「おかーさん!浴衣出して、浴衣!」
家に駆け込むと同時に大声で喚きながら、わたしはバスルームへ直行した。だって時間が
ないし!
本日、チームの練習が終わったあとに村田くんがした提案で、有利くんと一緒に花火大会
に行くことに。
村田くん、神様!!
おまけに有利くんも、わたしが行くなら祭りに行こうだなんて言ってくれるし!
有利くんのことだから他意がないのは判っているけど、嬉しいものは嬉しい。
お祭りに行くなら動きやすい服がいいかなとも思ったけれど、やっぱり夏とお祭りと花火と
くれば浴衣だよね。
有利くんから「可愛い」とか「似合ってる」とかなんて言葉を期待できるとは思ってません
とも。だってまだただの友達だし。
でも普段のチーム練習のときは汚れることが前提の格好なんだから、こういうときくらいは
目一杯おめかししたいのが女の子だと思うのです!
待ち合わせまでの時間と、浴衣で歩く速度を考えると無駄な時間は一秒たりともない。
急いでシャワーを浴びてお母さんのおさがりの浴衣を着せて貰って、髪をセットしてごくごく
薄く紅だけ引くくらいの化粧をして、家を飛び出した。



お母さんのおさがり浴衣は、地色が若草色で白い大ぶりの花が散っている柄のものだった。
帯はオレンジ色で、髪は若草色のちり緬のリボンがついたバレッタでまとめて、巾着は帯
に合わせてオレンジ色のちり緬生地のものだ。
待ち合わせ場所の駅につくと、慣れない浴衣で歩いてさっそく着崩れてなんていないかと
チェックしていると、有利くんと村田くんはほぼ同時にやってきた。
「やあ、さん早いね。わあ、浴衣かあ」
「悪い、遅れたかな」
「ううん、わたしがちょっと早く着いただけだから」
「そう?じゃあまず会場に行くか」
にこにこと笑顔の村田くんの横で、歩き出そうとした有利くんはうっと突然脇腹を押さえた。
「なんだよ村田……」
有利くんはぎゅっと眉間にしわを寄せてぶつぶつと文句を言いながら、並んで歩くわたし
を見下ろして頷いた。
「それにしても……うん、の格好、いいな」
「え!?」
やっぱり有利くんにはスルーされたかと、諦めた苦笑を浮かべていただけに、突然の言葉
に驚いて変な声を上げてしまった。有利くんの向こうで村田くんまで目を瞬いている。
「あ!へ、変な意味じゃないって!ほら、綺麗な緑が人工芝じゃなくて天然芝の色に近い
だろ?」
「………天然、芝?」
「そう。人工芝だって長所はあるけどさ、やっぱりおれとしては天然芝の球場でプレーして
みたいよなあって……あれ、二人ともどうかしたか?」
「う、ううん……別に……」
さ、さすが有利くん……フェントが得意なのね……。
わたしが思わず漏れかけた溜息を無理やり飲み込むと、有利くんの向こうで村田くんが
力なく笑った。
「よく似合ってるよ、さん」
「……ありがとう」
村田くんは本当に気配り屋さんだ。
「え、そんな簡単な感想でいいの?」
「え?」
驚いたような有利くんの声に視線を戻すと、急に赤くなって両手を振る。
「いや、なんでもない、なんでも!あ、まず腹ごしらえするか」
有利くんはそそくさと一軒目の屋台に走っていった。
「……なるほど、渋谷なりに知恵を絞った結果だったのか……」
個性的すぎて判んないよねー、と村田くんに同意を求められて、よく判らないまま頷いた
ような、首を傾げたような中途半端な動きをする。
「君たちホント、似た者同士だよ」
村田くんは、肩をすくめて息を吐いた。





「若草色が似合うと、笑った」
配布元:capriccio

第9回拍手お礼の品です。
「鈍くて甘い」から続いている話です。
鈍いにもほどがある有利が相手ですが、どっこいどっこいの二人(^^;)
根気強く付き合ってくれている村田はとってもいい人だと思う……。

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