休日も朝から練習だ稽古だと、グラウンドや道場へ向かう弟や妹には顔をしかめられるが、その日は太陽が真上から少し落ち始めてからようやく起き出した。
昨日発売だった予約済みのゲームを取りに行くために、のそのそと出かける準備に取り掛かる。
昨日はサークルの飲み会で店に行くことができなかったのだが、だからといって休日にわざわざ朝から起き出していそいそと受け取りにいくほどのビッグタイトルでもなかった。
飯も食って洗面所で顔を洗っていたら隣の浴室から激しい水音が上がり、稽古から帰ってすぐに風呂場に飛び込んでいた妹の叫び声が聞こえた。
「有利のばかーっ!ノックくらいしてよっ!!」
驚きのあまり洗面台に頭から突っ込みかけた。
「有利?」
いつの間にか弟が帰って来て、妹が入浴中の浴室のドアを開けたのかと濡れたまま辺りを見回したが、ゆーちゃんの姿もなければ隣のドアも開いていない。
ちゃん?どうかしたのか、ゆーちゃんが窓から乱入したのか?」
自宅の風呂に窓から乱入するとは一体どういう状況だ。
我ながらわけの判らないことを訊ねると、風呂場でまた激しい水音が聞こえた。
「お、お兄ちゃん!そこにいたの!?」
「顔を洗っていたんだが……」
タオルで水滴を拭いながら浴室を見ても、擦り硝子風のドアの向こうの様子はよく見えない。どうやら浴槽に浸かっていることくらいしか判別もつかない。
「な、なんでもない!えっと……思い出し笑い、じゃなくて思い出し怒りしただけ!」
思い出し怒り……不思議な造語に首を捻るが、ちゃんがそう主張するなら、そうなんだろうと納得する。何しろ野球バカの弟はまだ練習から帰宅すらしていないのだ。
「も、もうお風呂上がるから、そこ空けて!」
そう言われると、顔も洗い終わったし出て行くしかない。まだ髪のセットが残っていたが、仕方なしに先に着替えに部屋に戻ることにする。
服を着替え、予約時の前金を省いた残金が払えるくらいは財布に金が残っているのを確認しておく。何しろ昨日の飲み会の出費がある。店頭で金が足りないなどという事態にならないようにしなくては。
しっかりと準備を整え、もうそろそろ洗面所も空いているかと鞄を肩に階段を降りると、ちょうどちゃんが出てきたところだった。抱えている包みは胴着でも入れているのか?
「あ、お兄ちゃん。出かけるの?」
「ああ、ちょっとアキバまで」
「……また?」
さっき急に怒り出した様子はもう見えない。呆れたように笑いながらすれ違ったちゃんを横目でちら見して、とんでもないものを発見した。
ちゃん!」
「な、なに!?」
驚いたというより、怯えたように気をつけをしたその様子に、心当たりがあるのかとますます動揺してしまう。
「こ…………こここここここここ」
「……ニワトリ?」
振り返ったちゃんの不審そうな顔よりも、その首筋に見えた跡のほうが遥かにショッ
クだ。
「これはなんだ!?」
首根に突きつけられた俺の指に、ちゃんは何のことだという表情のままだ。心当たりがあるんじゃないのか!?
「き、きききキスマークじゃないのか、これは!?」
途端にちゃんは、持っていた包みを取り落として真っ赤になって首を押さえる。
「嘘っ!ついてたの!?」
「ついて……」
やはり心当たりがあるのか!?
俺は泣きそうになりながら後ろによろめく。
あんなに蝶よ、花よと……それこそ箱に入れるようにして大事に育ててきたのに……まさか、そんな……。
「そんな……うちのちゃんに限って……」
「と、友達が!」
ちゃんは首を押さえたまま、俺の誤解を止めるかのように片手をストップの形で突き出した。
「友達が、ふざけて!まさか本当につけたなんて思ってなくて!」
「友達……?」
出かけた涙が引っ込んだ。
「それは女友達か……?」
「男の友達、いないから」
それもそうか。あの男嫌いのちゃんに男友達がいるはずがない。
まして、そんなにゃんにゃんなことをする相手がいるはずもない。
「……なんだ、そうか。驚いたじゃないか」
「わ、わたしも驚いたよー」
なぜか乾いた笑いで、ちゃんは廊下に落としていた包みを拾い上げる。その間も、片手で首を隠したままだ。
「しかし遊びも大概にな。人に見られたらそれは誤解されるぞ」
「う、うん」
とは言うものの、友達もその辺りは判っているのか、今ちゃんが着ている首回りがざっくりと開いたTシャツとかでなければ見えないだろう位置につけている。それにしても危険な遊びだ。
ちゃんは包みを抱えて逃げるように二階に駆け上がってしまい、俺は髪のセットのために脱衣所兼の洗面所に入った。
しかし……女の子同士とはそんな遊びをするものなのか。そんなものはてっきり野郎の妄想だと思っていたのに、意外と真理を突いていたのだろうか。
ムースの缶を振りながら、今日買いに行くゲームの内容を頭に浮かべる。
「……あのゲーム、女同士のシーンはあったかな」
俺の中で、新たな扉が開こうとしていた。





「蝶よ、花よ」
配布元:自主的課題


第11回拍手お礼の品です。
妹の言うことなら信用してしまう
(この妹で、この話題だからこそですが)
彼がほんのりと気の毒です。


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