「カルタ大会?」
魔王としての新年の挨拶を終えて、肩が凝った様子で真っ赤な王様のマントを外す有利は、目を丸めてギュンターさんを振り返った。
わたしといえば、こっちも有利の恥にならないようにそれなりに気を遣っていたので、やっぱり肩が凝って、椅子に座って前に身体を倒して伸びをしていたところだった。
ギュンターさんは、両手を握り合わせて有利の正装にハートでも飛ばしそうな表情のままで、はいと頷く。
「陛下のお生まれになられた国の新年の行事を猊下にお聞きしたところ、これならこちらでもまだ規則が分かり易いだろうと思われましたものをご用意いたしました」
「いや、行事って。カルタは行事じゃなくて遊びじゃ……それにどうせご用意するならお年玉の方が嬉し……あ、いや、待て、ここでお年玉というと、用意するのはおれの方か!?」
「当然だよね」
こちらは特に疲れた様子もなく、グラスの中身をストローで優雅に飲んでいた村田くんが肩を竦めて頷いて、有利は慌てて手を振って打ち消した。
「今のなし、いや、別にいいんだけど、あれ、そう言えば年末って年越しに備えて寸志とかって出したほうがよかったんじゃ……」
「もう年明けてるし。必要ならフォンヴォルテール卿とフォンクライスト卿が善きに計らってくれてるさ」
「そっかー、グウェンに任せとけば安心だな。……じゃなくて!いつまでもそれじゃダメじゃん、おれ!」
「あの〜陛下……」
村田くんと盛り上がる有利に、すっかり忘れ去られていたギュンターさんは寂しそうに小さく声を上げた。
「あ、ごめんギュンター。カルタだよな、カルタ。済んだことは次の反省に生かして、今はギュンターの話を聞かなきゃ」
「でもさあフォンクライスト卿、カルタ大会って言ってもこっちでカルタって用意出来た?」
「猊下のお話を元に大急ぎで作らせていただきました。ということで、どうぞ陛下、猊下、殿下、会場の方へお越しください!」
俄然張り切るギュンターさんに、わたしと有利は顔を見合わせて笑みを零した。
「カルタかあ。グレタが喜ぶかな」
そんなほほえましい有利の感想は、会場に着いたとたんに吹っ飛んだ。
「ご覧ください!わが国のカルタでございます!」
会場は、体育館くらいありそうな広い場所でした。それはいい。それはいいけど……。
「なんで所狭しと並んでるのが取り札じゃなくて、骨なんだよ!?」
有利とわたしは手を取り合って泣きそうになった。恐い、恐すぎる。
「は、ですからカルタ、と……」
「カルタでしょう!?」
「あ、そうか」
半泣きのわたしと有利の横で、村田くんが呑気に手を叩いた。
「ごめーん、僕そういえばカルタのこと漢字で書いちゃってさ、『この字はなんですか?』って聞かれたからそれぞれ漢字の説明しちゃって、それで捻じ曲がった説明になったのかも」
「カルタの漢字ってなんだよ」
「歌留多でしょう、確か?」
有利が首を捻り、わたしは空中に指で書いてみる。村田くんは首を振って、自分が書いた字をわたしと同じように空中に書き綴った。
「僕が書いたのは漢語のほう。『骨牌』。こっちが骨で、こっちが取り札の意味だよって」
「村田ーっ!なんでそんな間違えられそうな書き方するんだよ!いや、そもそもカルタなんて片仮名で書けよな、カタカナでーっ」
「何の騒ぎですか?」
警備の話で席を外していたコンラッドが、部屋の書置きを見て追いついたようで、ひょっこりと顔を出した。
「コンラッドー!」
恐怖の犯行現場みたいなところから連れ出してもらおうと、コンラッドに救いを求めて駆け寄る。
珍しく人前でわたしから抱きついたことが嬉しかったのか、コンラッドは笑顔で両手を広げて迎え入れてくれた。
「一体どう……」
わたしを抱き締めながら会場を覗いたコンラッドは、しばらくの間沈黙する。
「……巨大・おっと!組み立て骨ゴロー?」
「古いね、ウェラー卿。今では組み組み骨っちょと言うらしいよ。『毒女の辞書』をちゃんと読んでいるかい?」
「よく判んないけど、古いとか今ではって、こっちではこんな恐ろしいゲームがあんのか!?」
悲鳴を上げる有利に、ギュンターさんは困ったように首を傾げた。
「もしかして……これは陛下の慣れ親しまれたカルタというものとは違うのでしょうか……?」
「違うよ!こんな遺体発見現場みたいな恐いことになるわけねーだろ!?」
「なんとしたことでしょうか!私としたことが、せっかくの猊下のご説明を無にするような真似をー!!」
「まったくだよね。せっかく教えてあげたのにぃ」
「諸悪の根源がさも残念そうに言うな」
有利に睨みつけられても、村田くんはどこ吹く風で口笛を吹いている。ぜんっぜん、反省してないよね!?
「それよりこれ、この骨どうすんの!?骨飛族?骨飛族なのか!?組み立ててやらないと大変だろう!正月早々可哀想に!」
「いいえ、陛下。これは組み組み骨っちょを使っているなら、以前にばらけた骨飛族を組み立てたときの余りを使って作られた玩具ですから、組み立ての心配は……」
コンラッドが宥めるようにわたしの背中を撫でながら爽やかな笑顔であんまり爽やかじゃない説明をしていると、残念そうなギュンターさんは溜息と共に首を振った。
「いいえ。大々的に陛下のお気に入りの遊戯を執り行うためには玩具だけでは足りそうもなかったので、骨飛族と骨地族から有志を募りまして、この中にはその者たちの骨も……」
「わーっ!なんてことすんだギュンター!しかもおれのお気に入りの遊戯ってなに!?おれは自分の楽しみのために自分の国の国民をバラバラ殺人しちゃう稀代の超悪王様かよ!?」
「陛下、バラバラになったくらいでは骨飛族も骨地族も死にませんからご安心を……」
「あんたまで何ボケてんだコンラッド!死ななくも不便だろ?身体の一部がなくなってるんだぞ!?」
「それもちょっと違うような……」
自分の身体を使っておいて不便とかいう問題じゃないと思うよ、有利……。
「で、では骨飛族と骨地族のことは専門家に組み立て直させますのでご安心ください!」
「個人的なことで人を使うのはどうかと思うけど……」
有利は会場を見回して、床が真っ白になるほど転がる骨を見て首を振った。
「素人には無理だ。手を出せない」
同感。
「ではギュンターには業者の手配を任せるとして、とユーリは俺と一緒に……」
「え、なに、ウェラー卿、今自然に僕を無視しようとしなかった?」
「おや、なんのことですか?」
にこにこと微笑みながら、コンラッドはわたしと有利の背中を押して回れ右しようとしていた首を捻る。
村田くんはにこにこ笑顔で一緒についてくる。
「で、どこかに行くのかい?」
舌打ちが聞えた気がして振り仰いだけど、コンラッドは笑顔のままだ。どこから聞えたんだろう?
なぜか村田くん主導になっているような気がする質問に、コンラッドが頷く。
「ショーガツですから、ショーガツらしく、煩悩を払うという鐘などを叩きに……」
「それ大晦日だから!」
コンラッド、お前もか!と叫んだ有利とわたしに、村田くんはお腹を抱えて大笑いだった。






あけましておめでとうございます!
どうも大賢者が目立った気がしますが、
年始ご挨拶に替えまして〜。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします!


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