中庭に面した廊下を歩いていて、最初に気がついたのはヨザックだった。
「あ」
小さく呟くと、斜め後ろからついてきていたのに、自然に村田の横に移動する。
おれは大して気にも留めなかったけど、村田がおれの肩に手を置いて、後ろ向きに重心移動してヨザックの向こうの中庭に目をやった。
「あ、猊下!」
「わ、見て見て渋谷、マジもののキスシーンだよ」
「キ、キス!?お、お前、悪趣味なこと言うなよ!そういうのは見てみぬふりでそっと足早に通り過ぎるもんだろ!?」
「えー、でもこんなところでするなら、人に見られても平気……いやいや、見せつけておきたいんだと思うんだよねー。ふーん、ああいうことされると、その気がなくてもちょっかいをかけたくなるっていうか」
「やめてください猊下。お願いします。オレが八つ裂きにされます」
覗き見がバレたらヨザックが八つ裂きにされるほどの相手って、どんな筋肉の持ち主だ。
お年頃としてただでさえ興味があったのに、別の意味でも興味がでてきたりして。
「立ち止まるな村田、早く行こうって!向こうに気付かれる前にっ」
「渋谷も見ないと後悔するよ〜?それにしてもキスしてる時間が長いなー。このまま本番に入っちゃったりして」
「ほ、本番って……?」
キスにリハーサルがあるんですか?いやでも、もうしてるんじゃないの!?
「まあ、それは彼女の性格上、許さないだろうけど。ほらぁ、渋谷も勉強した方がいいと思うよ?恋人ができた時にキスが下手で興醒めされちゃったら寂しいだろー?それともフォンビーレフェルト卿と勉強済み……」
「んなわけあるかよ!」
村田の挑発に乗せられて、村田とは逆に前に身体を倒してヨザックの向こうを覗いた。
「ああ!陛下、だめっ!」
妙な声でおれの目を大きな手が塞いだが、その一瞬で……見てしまった。
「なぁに……もがぐぅっ!」
上げそうになった悲鳴は大きな手で口を押さえられて口の中に篭った。
なんてとこで……なんてことしてんだコンラッド!
い、いや、だ!
中庭でもこっち側は人通りが少ないからって外で、キ、キキキ、キスなんて!
もまんざらじゃないみたいだ。ウェラー卿の上着を握り締めちゃって可愛いねー。あ、角度を変えた。激しいキスだなー」
「やめてください、解説はやめてください猊下。陛下が思い切り暴れてます」
つーか、この手を離せヨザック!
目と口の両方を押さえられて壁を背中に暴れるけど、ヨザックの手はびくともしない。
「あ、まずいよ渋谷、ウェラー卿の手が胸を揉んでる。ほんとに外で始めそ……」
頭の血管が切れる音を聞いた気がした。
怒りか他の何かなのかわかんないけど、頭の中が真っ白になった瞬間、おれと村田は光速の速さでヨザックの小脇に抱えられて、その場から連れ去られた。



「何なんだよヨザック!あのままがコンラッドの魔の手に落ちたらどうすんの!?まだ結婚前なのに、そんなことになったらあんたも許さないぞっ!」
「だだだ、大丈夫ですよ陛下。あの姫がそんなこと許すはずないじゃないですか!」
「まあねー、それは僕もそう思う」
「そんなのわかんねぇだろ!?はそっち方面に関して奥手っていうか、初心っていうか、とにかく往来でキスするような真似だってしなかったのに!」
「相手がいなきゃしようがないだろ……恋人がああなら、そりゃ毒されもするさ」
村田は呆れように肩をすくめて、立てた人差し指をおれの目の前で振る。
「そ・こ・で。僕からの提案。法律までいけば物々しいから、血盟城条例を作っちゃえ」
「条例?」
「うん。日の高いうちから淫蕩に耽ることこれを禁じる、とか。往来で秘め事を行うことこれを厳罰に処す、とか」
「で、ですが猊下」
「でも急に条例を作ったら、反発もあるからね。ある意味当然の条例だけど、とにかく幹部だけに通達してみたら?ほら、淫蕩とか秘め事とか、曖昧で行為を限定してないから、フォンクライスト卿の妄想の果ての血まみれ抱擁もこれに適用できるしさ」
「ギュンターの……それいいなー」
「陛下ぁ!?」
「よし、文面を考えてみよう。グウェンがダメ出ししないようなの、一緒に考えてくれよ」
「お安い御用さー。とびきりいいのを考えてみせるよ」
ヨザックの悲鳴を聞かないふりで、おれと村田は執務室に戻るべく歩き出した。
そのときちょうど前方から、憤慨したが乱暴な足取りで歩いてくる。
「あれ、。ひとり?」
はおれに気付くと、吊り上げていた眉を落として、駆け寄ってぎゅっと抱きついてくる。
「コンラッドと喧嘩して」
よしよし、やっぱりは拒否したか。おれとしてはキスも拒否してほしかったけど。
「そっかー、じゃあおれとお茶でも飲もうぜ」
抱きついてきた頭を優しく撫でると、ますます強く抱きついて来る。
「やっぱりゆーちゃんだと安心できる」
あの夜の帝王との攻防はさぞ疲れるのだろう。可哀想に。おれがせめて昼間の安息は保証してやるからな。



後日、グウェンダルの奇妙な表情を受けながら承認された血盟城、幹部限定条例。
「日のあるうちに王の目に付く可能性のある場所での淫行、これをすべて禁じる」
ちなみにの部屋もコンラッドの部屋も、おれがいきなり訪問するのはよくあることだ。








自主的課題
「このぐらいが丁度良い」
配布元



第8回拍手お礼の品です。
これくらい規制されてちょうどよいのではないでしょうか、
この二人(特に次男)の場合……(^^;)



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