太陽が西に傾く頃、本日の練習が終了した。 ああ、憂鬱だ。 ボールを拾ってバットを集め、グラウンドの整備をしていたら同じくマネージャーをして いる村田くんに声を掛けられた。 「どうしたのさん、大きな溜息。疲れた?」 「え、そう?そんなことないけど」 首を傾げて気付かないふりで、片付けに戻る。元気はないよ。そりゃあね。 重々しく金属バッドを持ち上げたら、すぐ近くにいた有利くんが振り返る。 「疲れてるならおれ、送っていこうか?」 「え!?い、いいよ、大丈夫!」 今度は強く否定して、慌てて笑顔を作った。 有利くんに迷惑なんてかけられない。 「遠慮しなくてもいいよ?には無理言ってマネージャーしてもらってるんだから、 自転車でよけりゃ送るし」 「無理なんて!無理言って押しかけてるのはわたしの方だし!疲れてると言うなら、 力いっぱい練習した渋谷くんの方でしょ?」 自転車で送ってもらえるということは、後ろに乗せてもらえるということ? 想像した図はものすごく魅力的だったけれど、やっぱり疲れている有利くんに遠回り させるなんて、そんな。でも、ちょっとでも長く一緒にいられるなら、できれば一緒に いたかったり。複雑な乙女心なのです。 「ホント平気。さあ、それよりちゃっちゃと片付けちゃおう!」 でもちゃっちゃと片付けちゃうと、有利くんとサヨナラする時間が早くなるのよね。 そうしたら、今日は日曜日なので今度の土曜日まで練習日はない。つまり週末まで 有利くんに会えない日々がやってくる。 それが憂鬱なのです。 高校では違う学校になって、もう会えないだろうと諦めていたのに、こうやって定期 的に会えるようになると今度は週に二日でも足りなくなる。 人間って際限なく欲張りになるものなのね。 こうして幸せな日曜日は終わった。 はずだった。 一日の終わりに疲れを癒しにお風呂に入って、髪を拭きながらリビングに入ったら ちょうど真横で電話が鳴った。 すぐ近くにいたのでワンコールで受話器を上げる。 『あ、さんのお宅ですか?おれ、渋谷と言います。さんは……』 「し、渋谷くん!?」 まさか今日中にまた声が聞けるとは思わなくて、思わず勢い込んでしまった。 有利くんの主催するダンディーライオンズのマネージャーをするようになってから、 時々こうやって連絡があるのだけど、その度に舞い上がってしまって恥ずかしい。 けど、嬉しいものは嬉しいので声が弾むのを止められない。 「どうしたの?次の練習時間の変更とか?」 『あ、?よかった本人で。女の子の家に電話するのってなんか緊張するよ。 いや違うんだ。なんかさ、今日最後元気なかったから、大丈夫かなって思っただけ』 だけって。 だけって、ホントに用事とかそういうことじゃなくて、電話をくれたの!? 心配させて申し訳ないやら、心配してもらえて嬉しいやら、受話器を握る手に力が 篭る。 「あ、ありがとう大丈夫だよ。ちょっと憂鬱なことがあっただけだから」 『憂鬱って…なんか悩み事?女の子の悩み事だとおれはお呼びじゃないかあ…』 「そんなことないよ。もう平気。渋谷くんの声を聞いたら元気になったよ」 『あー、おれひょっとしてかえって気ぃ遣わせたかも。お節介で悪ぃ』 「だからそんなことないって!心配してくれてありがとう。すごく嬉しい」 本当に、もう土曜日までは会えないと思っていたから、声が聞けて嬉しい。 側にいなくてもわたしのことを考えてくれたんだと、それだけで憂鬱なんて全部吹き 飛んでしまった。 「わたし、渋谷くんのそういう優しいところ……」 受話器を握り締め、指にコードを絡ませながら勇気を振り絞る。 「す、好きだよ」 言えた! お礼に紛れてだけど、有利くん自身のことが好きだと初めて口にできた! 『そそそそ、そうか!?優しいってほどじゃないよ!だってチームメイトの心配する のは当然だし!』 わたしの達成感なんて知る由もない有利くんの、受話器から聞えてきた声は少し 照れているようで。 「気遣い細やかなキャプテンを持てて幸せです」 小さく笑いながらそう言うと、電話の向こうで有利くんはもっと照れてしまったよう だった。 もうちょっと勇気を持てたら、優しくて気遣いが細やかで、そしてまっすぐな気性の 有利くんのことが好きだと、今度こそそう言いたい。 |
自主的課題 「憂鬱の理由」 配布元 第五回拍手お礼のSS。 「たったの一歩〜」の主人公の日曜日でした。 好きな人の言葉で一喜一憂してしまう自分に 気付くのは馬鹿馬鹿しくも可愛いのではないかと。 ちゃんとした告白ができるのはいつの日でしょう? まるマ短編へ お題ページへ |