「爪の手入れしていい?」 久々にこちらに着いた夜、が突然そんなことを言ってきた。 「手入れって……いいけど」 なにもそんなこと断らなくてもいいのに。 せっかく夜になってようやく部屋で二人きりになれたから、自分のことに掛かりきりになるようなことだと断りをいれたのだろうか。 こうやってすぐ側で過ごしてくれたら、俺はそれで充分なんだが。 首を傾げながら頷くと、はにっこりと笑ってラッピングされた袋を取り出して、中からヤスリやマニキュアを取り出す。 見た限りではどれも未開封だ。 「マニキュアの匂いってきついから、ちょっと窓を開けるね」 ああ、それで断ったんだろうか。そう思いながらが取り出したマニキュアを見て首を捻った。 「透明のマニキュアを塗るの?」 の指ならピンクや薄めのオレンジなどの明るい色が可愛くて似合いそうなのに、光沢が出るとはいえ、わざわざ透明なものを塗らなくても。 はテーブルに紙を敷き、俺の手を取ってその上に載せた。 「これはね、コンラッドに塗るの」 「……俺?」 「うん。手入れしていいって言ったでしょう。色つきの方がよかった?」 「いや、俺の武骨な手にそういうのは……」 「コンラッドがいいって言ったんだもん。やっぱりあんまり伸びてないね。ヤスリがけは簡単に終わりそう」 が俺の手を取って、一本一本爪先にヤスリをかけてくれるのは嬉しいけど、その後にアレが待っていると思うと、一体何の悪戯なんだろうと困惑する。 すべての爪にヤスリをかけると、やはり一本ずつ丁寧に削り滓を布で拭いて取った。 が未開封だったマニキュアの封を開けると、独特の匂いが漂ってくる。 「塗るからじっとしててね。動いたらはみだしちゃうから」 やっぱり俺に塗るのか。 は慎重に蓋についている小さなハケで俺の爪に透明な液体を乗せていった。 冷たいのは一瞬で、少量の液体はすぐに体温に馴染んで爪の上に微かな違和感だけが残る。 左手の小指の爪を塗り終える頃には、右手の方はだいぶ乾いていた。 「あれ?」 液体が乾くと、予想していたような艶は出ておらず、じっと注意して見れば何か塗ってあるとわかるような程度でしかない。 「、これは?」 「これは正しくはマニキュアじゃなくてベースコート。光沢の出ない自然な仕上がりタイプの爪の補強にも使えるものを買ってきました」 俺の不思議そうな顔に、は悪戯が成功したかのように楽しそうに笑う。 「もっとちゃんとしたプレゼントができればよかったんだけど、何がいいのか迷い出したら全然決まらなくなっちゃって。有利に相談したら全部野球関連のものばっかり言うし」 そんな相談をされたユーリの気持ちを考えると、その行動を取った心理は手にとるようにわかる。 「そしたらね前にコンラッドが爪を割ってたって有利が言ったの。それで野球選手も爪が弱いとこうやって補強したりするんだって」 「……へえ、なるほど」 それは確か、ボールを投げることがプレイの基本のピッチャーだけの話だったような気がするが。とにかく何がなんでも野球と絡めてプレゼント候補を挙げたらしいユーリにはある意味では脱帽だ。 話の腰を折ることもないので頷くと、は俺の右手の爪を触って完全に乾いたことを確認する。 「何がいいのか決まらないし、有利は横でスパイクとかグローブとかばっかり連呼するし、それで思い切ってこれにしたの。だってこれならコンラッドを有利と野球に取られるだけじゃなくて、わたしもコンラッドに触れるかなって」 せっかくあの時期にプレゼントを探しに行った意味はなくなっちゃったけど、と恥ずかしそうには俺の指に、その細い指を絡めて俯いた。 自分でした悪戯混じりのプレゼントに照れる様子が可愛いくて、絡めた指を持ち上げての爪先にキスをする。 「でも、どうして急にプレゼントだなんて」 爪先のキスに驚いて顔を上げたは、赤くなって視線を彷徨わせる。 「だって………今の季節、日本だと恋人向けのイベントが近いんだもん……」 意味を捉えかねた俺に、は俯いて呟くようにしどろもどろと続けた。 「周りがそんな風に浮かれてるとね……コンラッドが……側にいないって、すごく実感するの。プレゼントを選んでたらその間は……コンラッドのことを考えて……次に会うときのこと考えて、その……すごく……楽しいから」 俺は満足の笑みを浮かべて、の手を取って移動すべく立ち上がる。 も手を引かれるまま椅子から立ち上がった。 「寂しかった?」 両手を広げてそう訊ねると、は俯いたまま、だけど素直に俺の腕の中に収まって小さく頷く。 「俺もだよ」 腕の中の温もりを実感するように強く抱き締める。 暖炉の炎がはぜて、テーブルの上の透明の液体に揺らめいて映っていた。 |
自主的課題 「いとしいぬくもり」 配布元 第6回拍手お礼の品です。 逢えないと寂しくて。 でも逢えたときのことを思って少しでも楽しくなるように。 妹を恋人といちゃつかせたくなかった有利の企みは 失敗に終わりました(笑) まるマ長編へ お題部屋へ |