「ああ……いいなあ……」
スコアをつけながら小さく呟かれた言葉を拾い、村田が顔を上げると呟きを発した少女は
ボールを磨きながらうっとりとグラウンドを眺めている。
「……なにがいいの?」
ほとんど答えはわかったものだが村田がそう訊ねてみると、彼女は驚いたように村田を
見た。
「え?わたし声に出してた!?」
「思いっきり出してたよ」
呆れながら指摘すると、少女は赤面してボールに視線を落す。
「や、やだなぁ、もう、は、恥ずかしい」
どうせ彼女の思い人とふたりきりの投球練習をしているピッチャーに対した言葉だろうと
予想していた村田は、次の言葉に唖然としてしまった。
「ボ、ボールっていいよね」
「は………?」
唖然とした村田に焦ったのか、彼女は早口でまくし立てる。
「だってね!ボールには渋谷くんの熱い視線が注がれるのよ!こんな小さなものを掴む
ために、渋谷くんは必死に追いかけるの!渋谷くんががっちり掴んでくれるのよ!?
………いいなあ……ボールになりたい……」
無機物に憧れるほど、彼女の症状は末期に到っているらしい。
あまりにも憐れだ。
早くその白球から、人間に目を向けてみてやってくれよ渋谷。
村田はスコアボードに目を戻しながら溜息をついた。
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