「女ってやつは、雷が鳴ったり風が荒れたりしたとき、何だって枕に抱きついたりするんだ?」 かつて酒の席で酔って友人にそう漏らすと「そりゃ恐いからだろう」という、今になって考えると常識的な答えが帰ってきたものだった。 「それなら枕が助けてくれるわけでもあるまいに、俺に抱きつけばよいものを」 当時は納得できずそう返して、会話の流れでいつの間にか殴り合いの喧嘩になったらしい。 らしい、というのは口論の途中で記憶が途切れているからだ。翌朝目が覚めたとき、身体の節々が痛んだのでそう推測したわけである。 とにかく、ロイエンタールは女性の大半は雷を恐れるものだと思っていた。 だからわざわざ、雷鳴の轟く大雨の日に自邸には寄らずに馴染みの生意気な少女の邸へと赴いたのだ。 空に稲妻が走り、轟音が鳴り響くたびに、邸内には確かに女性の悲鳴が上がっていた。 部屋の外から、細い声で。 邸のメイドたちは悲鳴を上げて雷に怯えているのに、本来の目的の少女はのうのうとした態度で、夕食後のデザートのコーヒーとケーキに舌鼓を打っている。 自邸なのだから寛いでいて当たり前なのだが、ロイエンタールはどうも納得がいかない。 「おい」 「なに、食べないの?」 ロイエンタールの前には、ワインと一緒にチョコレートケーキが並んでいた。誰が食べるか。 「……欲しければやる。それで、お前は雷が恐くないのか」 ロイエンタールが我慢できずにそう切り出すと、同時に上手い具合に雷鳴が轟く。 だが、フォークを片手に喜んでチョコレートケーキの皿を引寄せていたはきょとんとして目を瞬いた。 それも、雷にではなくてロイエンタールの質問に驚いただけだろう。部屋の外からは悲鳴が聞こえるのに。 「別に。家の中だし」 「だが」 一際大きな光が瞬き、窓硝子が震えるような轟音が鳴り響いた。同時にふっと邸内の灯りが一斉に消える。 割らんばかりの勢いで窓硝子を叩く雨。 突然消えた電灯。 女性が怯えるには、これ以上ないくらいの舞台が整った。 遠くに聞こえていた悲鳴が一層大きく聞こえて、今度こそも怯えたに違いないと、飛びついてくる衝撃に構えたロイエンタールだが、一向にその気配はない。 「……おい?」 「んぐ……ん……なに?」 今、は飲み込んだ。何かを確実に嚥下した。 ということは、何かを食べていたということだ。 この暗闇の中で。 「……お前は……」 カッと稲光が部屋の中を照らし出し、チョコレートケーキをフォークで切るの姿を浮かび上がらせた。 「こ………この闇の中で……まだ食っているのか!?」 「えー、でも雷が落ちたせいの停電でしょう?何が出来るわけでもなし、復旧を待つしかなくて、うちなら自家発電ができるから、もうちょっとしたら切り替わると思うけど」 そういう意味じゃない! そう怒鳴りつけたい思いをぐっと飲み込んで、膝の上で拳を握る。 闇の中でもぐもぐと咀嚼する音が聞こえて、ロイエンタールは今度こそ頭を抱えた。 雷を恐がらない女性だっているだろう。 だがこの図太さはいくらなんでもどうなんだ!? 少々のことならばともかく、外は庭先に落雷したのではないかというような轟音と、家屋に閉じ込められたと思うような大雨。 そんな状態なら、少しは不安がっている姿を見せるとか……いつも意地を張ってばかりの気の強さが鳴りを潜めて、怯えて頼ってくるとか……そういうこともあるかと……つまりはしおらしく怯えた少女を慰めてみたかったのだ。 たったそれだけのことだ。 「それで、今日なんでうちに来たんだっけ?」 今その話題を振るな。 ロイエンタールは闇の中で額を抑えながら、この少女を相手に夢を見ていた自分を悟られない理由を捻り出すことに苦心していた。 |
残暑お見舞い申し上げます。 夏の季語「雷」を使った話でした。 別にロイエンタールは悪くないと思います。 ちょっと夢見ただけなんです!(笑) 子供の頃ならロイエンタールの希望通りに怯えていたのに(^^;) (↑拍手小話「正しい長夜の過ごし方」) ご自由にお持ち帰りいただけますので、持って帰ってやろうという方は こちらのJava Script版をダウンロードしてください。 長編TOP |