十二月二十三日。 今にもやみそうな雪が降る夜、街灯に照らされた道を一人で歩いているのが空しい。 「つまんない……」 さっきまでは友達と騒いでいたからよかったけど、帰り道になると途端に忘れていた寂しさが込み上げてきた。雪でぬかるんだ道が歩きにくくて、ますます憂鬱だ。 毎年クリスマスイブは女友達で寄り合ってクリスマスパーティーを楽しんでいたけど、今年はみんな揃ってこう言った。 「今年は念願の彼氏ができたからイブ当日は遊べないの!ごめんね!」 ……おかげで友達同士はイブイブでパーティーということになったのだ。なにもいきなりみんな揃って彼氏ができなくたっていいのに、と友達甲斐のないことまで考えてしまう。 なによ、イブイブって。 「それは、クリスマスなんだから彼氏が優先なのは当然だし、友情パーティーは今日やったからいいんだけどさ!」 おまけに、あんたもさっさと彼氏作りなよ……とまで言われた。 「恋人はいるけど逢えないんだもん!」 とは言えないので、曖昧に笑うことしかできなかったのだけど……結局、要は羨ましい。 「去年まではクリスマスなんて、騒ぐ口実以外のなにものでもなかったのに……」 今年はすごく寂しい。 有利がいるんだから、それで寂しいと言うのも贅沢なんだけど。 我が侭って言い出すと際限がないと自分に呆れながら歩いていて、雪の溶けた泥混じりの水溜りで足を滑らせた。 「ギャー!ちょ、たんまっ!」 ドジを嘆くよりとにかく受身を取ろうとして、それが転んだわけじゃないことに気がついた。 「水溜りでスタツア!?」 向こうに行くのはいいけど、これは帰ってきた時が悲惨そう。 と、そんな苦悩は眞魔国に着いたとたんに一気に吹き飛んだ。 「お帰り、」 あちらに着いてすぐ目の前に、すごく嬉しそうな笑顔のコンラッドがいたから。 「ただいま」 水に浸かったままで寒かったけど、表情は勝手に笑顔になる。だってさっきまで逢えなくて寂しかった人に、いきなり逢えたんだからこんなに嬉しいサプライズプレゼントはない。 ありがとう、眞王陛下! 「手を。早く上がって」 「うん」 差し出された手を握ったら、力強く引き上げられた。さっきから何か流れを感じていたけれど、振り返るとわたしがスタツアしてきたところはどこかの川だったらしい。 「ああ、可哀想に。こんなに冷えて」 横に置いていた大きなタオルでわたしを包んで、更にコンラッドが包み込むようにして抱き締めてくれる。 「待って、コンラッドまで濡れちゃう。寒いでしょう?」 そんな殊勝なことを言いながら、久々のコンラッドの抱擁が嬉しくてこれっぽっちもやめて欲しいと思ってないあたりが、わたしって本当にダメだ。 「いいんだよ。俺の熱をに分けたいんだから」 そんなわたしの内心に気付いているのかいないのか、コンラッドはますます強く抱き締めてくれる。 ああ、幸せ。 もう一度、呼んでくれた眞王陛下に感謝したくなったところで、抱き締めていた腕が緩んだ。けど寂しくなる間もなく、タオルに包まれたままでコンラッドに抱き上げられる。 「近くの小屋に火を焚いているから、すぐに着替えて暖まってくれ」 コンラッドはわたしを抱き上げたまま、足場の悪い川べりを驚くほどの早さで抜けて、そこからさらに少し離れたところにあった小屋まで早足で移動した。 コンラッドが前もって火を焚いてくれていた小屋の中はほんのりと温かくて、でもまだ寒い。 「これに着替えが入ってる。外で待ってるから着替え終わったら呼んでくれ」 差し出された袋を受け取ると、コンラッドはすぐに反転して扉に向かった。つい、手が伸びる。 「……?」 後ろから服を掴まれたコンラッドはわたしの予想外の行動に驚いたようで、身体を後ろに傾かせたまま軽く首を捻って振り返った。 「あの……あのね、外は寒いから、ここにいていいよ」 本音を言うと、ここにいて欲しいだったりして。 だってせっかく逢えたのに、すぐにいなくなっちゃったら寂しい。少しの間なのは判っているけど、それでも。 コンラッドは驚いたように目を瞬いて、しばらく沈黙してからようやく口を開いた。 「いや、でも」 「でもドアのほうを向いててね。振り返っちゃだめだよ」 掴んだ服をぎゅっと握って、手を放しそうにないと見たのかコンラッドは苦笑して捻っていた首を元に戻した。 「はいはい、判りました。お言葉に甘えるよ。だからもすぐに着替えてくれ。風邪でもひいたら大変だ」 そろりと手を放してもコンラッドが動かなかったので、安心して渡された袋を探る。 中には馬に乗る時にわたしが好んで着るパンツルックの一式が揃っていた。 「馬に乗って帰るの?」 「そう。……ここは国境なんだよ、。さっきの川を越えると他国の領土になる」 「え!?」 いつも王都周辺に出ていたから驚いてコンラッドを振り返ると、手持ち無沙汰そうに左手は剣を弄って、右手は腰に当てていた。 「手違いでが国境に出そうだと聞いて慌てて馬を跳ばしてきたんだ。かなり正確な位置まで教えられてはいたけど、実際にを見つけるまで気が気じゃなかった」 なるほど、コンラッドのあの嬉しそうな笑顔は、安心した顔だったのね。 コートはともかく、濡れたセーターとシャツは非常に脱ぎにくい。苦労して冷たい服を剥ぎ取って、服と一緒に入れてあった乾いたタオルで身体を拭く。 「この時期のこの地方は寒さが厳しい。どちらの国の民も川沿いからは移動して人気がないから、早く見つけないとが凍えてしまうと心配していたんだ」 「でもコンラッドは出てきたところに居てくれたよ」 きっと愛の力だとか心の中で喜んでいたけど、はたと別のことが頭に浮かんだ。 「そうだ!有利は!?」 わたしと有利はいつも前後してこちらに呼ばれる。出現地点まで一緒のことは滅多にないとはいえ、わたしが流されたなら有利はどうなっているんだろうと焦ったけれど、コンラッドは軽く肩をすくめるだけだった。 「大丈夫、陛下は王都にお出ましになるはずだ。ヴォルフとギュンターが血盟城で待ってる」 「よかった」 有利が寒空でひとり凍えて震えているなんてことになったら大変だ。大丈夫と保証されて安心すると寒さで身体が震えて急いで服を着た。 脱いだ濡れた服を袋に詰めて、コンラッドの背中にもういいよと言おうと口を開いた。 だけど何も言わずに、コンラッドなら二歩、わたしなら三歩の距離を弾むように詰めて、後ろから抱きつく。 「もういいよ、コンラッド」 「っ……」 驚いたように首を捻って見下ろしてくるコンラッドを笑顔で見上げる。 「着替え終わったよ」 思った以上に驚かせてしまったのか、コンラッドはゆっくりと詰めていた息を吐き出して、わたしの頬に触れた。 「どうしたのかな、今日はずいぶんと甘えて」 「……判っちゃう?」 「うん、すごく嬉しいけどね……」 コンラッドは苦笑しながら、抱きついていたわたしの手を解いて身体ごと振り返った。 「少し、困るかな」 「困るの?」 ベタベタしすぎて迷惑だったかな。 少しだけ悲しかったけど手を引こうとしたら、逆にコンラッドに引っ張られて腕の中へ。 「逢いたくてたまらなかった恋人に、そんなに甘えられたら、男としてはいろいろとね」 ぎゅうっと痛いくらいに抱き締められて、その温かさに嬉しくて頬を摺り寄せる。 わたしが日本で逢いたくて寂しいと思っていたとき、コンラッドも逢いたいと思ってくれていたんだと、それが嬉しい。 「ねえコンラッド、ここから王都までって何日くらいで着く?」 「二日ほどだな。明後日の日暮れには血盟城に入れるよ。……早く陛下にお会いしたい?」 「そうじゃなくて……」 二日か。日本に帰ったら日付はまだ二十三日だけど、それとは分けて考えると今日、明日、明後日で二十五日に血盟城に到着……。 「えっと……実はあっちの今日の日付が十二月二十三日なの」 「十二月二十三日……ああ、クリスマスの時期か」 少し考えただけでコンラッドはすぐに気が付いた。さすがアメリカ帰り。 「なら、ギリギリ二十五日には陛下にお会いできるよ」 「え!?あ、そ、そっか」 ボケていた。クリスマスが恋人同士のイベントでもあるのは日本の、それもごく最近の習慣でした。他の国は家族のイベントだったよね。 「あの、そうじゃなくて」 散々甘えていて今更これくらいの説明でどうして照れるのか自分でも謎だけど、首を傾げるコンラッドの顔を見ていられなくて、俯きながらボソボソと呟くように言う。 「に、日本では、恋人同士で過ごす人も、多いんだよ」 小屋の中が静かになって、ひょっとして小声すぎて聞こえなかったかな、と不安になった頃にそっと頬を撫でられた。 コンラッドが少し身体を屈めて、抱き寄せていたわたしの耳に直接囁くように小さな声で告げる。 「なら、ゆっくり帰ろうか。王都には、三日後に着くように」 「……うん」 甘い声にくらくらしながら、幸せに浸って頷いた。 ほんの少し前までの気分が嘘のよう。 今日呼んでくれて、本当にありがとうございます、眞王陛下! |
2006年のクリスマスSSでした。 珍しく眞王が彼女に感謝されました。 サプライズプレゼントをくれたのは眞王陛下でした、という話(^^;) お持ち帰り自由ですので、よろしければどうぞお持ちくださいませv |