「夏と言えば……」 「甲子園、それからペナントレースまっさり!」 「違うだろ渋谷!海にプールに夏祭りだよ!」 「海とプールはどこかカブってないか?」 「どうしてそう細かいところは気にするのかな……」 今日の練習が終わり、チーム全員で後片付けをしていると突然村田がまたおかしなことを 言い始めた。 夏といえば野球。野球小僧にはこれこそ常識だろうと胸を張ると、それは一部の話だと首 を振られた。 「だよね、さん」 「え?」 村田がおれの肩越しにいきなりを話に引き込んだ。 振り返ると、三塁ベースを運んでいるところだったらしいは、話し掛けられた拍子に バランスを崩してたたらを踏んでいる。 「おっと」 手を伸ばしての肩を掴んだ。うわー、女の子の肩って薄いなー。ヴォルフラムなんか 見た目は可愛いけど、やっぱり触ったときの感触が女の子は全然違う。 「あ、ありがとう」 「いや、気をつけて。あー、ベースは重いだろ。貸して、おれが運ぶよ」 がちょっと恐縮したようにお礼を言ってきて、おれも慌てて取り繕った。いや、あの、 だってひょっとして、肩の触り方がセクハラっぽかったのかと……。 「大丈夫!平気!ちょっとよろけただけだから!」 は両腕で三塁ベースをしっかりと抱え直して首を振った。相変わらず元気がいいなあ。 「もしもし、ご両人。僕の話聞いてる?」 「え、あ、な、なんだっけ!?」 村田に声を掛けられて、慌てての肩を放す。いつまで掴んでるんだよ、おれ。 「だからぁ、夏祭り。今日は花火大会があるだろう?一緒に行かないかいってお誘いじゃ ないか」 「ああ……って、またお前と二人でかよ」 友達と遊びに行くというのは悪くないが、いつもいつも男二人でつるんで動いていると、 唐突に空しくなる瞬間があるもんだ。 「なんだよー、僕だと不満ー?じゃあさんも行こうよ」 「え、わ、わたし!?」 いきなり指名されたは驚いて自分を指差そうとして、慌てて三塁ベースを抱え直して いる。 「お前、いきなり今日の予定を作られたって、が困るだろ」 「え、その、こ、困らない、けど」 「え、そ、そう?」 は落としたりしないようにと思ったのか、三塁ベースを抱えていた手にぎゅっと力を 込めて、ちらりとおれを見上げてくる。 「渋谷くんも行くの?」 う、この角度はちょっとなんか、あれだな……妙にドキドキする。 「そ、そうだな……が行くなら行こうかな……」 村田と二人きりに不満を零したせいでお鉢を回してしまったのだから、を差し出して おれが行かないというのは酷いだろう。第一、花火大会に男女二人きりだなんてまるで デートじゃないか! ここは第三者が入ってだなー……。 「じゃあ行く!」 「いい返事だねえ。じゃあ一旦解散後、六時くらいに駅前に集合でどうだろう?」 「うん、判った。それなら急いで片付けないと!」 俄然やる気になったらしいは、三塁ベースを抱えて用具倉庫へと向かう。 「……ひょっとして、おれはお邪魔か?」 まるきりデートだから第三者が入るんじゃなくて……本当にデートなのにおれが割って 入っている図式なんじゃないのかとバットを担いで村田を見ると、村田は口をへの字に 曲げて、おまけに眉毛も八の字にしてものすごく憐れみを含んだ目をおれに向けてくる。 「すごい……すごいよ渋谷」 「な、なんで?」 「どうしてさんが渋谷の都合しか聞かなかったと思ってるんだ」 「え、だってお前は発案者じゃないか」 「わー、すごーい」 「何がだよ!」 「すごーい、すごーい」 村田はすごーいを連呼しながらフェンスに立てかけていたトンボを引き摺るようにして、 の後を追って用具倉庫へ足を向けた。 「だから何が……」 「本当にすごいよ、渋谷」 どこから聞いていたのか、おれの横をひょろりとした長身が追い抜かして行く。 「え、寺川まで!なあ、何がすごいんだよ!」 村田と寺川は顔を見合わせて、同時に溜息をついた。 「このチームの人に聞いてみたら?きっと全員同じ答えを返すと思うけど」 寺川が肩をすくめると、村田が小さく吹き出した。 「さん以外はね」 「え、何それ、どういうこと?」 どれだけ聞いても二人とも曖昧に笑うだけだ。 仲間ハズレ気分で思わず拗ねかけたところで、そういえば寺川は花火大会へ行く話を 聞いていたんだと気がつく。 「なあ、寺川も行くか?」 どうせならみんな誘って行ける人だけでも一緒に行って親睦会にしちゃうのはどうだろう と思って提案してみると、寺川は溜息をついて、村田は呆れ返ったように首を振る。 「遠慮するよ。きっと、人数は少ないほうがいいと思うんだ」 「えー、多いほうが楽しいだろ」 「きっとみんな予定があるって。ほらだって渋谷、みんながみんな独り身じゃないんだ からさー」 「お前が言うか!?言い出しっぺ!」 結局、おれの何がすごいのかを聞きそびれた。 |
「鈍くて甘い」 配布元:capriccio 第9回拍手お礼の品です。 実はチームメイトにはバレバレな彼女の気持ちでした。 ……でも本命は気づいていくれていないという……。 ちなみに寺川くんは、裏マCD元祖ごーじゃすver.のおまけ冊子に 登場する原作の人物です。 まるマ短編へ お題ページへ |