「あらま、大変。ねえ、ちゃん。プールの入場券があるんだけど、いる?」 麦茶でも飲もうと一階に降りてリビングに入ると、家計簿をつけようと財布を掃除していたらしいお母さんが急に振り返ってそう訊ねてきた。 「え、何枚?」 「四枚よ」 「じゃあいるー」 仲の良い友人三人を誘おうと、券を貰って使用期限を確認して絶句した。 「それ、今日中なのよ。お友達といってらっしゃい」 いくらなんでも急すぎます、お母さん。 「いやあ、さすがに人が多いねー」 「寄るな、ちゃんに寄るな!弟の友達!いいか、ちゃんを視界に入れることすら許さん!」 「………なあ、なんでこのメンバーなわけ?」 有利がうんざりしたように聞いてきたけど、わたしだって同感だ。 今日、今からプールに行かない?と誘いかけても友達はみんな全滅だったのだ。 用事があったり、夏向けのお手入れが済んでない!とか、理由は色々で。 そこに有利が村田くんを連れて帰って来て、一応聞いてみたら行くという返事。 村田くんが一緒ならとお兄ちゃんまで行くと言い出して、最初は嫌がった有利もお兄ちゃんが一緒だと車を出してもらえるということに気がついて渋々認めたんだから、今更わたしのせいにされても困る。 「あのねお兄ちゃん……」 「さあ、ちゃんはお兄ちゃんと遊ぼうな!弟の友達は弟と遊べ!なんなら一人だけで日焼けに挑戦してもいいぞ!それなら有利も俺達と一緒だからな!」 「……あーあ………やっぱり券を一枚無駄にしても、交通費が掛かっても、こいつだけは連れてくるんじゃなかった……」 溜息をついた有利は、わたしの腕を引っ張ってこっそりと耳打ちしてくる。 「なあ、勝利に焼ソバとトウモロコシとラムネソーダをねだってくれよ」 どうやらお兄ちゃんにたかることで、マイナス分を取り戻すつもりらしい。 「そんなの有利の注文なのバレバレだよ。自分でねだったらいいじゃない」 「そしたらここぞとばかりに『お兄ちゃんとよべ〜』とか言い出すに決まってるだろ!」 お兄ちゃんとくらい呼んであげればいいのに。 お兄ちゃんの様子を窺うと、村田くんに何かと注文をつけていて、言われた村田くんはのらりくらりとそれを受け流している。 このまま友達に兄を押し付けているのもどうだろう。 「お兄ちゃん、何か食べたいな」 まだ村田くんを牽制しようとするお兄ちゃんの腕を引いてお願いすると、途端に笑顔になって振り返る。我が兄ながら……呆れる。 「じゃあ有利は浮き輪を膨らませててね」 別に泳げるけどそれに掴まって浮かぶつもりの浮き輪を有利に押し付けて、お兄ちゃんと飲食店のほうに移動する。プールサイドでスカートの裾が翻るのが妙な感じ。 おろしたての水着は、超ミニのワンピースがセットについているパールピンクのビキニで、プールサイドではまだワンピを着ている。 ちなみに有利とお兄ちゃんはトランクスタイプの水着で、村田くんはビキニ型だ。 「遊びに来てるときくらいは、仲良くしてよ」 少しでもお兄ちゃんの機嫌が良くなるようにと腕を組んでお願いすると、思ったとおりにお兄ちゃんは最初笑顔になって、それから表情を引き締めた。 「あのメガネがいやらしい目でちゃんを見るから悪い」 「誤解だと思うんだけどなー」 村田くんとわたしで、お兄ちゃんが心配するようなことが起こるわけがないと思う。 「せっかく遊びに来たんだから、楽しく過ごしたいのに」 「う………」 お兄ちゃんは返事に詰まったように絶句した。 どこかでこういう無駄な心配を延々と聞かされたような気がして、一体いつのことだろうと思い出してうんざりする。 その時の相手は、お兄ちゃんじゃない。 心配性の恋人に、切々と猊下との距離は常に一定にと訴えられていたんだった。 「………………」 有利と一緒にプールで遊んだのと報告すると、笑顔でよかったねというコンラッドが想像できるのに、そこに村田くんも一緒だったと報告すれば途端に苦い顔をする様子が目に浮かぶよう。 「コンラッドには黙ってよ」 逐一報告する必要なんかないよねと呟くと、ぶつぶつと不満を漏らしていたお兄ちゃんが気がついたように見下ろしてくる。 「何か言ったか、ちゃん?」 「ううん、何も。あ、それでねお兄ちゃん、焼ソバとトウモロコシとラムネソーダが欲しいんだけど」 「……それ、ゆーちゃんのお願いだな」 溜息をつきながら、そして文句をいいながらもお兄ちゃんは村田くんの分のトウモロコシも買ってくれる。 「お兄ちゃん、大好き」 トウモロコシに仕上げのしょう油を塗るのを待つ間、お兄ちゃんにぴったりと抱きつくと嬉しそうに笑って大きな手が頭を撫でてくれた。 |
「冷たくなんか、ないよ」 配布元:capriccio 第9回拍手お礼の品です。 たまにはまともなお兄ちゃんを……と思ったのに、 これは果たしてまともなお兄ちゃんなんでしょうか?(^^;) 夏らしくプールネタでした。泳いでないけど(笑) まるマ長編番外編へ お題部屋へ |