右からも左からも、前からも後ろからも悲鳴が飛び交う中、解け掛かっていた茶色の髪を束ねる組紐を、景気よく解いて溜息をついた。
「あーあ……」
「どうした、?」
隣に立つ同じ色の髪を持つ青年が、気付いたように見下ろしてくる。
ちらりと視線を向けると、まだ完全に敵を掃討できたわけでもないに、既に剣を収めている。
だがそれも、今まで戦っていた山賊たちは目の前で起きている超絶な魔術を見てパニックに陥っていて、もはや戦いになどならないから問題はない。
「ユーリのやつ……いつもながら悪趣味な……うわっ、み、みみ見ろ!腐りかけの巨人から、腐りかけの小人が出てきた!」
パニックというほどではないが、気持ちが悪いのかそれともひょっとして楽しいのだろうか。
金の髪を揺らして見目麗しい弟が袖を掴んで思い切り引っ張ってきた。おかげで結び直そうとした髪がまた散らばった。
「ちょっとヴォルフ……」
「ところで今週のびっくりなんとかメカとはなんだ?今週ということは、来週があるのか!?」
異世界から来た婚約者の言葉を、同じ世界で育った身である姉に聞くのはやめて欲しい。
判らないに決まっているのだから。
弟とは反対側の隣に立つ兄は、くすくすと楽しそうに笑いながらの手から組紐を抜き取った。
「俺が結んであげよう。は存分にヴォルフに付き合ってあげるといい」
「コンラート……」
再び溜息をついたものの、魔王の作った懲罰用の土人形が動くたびに独特の匂いが周囲に放散して、吐息はあまり息を吸わずに済むよう小さなものだった。
「陛下……よりによって堆肥を使わなくても」
山賊たちは腐った土で出来た大量の小人にたかられて甲高い悲鳴をあげている。何人かは口の中にまで土が入り込んで悲鳴も上げられない。まさに地獄絵図。
「成敗!」
審判の言葉と共に魔王の手が振り下ろされると、山賊たちの上に堆肥で出来た巨人が降り注いでその重みに押し潰される。一人も逃さず一網打尽に捕らえることに成功した。
「ユーリ!」
懲罰が終わったとみるや、先ほどまで袖を引いていたはずの弟は、目にも止まらぬ速さでいつものごとく倒れかけた婚約者の下へ駆けていく。
「いいなあ……」
「なにが?」
後ろに立って髪を括ってくれていたはずの兄が横を通り過ぎて、主の下へ歩きながら振り返って訊ねてきた。
目を瞬いて髪に手を掛けると、綺麗に編み終わっている。
一人取り残されそうになって慌てて兄と弟を追って足を進めた。
「ヴォルフがいいなあって言ったの」
追い越しながら呟いた言葉に、兄は後ろから驚いたように肩を掴んでくる。
「……、ひょっとして」
「瞬発力があって。若いっていいなあ」
続けてそう溜息をつくと、兄は明らかにほっとしたような雰囲気で掴んでいた肩を離した。
でそんなことを言っていたら、俺なんてどうなるんだ」
それに母上なんて怒るぞ、と笑いながらの背中を軽く叩いて速度を上げ先に行く兄を見送って足を止める。
見目麗しい弟は倒れて堆肥まみれになった婚約者を揺らし、均整の取れた体格をした兄は名付け子を抱き起こす。
「いいなあ……」
ふたりは、それぞれ魔王ユーリの特別な存在だ。
兄は仕方がない。
眞王からの名指しで王の魂を護る役目を仰せつかり異世界まで飛んだのだ。
弟が、羨ましくて仕方がない。
三度目の溜息をつくと、は踵を返して宿を取っている村へと引き返し始める。
堆肥まみれになってる主のために、湯浴みの用意をしておくべきだろう。山賊たちは堆肥の下敷きになって動けないから、主を落ち着けてから改めて拘禁すればいい。
「ヴォルフは可愛いものね……」
異世界から来たばかりのユーリの求婚劇はも傍で見ていた。過ちと勢いであったことは知っていたけれど、その婚約は今でも生きていて、つまりはユーリもまんざらではないのだろうと、そう思うとまた溜息が漏れる。
公平で、実直で、不器用で、だけど優しくて、誠実な王。
ただ主としてのみお慕い申し上げれば、それでよかったはずなのに。
「……ああ、だめだだめだ。だめな姉だわ、私って」
反省の言葉を繰り返して、それでも結局は弟が羨ましい。







有利の誕生日便乗に唐突な短編でした。
コンラートの妹でヴォルフの姉ということで、外見的には18、9の20歳前くらいかと。
弟が可愛いのは二人の兄と同じ。だけど羨ましくて仕方がないのは本音。
それほどに眩しく魅力的な弟の婚約者、という構図でした。
有利と全然絡んでませんが有利夢と主張してみます。


「眩しくて、羨ましくて」
配布元:自主的課題


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