冬はイベントが目白押しだ。
クリスマスに正月に、ひと月空ければバレンタイン、それからホワイトデー。
冬は、恋人向けのイベントが目白しだ。



「何がクリスマスだ。キリスト教徒でもないくせに、理由をつけて騒ぎたいだけだろうが」
クリスマスカラー一色の繁華街は、最悪の機嫌が更に逆撫でされて腹が立つ。
気分が悪いのは、決して俺に生身の彼女がいないことが原因ではない。
買いたかったゲームの予約に間に合わなかったのだ。初回生産特典付きデラックス版を予約しておこうと思ったのだが、うっかり期限を忘れていたレポートに掛かりきりになっている間に予約開始日から日にちが経ってしまった。おかげで通常版の予約しかできなかった。
「くそっ、俺としたことが……」
イライラしていると、赤と緑の原色の飾り付けがいやに目につく。道行くカップルも目障りだ。
だが。
「あ、お兄ちゃんだ」
ざわめきの中から拾い上げた可愛らしい声に、俺の不機嫌は一変した。
首どころか身体ごと横を向くと、雑踏の向こうで俺が気付いたことに嬉しそうに手を振っている可愛いちゃんの姿が見えた。
器用に人込みをすり抜けて可能な限りの速度でその側にたどり着くと、なんとしたことか!
ちゃんが俺の腕にしがみついてきたではないか!
「よかった!お兄ちゃんに会えて」
悔しいがちゃんが自分から抱きつくのは、いつもゆーちゃんにだけだ。
それが!今日は!俺に!
感動に浸っているとちゃんは俺が渡ってきた人の波の方へと腕を引く。
すると後ろから男の声が聞こえた。
「あ、ちょっと……」
俺への呼びかけと思ったというよりは、ただの条件反射で振り返っただけだ。見たこともない男と目が合った。
診断。ギャルゲーに出てくる主人公の引き立て役の友人タイプの軟弱軟派男。
男が伸ばした手は、間違いなくちゃんに向いている。
「いいから行こ」
ぐいぐいと強く引っ張られ、再び人の波を渡った。向こうで男は諦めたように溜息をついて次の相手を探すように首を巡らせている。
「……ナンパされてたのか?」
「連れがいるって言ってるのにしつこくて」
「……一発殴ればよかった」
抱き込まれていない方の手を握り締めると、ちゃんは笑って抱きついていた俺の腕を引っ張った。
「だめだよ、お兄ちゃん。未来の都知事が暴力沙汰なんて。大丈夫、しつこかったけど、声をかけ続けてくるだけだったから」
俺の可愛い妹をナンパしようだなんて、許し難い。目は高いが許し難い。
だが、おかげでちゃんが俺に甘えてくれたから、今回は特別に許す。
一人裁判を実施していると、ちゃんはくすくすと笑いながらショッピングモールの方へ俺を引っ張った。
「有利と一緒に来たんだけどはぐれちゃって。この辺りにいると思うんだけど……有利が壊れたまま新しい携帯を買わないから、はぐれたときってホント不便」
さっきのナンパ男が尾を引いているのか、ちゃんは腕を組んだまま離しそうにない。
浮かれて緩みそうになる顔をどうにか引き締めて、愛しい妹のために提案をする。
「この人込みだからな。はぐれたら見つけるのは難しいだろう。買い物ならお兄ちゃんが付き合ってあげるぞ」
「ホント?あ……でも」
「なんだ、気にしなくてもお兄ちゃんはどこでも……」
ついて行くよ、という言葉はちゃんの携帯電話が着信を告げたせいで言えなかった。
「あ、ごめん、ちょっと待ってね……村田くんだ」
「なに!?なんでちゃんがあの眼鏡と番号交換してるんだ!?」
あいつはゆーちゃんの友達だろう!?
ちゃんの携帯に家族以外の男の番号が入っているなんて!
今、ハンカチを手にしていたら噛み締めている。
おまけにあろうことか携帯に出たちゃんは、眼鏡相手にはぱっと顔を輝かせたのだ。
「え、有利と一緒にいるの?どこ?」
どうやらちゃんとはぐれたゆーちゃんは、偶然にも眼鏡に会ったらしい。なんということだ。
……あのメガネ……俺とちゃんのデートを邪魔するとは……。
「うん、わかった……じゃあすぐ行くから」
通話を切ったちゃんは、するりと組んでいた腕を外して手を振った。
「ありがとうお兄ちゃん、有利が見つかったから行くね」
「あ、ああ……気をつけてな」
「はーい」
帰ってきた返事は可愛かったけど、振り返りもせずに人の間をすり抜けて走って行ってしまう背中は大いに寂しい。
今ハンカチを握り締めていたら、二、三枚は引き裂いているところだった。








自主的課題
「街は浮かれたラブソング色」
配布元



第6回拍手お礼の品です。
降って沸いた幸せは儚く……。
可哀想な勝利兄さん(笑)



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