そういえば、額が熱くなったとき変な声が聞えたね。 EXTRA5.理不尽な言いつけ 「あ、有利ー!」 午後の執務が終ったのか、コンラッドと一緒にグローブを持って廊下を歩いていた有利を発見して手を振ると、有利も上機嫌で弾むような足取りで手を振りながら駆けてきた。 「も一緒にキャッチボールするか?」 日本に帰れないと気に病んでいる有利が、唯一無心で楽しめる、それがコンラッドとのキャッチボール。グローブさえ持ってればすっかり元気というわけではないのだけれど、いくらかはマシのようだった。 有利と一緒に、というのはとても魅力的なお誘いだったのだけど、生憎と先約がある。 「ごめんね、というより、いっそ有利もこっちにこない?」 「なに?」 「ヴォルフラムに魔術を教えてもらうの」 「おれパース」 有利はすぐに回れ右してしまう。 「でも有利、今まで魔力を暴走させてしまったことがあるだけで、自分の意思で操ったことないんでしょう?勉強した方がいいよ?」 「あーもう、午前はギュンターと勉強、午後はギュンターと仕事。仕事っても、字も読めなけりゃ下手字なおれにとってはそれも勉強!王様業も勉強!一日中勉強漬けなんだから、勘弁しろよ」 「うーん、そうだよねえ……一気にあれもこれも詰め込んでも無理だよね。有利は魔王なんだから、優先順位で言えば王様業に慣れることが先かな」 有利は剣を持たないから、できることなら魔術だけでも自由に操れるようになっておいてもらいたかったのだけど。 いくら周りにコンラッドやヴォルフラムがいるからといって、有利自身にも戦力がつけば安心度は大幅に上がるのに。 とはいえ、争いごとの手段を有利が身につけるのもあまり愉快な話ではなくて、非常に難しい。 それに、文字も文化も歴史もすべてが勉強で、一般常識から勉強しなくてはいけないこの状況。おまけに王様業も勉強しないといけないわけで、日本に帰れないストレスも含めてコンラッドとのキャッチボールは有利にとって欠かすことの出来ない時間であることも事実。 「うん、わかった。ヴォルフラムが残念がりそうだけど」 「わ、おれとコンラッドが一緒だって内緒な。あいつうるさいから」 本当のこととはいえ、ヴォルフラムも報われない。 有利が大好きという気持ちが溢れていて、わたしとしてはヴォルフラムに共感できる分だけ微笑ましいけれど、有利にはそうはいかないようだ。 コンラッドは苦笑するだけでわたしにも有利にも味方しない。弟のフォローもしてあげないのはどうかと思うんだけど。 ヴォルフラムがこないうちにと有利が慌ててコンラッドを引っ張って行ってしまって、ろくに言葉も交わせなかった。 有利、ちょっと酷い。 有利たちがいなくなった方向を眺めて拗ねていると、ヴォルフラムがやって来て一緒に練兵場へ向かった。 「いつの間に要素たちと盟約を結んだんだ!?」 魔術を操るにはまず、自然に満ちている要素と盟約を結べと言われて、言われたとおりに試してみようとしたら、なんとわたしが既に四つの要素と盟約を結んでいることが判明した。 火と水と土と風の代表的な四つらしいけれど、わたしだってそんな盟約を結んだ覚えはない。 「しかも四要素すべてとだと!?どうなっているんだ!」 「知らない」 首を振ると、ヴォルフラムは難しい顔をして考え込む。 「ユーリもそうだった。盟約を結んだ覚えもないというのにぼくに水の魔術を使った。スヴェレラでは土の魔術」 豪華客船の時の骨魔術はたぶん故意に無視された。気持ちはわかるけど。 実際、あれはなんの要素の魔術だったのかもさっぱりだけど。 「まあいい。考えてもわからないことを思い悩むのも無駄なことだ。盟約を結んでいるのなら、あとは要素を命文で従えて発動するだけだ。ぼくの後に続け。よく集中しろよ」 とっても大雑把な説明だけで、ヴォルフラムが呪文のようなものを唱え始めたので慌ててそれをなぞるように同じ言葉を続けていく。 ヴォルフラムの手のひらの上には見事な火球が現れた。 わたしの方はというと、ぱちんと一瞬だけ眩しく爆ぜて消えた。 消えたけど。 「今……ホントに、火が出た……?」 「当たり前だ!」 ヴォルフラムは火の玉を消して呆れたように肩を竦める。 ヴォルフラムには当たり前かもしれないけれど、わたしには十分驚きなことなのに。 今までも有利の魔術は見ているけれど、目で見るだけと自分で実際に使ってみるのとでは、驚きの度合いもまた違うものだ。 だって今まで十五年間生きてきて、マッチもライターも使わずに火を出せるなんて想像もしなかった。 「まあ、初めてにしては優秀かもしれないな。要素と盟約を結べるほどの実力がありながらと考えるといささかお粗末だが……」 「そんなこと言ったって、いつ盟約とかいうのを結んだのかもわかんないのに」 「ああ、わかっている。とにかく集中力を養え。まずはそれからだ」 これでも居合いに弓道と、集中力には自信があるんですけど。まあ慣れた動作をするのとはわけが違うから、集中しきっていないと思う。 「それに、ちゃんと要素を感じているか?」 「というと?」 「やっぱりか。ユーリといい、人間の国でも平気な顔で動いているからもしやと思っていたんだ。いいか、この国には我々魔族に従う要素が満ちている。普段からいちいちそれを感じ取る必要はないが、初心者はそこから始める必要がある。魔術は要素に命じて行使する。だからその動きを探る。慣れれば呼吸することと同じくらい当たり前のことだ」 さっぱりわかんない。 とにかく精神統一してみようと目を閉じた。 眞魔国には要素が満ちているということだけど、それって大気中にヨーロッパの絵画の妖精みたいな小さいものが飛んでいるとか、そういうこと? そもそも『要素』なんて呼び方で生き物ではないとか? でも盟約を結ぶというからには生き物かもしれないし。 そんなことを考えながら周囲を窺うように気配を探っても、横にいるヴォルフラムの気配くらいしか感じない。 ……とにかく、集中……。 更に意識の奥に入ろうと雑念を捨てて、額がわずかに熱くなった。 この感覚はどこかで覚えが……。 「あーーっ!?」 「な、なんだ!?どうした!」 「思い出した!盟約!」 「なに?どこで結んだんだ?」 「眞王廟!」 あれから一ヶ月以上、なにもないまま経ったから気のせいかと思ったけれど。 前回眞魔国から日本に帰るときに額がほの温かくなって、聞えたのだ。 男の人の、多分眞王陛下の声が。 ―――今はただ、盟約の再結を。 あれは、このことだったわけ? 要素との盟約を結び直したと……そういうこと? もちろんわたしこと渋谷が要素と盟約なんて結んだことが過去にあったわけはないから、前世とやらでの話に違いない。 「眞王廟?言賜巫女に教わったのか?」 「えーと…そ、そんな感じ?」 「なんだ、その曖昧な返事は」 「え?うー、うん。まあ、いろいろと……」 なにしろ内密な話ということだったから、眞王陛下とお話しましたと言っていいものかどうか、迷った挙句にどっちつかずの返事をして愛想笑いで誤魔化した。 有利に話してもどの道一緒に悩んで答えなんて出ないで心配を無駄にかけるだけに決まっているから、だれかこちらの歴史や事情に詳しい他の人に相談してみようか。 なにかわたしの前世とやらに関する情報を得られるかもしれないし。 でも内密にと言われているんだ。 内密に。つまりは黙っていろと。 自分のことなのに、自分の意思ではだれにも相談できないこの理不尽。 どうせ眞王陛下はすでにいない人なんだから、言いつけを無視してしまってコンラッドに相談しても……。 だめだ。身体がないからって、魂はこの世に留まっている。眞王陛下のお告げを守らないと酷いことになるという話も聞いたし、むしろ魂だけの存在だけになにができるのか、なにをしてくるのかわかったものではない。 だったらせめて、意味深なところで話を切らずに、全部教えてくれればいいのに! コンラッドと有利に隠し事するのはいやだなあとぶつぶつ文句を言っていたら、ヴォルフラムに怒られた。 「!真面目にやれ!」 す、すみません。 |
剣術修行に続いて魔術について。44話、今度マラストの額の熱についてでした。 魔術そのものの行使原理がよくわかっていないので、もちろんこちらも適当です。 ハッタリだけで進む話って……。 |