恐い夢を、見た。
どんな夢か、目を覚ましたときは覚えてなくて、でも恐くて。
枕を抱き締めたまま廊下に出ると、燭台の灯りが揺らめいて色々なものの影が揺れた。
その影に余計に怯えながら、でもベッドに引き返すことも出来なくて、枕を抱き締め足音をできるだけ忍ばせて廊下を走った。
もっと近くに有利の部屋があるのに、長い廊下を走って階段を降りて、たどり着いたのはコンラッドの部屋。
ノブを捻ると鍵も掛かっていなくてすぐに中に入れた。
いくらもう眠っている時間だからって、ノックもしないで入るつもりなんてなかったのに、勝手に入ってしまったことに少し気後れしながら薄暗い中を進むと、ベッドの中でコンラッドは穏やかに眠っていた。
「よかった……」
意識せずに呟いた言葉に、枕を抱き締めて首を傾げる。
なにがよかったんだろう。
わからないけど、でもコンラッドの顔を見るとほっと安心できて、枕を抱き締めてベッドの傍に膝をついて眠るコンラッドを覗き込む。
コンラッドを起こしちゃうといけないから、安心したら部屋に帰ればいいのに。
少しもそんな気になれなくて、ベッドの傍に座り込んでただ枕を抱き締める。
……触りたいの、かな?
安心したはずなのに、その寝顔を見ていたらまた変な胸騒ぎがして落ち着かなくなってくる。
触りたいって、でもわたしが傍にいても気付かないほど、せっかくよく眠っているのに、触ればさすがに起こしてしまう。
寝顔を見て安心したなら、それでいいじゃない。
部屋に戻ろう。
そう思うのに、ベッドの傍に座り込んだ足は少しも動いてくれなくて、枕を抱き締めた腕にも段々と力が篭ってくる。
「コンラッド……」
起こしちゃいけないと思っているのに。
「コンラッド……ねえコンラッド」
起こしちゃいけないと思っていたのに、今度は起きてほしいと思っている。
いつもなら誰かの気配が近付くだけで目を覚ますのに、何度呼びかけてもコンラッドは目を覚ましてくれない。
「起きて……コンラッド、起きてよ……お願い起きて」
起きて起きてとお願いしながら、どうしても触れることができない。手は硬直したようにただ枕を抱き締めるだけで、解くことができない。
「起きてコンラッド、目を開けて」
そして見せて欲しい。
あなたの、銀の散った茶色の瞳を。
そうしたら、きっと。





目を開けたら、心配そうな顔の有利が覗き込んでいた。
「よかった、起きたか。お前、うなされてたぞ」
廊下から入る明かりは、ロウソクの揺れる明かりじゃなくて、電気の安定した光。
パジャマ姿の有利は寝癖のついた髪を撫で付けて、ベッドの端に座る。
日本の、自分の部屋だった。
血盟城でも、コンラッドの部屋でもない。
部屋で目が覚めた、最初からが全部夢だったんだ。
たとえ眞魔国に、血盟城に行っても、あの人はもうどこにもいない。
寝返りを打ってベッドに放り出してあった有利の指に触れる。
「どうした?恐いなら一緒に寝てやろうか?ちょっと狭いけど」
「………ううん、大丈夫。起こしてくれてありがとう」
まるで指が話しているように、有利の指を軽く引っ張って動かすと、有利は小さく笑ってわたしの頭を撫でた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」


ドアが閉まって、再び訪れた暗闇の中で目を閉じる。
かなしい夢を見た。
暗い廊下を走って、あの人の部屋に行って、夜中なのに起きて起きてと騒ぐ夢だ。
そんな常識外れなことをしても、人の気配に敏感なはずのあの人が全然起きてくれなくて、焦って怯えて、でも触れない。
泣き出しそうになったとき、最後の最後で名前を呼んでくれた。
そんな傍迷惑なことをしたのに、目を開けて微笑んで、名前を呼んでくれた。
、と。
とてもかなしい……かなしい夢。





「かなしいくらい好きだから」
配布元:capriccio


第10回拍手お礼の品です。
「はるかに遠い」と対になっている話。
こちらは傍にいてくれる人がいる分、まだ安定してます。
彼のほうが、たぶん逼迫してるかと。


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