みを見上げた。
「でも戦略ゲームだよ、これ」
「そう、だからゲームだろう?ラインハルト様は生来負けず嫌いだから、ゲームでも弱いということはないけど、ゲームには決められたルールがあるからね」
「それではまるで、俺が戦場では奇抜な真似ばかりしているように聞こえないか?」
腕を組んで背もたれに身体を預けて顎を上げるラインハルトに、キルヒアイスは苦笑して首を振る。
「そういうつもりはなかったのですが。むしろラインハルト様の戦法は正攻法が多いですから。、奇策というのは派手だけど、賭けだということも覚えておかないとね」
どうしてそんなところにあるんだと聞きたくなるような場所にあるのクィーンを指差してキルヒアイスが苦笑すると、は苦虫を噛み潰したような顔になる。
ふたりして交互に不機嫌になるので、キルヒアイスは可笑しくて仕方が無い。
「ラインハルト、もう一番!」
「お前の相手は疲れた。キルヒアイスに教わってからもう一度挑戦してこい」
「じゃあジークとラインハルトの勝負を見せてよ。勉強するから」
「なに……?」
ラインハルトが僅かに嫌そうな声を上げる。
キルヒアイスは笑いを堪えて手で口を押さえた。
ラインハルトとキルヒアイスの三次元チェスの勝負の結果は、キルヒアイスのほうが僅差ではあるが勝率が高い。
の前でゲームとはいえ、負けるところは見せたくないのだろう。
「私は構いませんが……」
「む……それなら俺も構わない。、キルヒアイスに場所を譲れ」
先にキルヒアイスが勝負を受けてしまうと、負けず嫌いのラインハルトは退くという選択肢を持たない。
これもまた、ゲームゆえのこと。現実の戦場ではときに退くことが重要なのは当然だ。
もっとも、たとえ現実でも本当の戦場ではなく個人的戦い……例えばフレーゲルが相手の時などは、ラインハルトは結局退かないことも多いけれども。
が自分の座る椅子を引っ張ってきてテーブルの横に座ると、始まった勝負をじっと眺めている。
どうやらラインハルトに負け続けていることがよほど悔しいらしい。真剣に観戦から何かを吸収しようとしている。
本当は、どうしてこんな駒の流れになるのかを解説してやりながらのほうが身につくのだろうけれど、そうするとラインハルトとの勝負の邪魔になる。
解説は勝負の後にまとめてやるほうがいいだろう。
負けず嫌いで、退くことを善しとできない似た者同士。
真っ直ぐに三次元に浮かぶチェス盤を睨みつける二人の幼馴染みに、キルヒアイスは小さく笑った。







「誰よりも真っ直ぐを見る目」
配布元:capriccio


サイト開設一周年感謝企画第一弾小話でした。
負けず嫌い二人は似た者同士で、退くことを知らないという話(^^;)
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