は石になる魚を知っている?」
ナルサスのお供としてアルスラーンの元に書類を運び込んだは、主君の楽しげな質問に目を瞬いた。
「石になる魚、ですか?」
アルスラーンが振り返ると、エラムが何かを包んだ布を机の上に置く。
石のような重く低い音が響いた。
「グラーゼが持ってきてくれた物なのだけど」
両手で抱えるほどの石の中央に太い縄のような盛り上がりが走っている。
先ほどまで、アルスラーンはギランの商人グラーゼや彼が連れてきた商人たちから、旅の空や他国の話を聞いて、楽しみながら異国の文化を学んでいた。
ナルサスはアルスラーンに同席する役目をエラムに命じ、代わってに自分の補佐を命じた。
ほとんど国内から出たことのないエラムには他国の生の話はためになるが、元々旅芸人のには今更必要ないだろう、というのがその理由だ。
反論の余地もない。
かくしてただでさえ南のギランの気候の暑さに辟易していたのに、ナルサスの書類仕事の補佐、という慣れない仕事に扱き使われて疲れ果てていたは、楽しげなアルスラーンの笑顔に癒されながら、現れた石を見てあっさりと答えた。
「肺魚ですね」
「これも知ってるの?」
せっかくを驚かせることができると思ったのに、とアルスラーンは残念そうに椅子のクッションにもたれた。
「やはりエラムをお付けして正解だった。おぬしが相手では、商人たちも話し甲斐がないことだろう」
ナルサスが顎を撫でてにやにやと笑い、は己の失敗を悟る。
今後、同じ状況の度に必ずエラムが王子に付き、は苦手な書面仕事を手伝うことになる。知らない振りをすればよかった。
「ナルサス様、この魚がまだ生きてるとは本当のことですか?」
アルスラーンの後ろに控えていたエラムは、グラーゼ船長を疑うわけではないですけれど、としっかり疑っている様子で師に伺う。
グラーゼの人となりが信用ならないというわけではないが、話を面白可笑しくするためならある程度の誇張と嘘を惜しまない人物であることは、アルスラーンの近侍の誰もが認めるところであるから無理もない。
「うむ……どうだ、?」
ナルサスは知っているくせに、自分では説明をせずにに話を渡してくる。
軽くナルサスを睨みつけたが、アルスラーンの視線も受けて仕方なくは水差しを指差した。
「その魚は乾季を乗り切るため……いわゆる夏眠で繭になっているだけですから、充分な量の水に浸けると元の姿で元気に泳ぎます」
「では本当に生きているのか。強い命だ」
「グラーゼ船長も繭と言っておられましたけど、やっぱりどう見ても石ですよね」
エラムが軽く叩くとこつこつと固い音が聞こえた。
「潤いがまったくない状態で雨季まで乗り切るための姿ですもの」
「ダリューンたちはこの魚のことを知っているかな?」
「さて、どうでしょうか。せっかくですから黙っておいて、目の前で魚に戻すと驚くやもしれませんな」
意地悪い提案をするナルサスには呆れ返るが、アルスラーンとエラムの少年二人は驚いて目を瞬いた後、それは楽しいかもしれないと微笑み合う。
は計画を立てる男三人に呆れながら、けれどいつも生真面目なアルスラーンが悪戯小僧のような一面を見せたことに嬉しくなって、その光景を微笑ましく見守った。






残暑お見舞い申し上げます。
夏の季語「夏眠」を使った話でした。
夏眠とはそのまま、冬眠の夏バージョンのことだそうです。
寒さでなくて、暑さや渇きを越せないので眠りにつく、という。
お持ち帰り自由ですので、よろしければお持ちくださいませv